最終決戦と別れ
グレンは突然エビルサタンが飛びかかってきて驚愕した。
魔法使い系魔王が肉弾最強相手に肉弾戦を挑もうとしてきたのだから、驚くなという方が無理がある。
エビルサタンは同時に魔法を唱えていた。唱えていた魔法は究極魔法アルテマ・レイである。
グレンは、それを見たとき、エビルサタンがサタナキア同様に魔・闘を込めた一撃でくるのかと警戒した。
しかし、違っていた。
エビルサタンから放出された究極魔法の魔力はグレンの後方へと流れていっていた。
その究極魔法の狙いを付けているのは・・・タズであった。
グレンは「チッ」と舌打ちした。
今のタズが究極魔法を受ければ死ぬのは確実である。
一方、エビルサタン程度の肉弾の一撃であればグレンはビクともしないし、究極魔法を受けたとしても死にはしない。
そう考えて、グレンはエビルサタンに背中を向けてタズを庇いに飛んだ。
タズはイリアと一緒にいた。タズはイリアから回復魔法を受けていた。2人は恐ろしい魔法が頭上にスタンバイし始めているのを見て固まっている。
2人に駆け寄ったグレンはまずはロックオン対象になっていないイリアを後方に投げ飛ばした。
そして、タズを押し倒して上から降り注ぐ光から庇うような姿勢をとろうとした。
だが、ここまで全てがエビルサタンの読み通りに動いていた。
エビルサタンは、意表を突かれ、タズを庇いに入った無防備なグレンの背中を後ろから羽交い絞めすることに成功した。
そしてそのまま倒れ込み、タズを下敷きにしつつ、グレンをサンドイッチにすることに成功した。
エビルサタンに羽交い絞めされ、グレンは暴れてきたが、エビルサタンはさらに究極金属性硬化魔法で身体をグレンごとがっちりと硬化・固定化させ、グレンがいくら振りほどこうとしても多少のことでははがれないようにした。究極硬化魔法を無理に引きはがそうとすればそれ以上の力が下敷きにしているタズに当たってしまい、タズは大ダメージを受けて死んでしまうだろう。
グレンは突然エビルサタンに羽交い絞めにされて押し倒され、あまつさえ究極硬化魔法を掛けられて、
(何をやっているんだこいつは)
と思った。
エビルサタンの頭上には究極魔法のアルテマ・レイが発動しようとしており、まず貫かれるのはエビルサタン、その次にグレンであり、ここまで硬化魔法をかけてくれているならグレンも無傷であろうし、その下のタズは間違いなく無事になるはずである。
硬化魔法までわざわざかけてくれた上で自ら盾になって何をしているのかと思ったグレンであったが、これもエビルサタンの計略の可能性があるため、きたるべき究極魔法の衝撃を相殺しようと天力気を纏うことに集中した。
しかし、アルテマ・レイが3人に降り注ぐことはなかった。
アルテマ・レイが発動しようとしたそのさらに遥か上空には、巨大な魔法陣が描かれ、誓約違反のペナルティ魔法である上界魔法が顕現していた。
誓約の一撃・・・その正体は全てを消滅させる消滅魔法
究極を超える上界魔法であるその魔法は、発動しようとしたアルテマ・レイまでも消滅させてエビルサタンたちへと降り注いだ。
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とてつもない光が王都キャッスルヒルに降り注いだ。
それは光というよりも、そういう白い物体なのではないかと思われるほどのものだった。
というのも、その光が通っているところはその光以外は「無」となったからである。
消滅魔法は文字通り、その射線上にあるすべてを消滅させる。
消滅してしまうので、回復も蘇生も不能。タズの使う究極蘇生魔法でもってしても蘇生できない。存在しなくなったものに対して時間を逆行させても意味がない。対象がなくなってしまうのだ。
究極蘇生魔法のそのまた遥か上、究極中の究極魔法である不老不死の魔法をもってしても消滅を免れない。
エビルサタンとグレンは、その上半身がその光の射線上にいた。タズは身体が小さく、グレンが羽交い絞めされた際に暴れたときに姿勢が変わったため、射線上からわずかに外れていた。
絶対消滅対象としてエビルサタンとグレンは選ばれてしまった。
光はあっという間に降り注ぎ、エビルサタンは消滅魔法の光を受けた。
