第50話
本当は伝えたいことがたくさんあった。
自分だけが吐き出して、それが愛なんだと豪語して無理矢理受け取らせることが正しいことなんてないから。
待ってるだけが辛いときもあったんだよね。
話し声がする。耳を掠める声色は確かに私の記憶にあるものと一致する。
「あなた、どこから来たの?」
その微笑む表情も、場を和ませる柔らかい声音も、私が知っているそれら全て。
今、目の前にいる私に向けられているものではないと気付くにはそこまで長い時間を必要とはしなかった。
母には私が見えていない。この世界で私は通用しない。
私は、この箱庭の中ではどこを歩いていても認識はされないみたい……寂しいような。
ーーあなた以外なにもいらない。
その宿命だというのなら、本望だとも言うしかないのね。
私はとりあえず、黒猫を抱えながら母の座る対面に腰を下ろす。
母はなにやら猫と話がっているし、私もできれば目の合う距離でいたかった。
なぜ、この世界に私の母が残っているのかが気になったし。私を知らない不完全な人が。
「ねぇ、あなた。寄ってくれたお礼に私の話を少し聞いてくれないかしら?」
母は頬杖をついて、こちらに眼差しを向けていた。
未だに、その視線の行先は猫を差していて、僅かに私とは絡まり合うことがない。
猫も猫で、私の膝元でちょこんと座ってじっとしていた。母に話しかけられてからは、眼を離さずに見つめていた。
まるで人の意思が通じているかのような賢い猫だった。
そして、母が切った口火にも「にゃ」と短く的確なタイミングで答えていた。
「あなた、本当は何者なのかしらね……」
つい、私はその猫が猫に見えなくて優しく撫でていた。
「聞いてほしい話っていうのはね。私の娘……涙の話。あ、そんなに長くはしないわ。手短に聞いていて」
「私ね、正直迷って、悩んで、困ったことがたくさんあったの。子供なんて初めてだったし、生きている命を育てるなんて簡単じゃないし。そのくせあの子に責任感を感じさせたくなかったの…………」
母が切り出した最初の内容は、不安も懸念も憂いも混ぜ合わせた責任感という圧に弱音だった。
吐き出されたそれは、私への愚痴なのか。それとも自虐なのか卑屈なのか……逃避なのか。
私が育つことに対しての解答用紙はどこにもなくて、そのくせ評価という名の、世間が容赦なく持論と偏見と正論を持ち込んで丸つけをしてくる。
私が上手く育っているのか、離れていく我が子が本当に正しさだと言えるのか。私は母にそんな罪を押し付けてしまった。
なにも悪くない、唯一で自慢の親に。
いつも優しくて、悟ってくれて、核心を見守ってくれて。
でも、わがままを言うのなら……もっとその優しさで触れて欲しかった。それを言えなかった私が全部悪い。
「でもね、私。あの子……涙を産んでよかったなって顔を見るたびに思ってた。それこそ毎朝よ。あぁ、この子は人としてちゃんと前を進んでくれるって……いつか、私に教えてくれるんだろうなって」
突如、母は泣きそうになりながらも堪えて私を誇った。
その意味が最初は理解できなくて、私は恨まれて当然だし、憎まれて当たり前だし、嫌われて通りだと思っていた。
「あの子は人の痛みが分かる。ううん、自分がずっと痛がってる子なの。弱いから傷ついちゃって、できないから引っ込んじゃう。でも、誰かに爪を立てたりはしない。それが痛いことだって分かってるから……ねぇ? 不思議よね。言ってみたらすごく簡単なことなのに、あの子のそういう姿を見てると、なんだか嬉しくて自慢で誇らしくて……あの子に『涙』って名前をつけたことが間違いじゃなかったって泣きそうになったわ」
「ねぇ、涙。あなたにはずっと言ってなかったんだけどね……その名前の意味は『思いやり』から来てるの。誰かと生きて、誰かと過ごして、誰かのために、それが自分のために流す涙がきっと美しいんだと思えるように名付けたの」
「そんなあなたを、私は愛し続けられて本当によかった。あなたに愛が育ってくれて、私はなによりも嬉しいの」
母の向ける目の輝きは、まだ私を照らしてはくれないけれど。
それでも、私たちが共に滴らせる雫は確かに同じ温度。
「私も、お母さんがお母さんでよかった。誰でもあなたに愛されて幸せよ」
どうもこんばんは雨水雄です。
今回のお話、大変遅い投稿になってしまいすみません……!
先週、体調を崩してしまい休載したのですが、なんだかずるずると引きずってしまい、そのくせ今回の話くらいから内容も悩んでしまい……この時間になってしまいました。
なんとも今年の夏ははやっぱりいつもと一味違うようで、フィジカルに自信のあった雨水もへばってしまっている次第でございます……みんな無理しないでね。
さて、今週もここまで読んでくださりありがとうございます。来週こそは定時にあげれるよう尽くします!
では来週もよければここで。




