第37話
最後だからと決めてしまえば。
それは最期になるから。
私にとって心はすっと軽くなるんだよ。
キスをしたのは初めてだった。
憧れも、焦りも、高鳴りもなく。
ただ…………。
こんなにも苦しくて、切なくて、重たい味を知ってしまったら。
私はもう、後戻りなんてできるわけないじゃない。
帰ってきた笑美に振り返り、私は声をあげようとした。些細な「ただいま」だけでも伝えたかった。
無事に戻ってきてくれるだけでよかった。見たところ笑美になにもなさそうでよかった。
そう、見えた私は大きな勘違いをしていた。
大きな傷を負って帰ってきた笑美は私よりも先に動き出して、半裸の私をベッドに押し倒した。
そして、覆い被さるように私を見下ろす。下から見る笑美の顔は前髪が被さっていてよく分からない。でも不穏で不吉で不愉快なほど影っているのはいやでも感じ取れた。
その顔に、その頬に手を添えようとした。それでも大丈夫だと言いたかった。そう言おうとした。
でも、塞がれた。
今まで味わったことないほどの距離まで笑美の顔は近づいていて、その唇が、私の粘膜に触れていた。
交わる口唇は、次第に息を求めるように勝手に開く。
「……ぷぁっ………え、えみ……っ!」
名前を呼ぼうにも、開いた口元に、今度はなにかが入り込んでくる。
また笑美との視線はすぐそこで絡まり合い、口内も溶かされるように舐め回され、吸い尽くされる。
そこで初めて私は笑美の舌が私の中で暴れ回っているのだと気付く。不思議と気持ち悪くない癖になる味……。
だけれど、こんなにもなにかをかき消すような、上書きするような必死な笑美はちっとも満足してはくれなかった。
度々、息も絶え絶えになり、酸素が足りていないのも当たり前なのに、それでも笑美は私に抱きついて離れなかった。唾液が漏れ出してもお構いなしに私は襲われ続けた。
このまま……、このままこの時間が過ぎれば。
この先に待ち受けている時間はなんだというのだろうか。
私には想像もつかなくて。いや、想像ばかりした日だってある。それこそ、この生活が始まる前日……夏休み前はよく眠れない日を過ごしてきた。
でもいざ、このときがきたとすれば。
私は素直に今の笑美を受け入れられるだろうか。
「え、笑美……笑美、笑美……私はここにいるわ。どこにも逃げたりしない。あなたを放っておくことなんて、死んでもしない」
私は肩をつかんで無理矢理にでも笑美との距離を引き剥がし、そのまま両腕で精一杯彼女を抱きしめた。
強く、潰れてしまいそうなほど強く。それでも笑美の柔らかな体は無くなったりしない。
だったら私はこの力一杯の存在証明を示すのみ。痛いくらい私がちゃんといること、逃げ出したりしないことを教えてあげなきゃいけない。
「大丈夫。大丈夫よ笑美」
それよりも。
「それでも帰ってきてくれて、ありがとう」
私の胸に笑美の顔を埋めて、これでもかと頭を撫でた。
髪がほつれる乱れる……知ったものか。
ここは私とあなたしかいないのだから、愛は純粋で重い方がいいに決まっているから。
そこまでして、笑美はようやく声を上げた。
「うぅ……うん、うん……! うぁっ、うわぁぁぁぁああん!」
産声よりも甲高く。雄叫びより力強く。
私のそばで笑美は泣き続けた。
どうもおはようございます雨水雄です。
今日も今日とて天候には恵まれない朝になっております……。いやぁもう5月も目前ですし、例年通り梅雨入りした頃合いなのかなぁ……としみじみ。
5月はなにかとモチベーション的にも重くてしんどい時期にはなりますが、踏ん張っていきましょう!
昨日より今日。心の持ちようで明日もきっと変えられますので!雨水は日々やさしい人間になりたいですかね……。
さて、今週もここまで読んで下さりありがとうございます。
では来週もよければここで。