巨大な金属になって硬化していたエビルサタンは、グレンを締め付けながら、グレンにもその光が当たったことを確信して消えていくが、消えゆく際にはやり遂げたという満足げな顔をしていた。
エビルサタンが消えると、タズの下半身の上に小さな魔石がいくつか落ちた。
エビルサタンが消滅魔法の光を受けるのと同時にグレンもまた消滅魔法の光を受けてしまっていた。
グレンが硬化した大きな金属の塊が、光を受けて消滅していった。
そうして、エビルサタンたちを消滅させた消滅魔法の光は、タズの身体のすぐ横といったところの地面をわずかにえぐって消滅させた後に、消えていった。
タズの真上に先ほどまでいたグレンはいなくなった。そのまた上にいたエビルサタンもいなくなっていた。
辺りは静まり返った。
魔王エビルサタンとの戦いは一瞬で、かつあっさりと終了した。
まるで勝利の実感の湧かない終わり方であった。
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「グレン様?」
タズは自分を庇ってグレンが消えてしまったことに理解が追い付かなかった。
あの最強が魔法であっさりと死んでしまったのか?
そんなことがあり得るのか?
タズは起き上って周りを見回した。
タズの後ろの方には地面にうずくまるイリアがいた。
イリアは一人ではなかった。
地面に転がったイリアを抱きしめて庇うような姿勢をしたグレンがいつの間にかタズの後ろに移動していた。
「!?」
タズは一瞬、何が起こったのかわからなかった。しかし、どうやらグレンは消滅魔法の光を受ける前にタズを庇った姿勢のままイリアの方に転移したらしい。
タズはとにかくグレンが無事であったことに喜ぼうとした。
しかし、タズたちの頭上には再び先ほどと同じとてつもない光が集まり始め、巨大な魔法陣を形作りはじめていた。
そして、描かれていく魔法陣の真下にいたのは・・・
「イリス!!!」
グレンは叫んだ。突然イリアのところへ転移させられたグレンは、その転移が自分によるものではない以上、それが誰によるものなのかがわかっていた。
アイリスの娘・・・まだ一言も言葉を交わすことができなかった相手をグレンは見た。
グレンはここに来て初めてまともにイリスの顔を見た。
少女イリスは涙を流していた。
イリスはタズによく似ていた。タズを少し大人びさせたようなとてつもなく美しい顔立ちだった。
その顔には、100年前のあの日、闇の衣が解けて見えてしまった大魔王ダークネス・ブリゾネーター・ビューズの美しい素顔の特徴がタズ以上にはっきりと表れていた。
だが、グレンにはそんなイリスの顔が別の誰かに重なって見えていた。
イリスが流している涙・・・それは悲しみの涙ではなかった。
グレンが無事であったことを心から喜ぶような、そんな綺麗な涙をこぼしている顔だった。
グレンにはその顔に見覚えがあった。
グレンが一度死んでしまったとき、
大魔王の魔法でグレンが死に、アイリスの究極蘇生魔法によって蘇生させられたとき、アイリスが見せたその顔にそっくりだった。
「ア、アイリス?」
グレンはその顔を見てつぶやき、固まった。
「グレン・・・ごめんなさい。
やっぱり私どうしてもあなたを死なせるわけにはいかないの・・・」
イリスは涙をこぼしながらつぶやいた。
涙をこぼすイリスの頭上には先ほど放たれたばかりであるせいか、先ほどよりも魔力の集まりが悪く、少しずつ、巨大な魔法陣が作られていっていた。
イリスもまたエビルサタンと同様に誓約違反を犯していた。
イリスはさきほどエビルサタンに誓約の命令として転移魔法とマナを使うなと言われていたが、消滅魔法の射線上にグレンがいたのを見て、グレンそっくりな巨大な金属片を作り上げた上で、エビルサタンに羽交い絞めされているグレンとそれを入れ替える転移魔法を行使し、本物のグレンはイリアの方に転移させていた。
その結果、イリスにも、エビルサタンと同じペナルティが下されようとしていた。
「タズ、お姉ちゃんもうさよならみたい
ごめんね。一緒にいられなくて・・・
イリアちゃんと一緒に仲良く元気で暮らしてね・・・」
「お姉ちゃんっ!!!
