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妖怪のいない異世界で百鬼夜行をどうすんだ? ――描くたび俺が削れる妖怪ブック  作者: 雪ノ瞬キ


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17話

 水盤に映る雪の姿。

 外縁で霧調整中だ。


 ああ、やっぱ雪って美人だよな。

 性格もどこか献身的だし、いいな。


 まあ、俺には高嶺の花だよな。

 ふと思っちまう。

 ひとまずそれはさておきだな。


 百目の映像でまたノイズが一瞬走る。


 変だな。

 また百目の調子が悪いのか?


 ん? ここは?

 今回は違う。


 視界の端に“白い影”。

 森の中じゃねぇな。


 外縁の“すぐ外”だ。


 はっきりとは映らない。

 白い布と反射する金属。


 アレは人か?


 いや、違う。


 人にしては、動かなすぎる。

 

 呼吸も、視線も、全部“止めている”みたいだ。


 百目の映像越しでも分かる。


 あれは――慣れている。


 潜むことに。


 待つことに。


 見続けることに。


 普通の兵じゃねぇ。


 狩る側の目だ。


 ……こっちを、測ってやがる。


 伏せた姿勢で動かない。

 おいおいこれって、まさか。


 侵攻じゃねぇ。

 観察だ。


 神殿の連中は突っ込まない。

 ずっと見てやがる。


 俺は雪だけを見ていた。

 胸騒ぎがしたってのもある。


 百目越しに雪が視線を動かした。

 霧が揺れる。

 彼女も何か気づいたのか。


 逃げない。

 ただ前にも出ない。

 どこか距離を測っている。


 牽制でもしているのか?

 いや、違うな。

 でもどこか雪なら大丈夫だろう。

 そう思っていた。


 神殿は動かない。

 雪が霧を操作し、外縁に近づいた“その瞬間”。


 俺は思わず声に出した。

「何ッ!」


 白い鎖が飛んで雪に絡みつく。

 当然、音は聞こえない。

 映像だけだ。


 霧が弾ける。

 雪の腕に巻き付く。


 もう一本。

 胴体、両腕の合計三本。


 十字拘束。


 雪は振り払う。

 一人倒す。

 もう一人も崩す。


 だが――


 後方から“網”のような光。

 地面に何かの水を撒かれる。

 霧が薄くなる。


 ほんの一瞬。

 足場が消える。


 その瞬間。


 全方向から力強く引く。


 雪は踏ん張る。

 白い鎖が食い込む。


 だが神殿側は諦めず綱引きの状態だ。

 引く。

 後退しながら引く。

 森に入らない。

 “外”へ引く。


 マズイ!

 これは不味すぎる。


 水盤越し。

 手を伸ばす。

 届かない。


「雪ッ!」

 俺は気が付いたら叫んでいたらしい。


 当たり前だ。

 ここは地下だ。

 届くわけがねぇ。


 分かってるのに、手が止まらない。

 もう少しで、届きそうな気がしてしまう。


 馬鹿みてぇだな。

 目の前にいるのに、触れられない。


 声も届かない。

 俺はただ、見てるだけだ。


 百目の向こうで、

 仲間が、引きずられていくのを。


 ――ふざけんな。


 何のための領域だ。

 何のための力だ。


 守れねぇなら、意味ねぇだろ。

 俺は走る。

 地下を飛び出す。


 頼む、間に合ってくれ。

 俺は外縁へ。


 だが、もう遅かった。

 霧は戻っている。


 森は静か。

 外には何もいない。

 地面に踏み荒らされた土

 引きずられた跡。


 もう、雪はいない……


 これは偶発ではないな。

 侵攻でもない。


 クソがぁ。“狩り”だ。


 偶然じゃねぇ。

 様子見でもねぇ。

 最初から、狙ってやがる。


 動きが無駄に整いすぎてる。

 最初の拘束、霧の分断、足場潰し。

 全部が噛み合っている。


 一度でも試してなきゃ、こうはならねぇ。

 ――観察していた。

 ずっと、外から。


 俺たちがどう動くか。

 誰が何をするか。

 どこが弱いか。

 そして、どこなら“届くか”。


 その答えが――雪だ。


 前に出る。

 一人で動く。

 環境を支える。


 だから、狙われた。

 ……最初から、決めてやがった。


 神殿連中は凛を救うあの時、俺を見た。

 ここの構造を垣間見た。


 ならば、次は解析ときておかしくない。

 異形がのさばるこの地で、雪はどう見ても人だ。

 しかも傾国の美女だ。


 捉えるだけでも彼らには価値がある。

 ならば、しばらくは丁重に扱われる可能性が高いが。


 だが――


 凛は起き上がれない。

 焔は動けるが少数。

 カワは混乱。

 ぬらりひょんは笑っている。

 牛鬼は動かない。


 俺は言う。

「取り返す」


 当たり前だ。

 考えるまでもねぇ。


 だが――


 どうやってだ。


 正面から行けば、また同じだ。

 外に出た瞬間、囲まれる。


 連中は“待つ”ことに慣れている。


 なら――


 こっちもやり方を変える。

 奪われたなら、奪い返す。


 向こうの土俵で、だ。


 俺は初めて、

 自分が“前に出る側じゃない”ことを理解する。


 描く側だ。

 なら、使う。


 全部だ。


 削れるとか、そんな話じゃねぇ。

 ――雪を取り戻す。


 俺は初めて

「自分が殴れない」ことを本気で憎む。


 今まで、考えたこともなかった。

 前に出るのは、あいつらの役目だ。


 俺は後ろで、形を整える。

 それで回っていた。

 それで、足りていた。


 ――そう思っていた。


 だが違う。

 届かない距離がある。

 手が出せない場所がある。


 目の前で奪われても、

 何もできない瞬間がある。


 こんなにも、無力な位置にいたのか。

 笑えねぇな。

 副頭領がこれじゃ、話にならねぇ。


 ……次は、違う。


 同じ手は食わねぇ。

 絶対にだ。


 妖怪ブックを開く。


 空白。


 そこで初めて


 犬神のページが“浮かぶ”。


 まだ描かない。


 指が、止まる。

 ページは開いている。

 それでも、

 動かない。


 描けばいい。

 分かっている。


 ここで新しい何かを叩きつければ、

 流れは変わる。


 でも――


 違う。


 それじゃ足りねぇ。

 また同じだ。


 “対処”しているだけだ。

 後手だ。

 奪われてから、動く。

 起きてから、考える。


 ……それじゃ、

 

 守れない。

 

 雪は、奪われた。

 目の前で。


 見ているだけで。

 それが答えだ。


 俺のやり方じゃ、

 足りていない。


 足りていた“つもり”だっただけだ。


 拳を握る。


 歯が軋む。


 悔しさじゃない。

 怒りでもない。


 もっと単純だ。


 ――足りていない自分への、嫌悪だ。


 俺はずっと、

 後ろにいた。


 それで回っていた。

 それで勝てていた。


 だから、

 変えなかった。

 

 変える必要がなかった。


 ……今まではな。


 視線を落とす。


 妖怪ブック。


 これは道具だ。

 それだけじゃない。


 俺の“手”だ。


 届かない場所に、

 届かせるための。


 なら――


 伸ばす。


 もっと遠くまで。


 もっと深くまで。


 “先に置く”。


 奪われる前に。


 踏み込まれる前に。

 相手の領域に。

 俺の“何か”を。


 置く。


 静かに息を吐く。

 焦りは消えない。

 消す必要もない。


 必要なのは、

 順番だ。


 次に何をするか。

 どう動くか。

 それだけだ。


 ……雪。


 お前は持つ。


 絶対に。

 

 持たせる。


 そのために、

 俺がやる。


 ページの端をなぞる。


 犬神。


 浮かんでいる。

 こいつは切り札だ。


 けど、

 切り札だけじゃ足りねぇ。


 一枚じゃ、足りない。


 重ねる。


 仕込む。


 先に打つ。


 “見えない手”で。


 俺は小さく呟く。


「狩り、か」


 なら、

 やり返す。


 同じ土俵で。


 同じやり方で。


 ――狩る側に回る。


 静かに、

 ページをめくる。


 まだ描かない。

 次はもう決まっている。


 待ってろ。


 絶対に、

 取り返す。

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