ぐすん・・・。
いきなりそんなこといわれてもボク、わけわからないよ・・・」
「ちょっとイリス!
悪ふざけはやめてよ!
早くその魔法解除しなさいよ!
天才でしょ?できるん・・・でしょ・・・?」
「ごめんね、イリアちゃん
もう無理なの。これはエビルサタンとの約束を破ったとき、確実に私を消滅させる魔法。
発動し始めたら逃げるのは無理。どこに転移しようと私を消すまで追いかけてくる」
「ちょ、ちょっとやめてよ・・・イリス・・・
冗談でしょ?
エビルサタンもいなくなってこれからは3人で一緒に暮らせるんじゃないの?」
「ごめんね、イリアちゃん・・・」
「イヤよ!やだよ!イリスお姉ちゃん!
私、ずっと夢だったのに!!!
今度は3人で一緒に暮らして、3人で一緒にベッドで寝て、タズと一緒にイリスお姉ちゃんにぎゅってされながら寝るのが夢だったのにっ!!!」
イリアはどんどんと出来上がっていく魔法陣を視界に収めながらイリスに向かって詰め寄りながら泣き叫んでいた。
タズもイリアもバカではない。むしろどちらもとてつもなく賢い。
エビルサタンとイリスが王都に転移してきてからのやりとりは、タズとイリアにとっては最初の誓約の内容からして知らなかったため、前提事実をいくつも欠いており、わけわからない話に聞こえていたが、話を聞いているうちに次第にエビルサタンとイリスの間に何があったのか、どういう誓約がされているのか、その内容を理解していた。
誓約を破るとどうなるのかも理解していた。
だからこそ、タズもイリアもサタナキアと戦っている最中に、イリスには決して助けを求めなかったのである。
イリスが手助けすることの意味を理解していたからこそ、決してイリスには助けを求めなかったのである。
そして、今、エビルサタンを消滅させたその魔法が何であるのかも理解していたし、イリスの頭上に輝く魔法陣が何を意味しているのかも理解していた。理解した上で叫んでいた。
イリアとタズはイリスに詰め寄って2人でイリスに抱き着いた。
イリスは抱き着いてきた2人の頭を優しく撫でた。
「イリアちゃん、私本当にうれしかったわ。
イリアちゃんがタズのお姉ちゃんになってくれて・・・。
タズのことをとっても大事にしてくれて・・・。
あなたがいてくれればタズは絶対に大丈夫だわ。
だから、私の代わりにこれからはあなたがタズのお姉ちゃんになってね、イリアちゃん。
イリアちゃん、あなたがタズのお姉ちゃんなら私とも家族よ。
愛してるわ、イリアちゃん。
ごめんね・・・」
「お姉ちゃん!
ボク嫌だよ!
ボクだって、イリアお姉ちゃんと一緒だよ!3人で一緒に暮らしたいよ!
ダメなの?ぐすん・・・」
「タズ・・・ごめんね。
タズに森でお願いしたこと、忘れないでね。
もっともっと強くなって・・・お願いよ。
これを持ってて」
イリスは泣きわめくタズに1通の手紙を渡した。
「お、おい、イリス
お前は一体何者なんだ?
アイリスとはどういう関係だ?何を聞かされている?
アイリスはどこにいる?」
グレンは先ほどのイリスの態度を見て、はっきりとアイリスとのつながりを感じた。
それも、アイリスからグレンについて聞かされているであろうことも確信していた。
むしろ、一時はイリスとアイリスがダブって見えるほどであった。
イリスがアイリスと同一人物であったとすればこれから起こるのは最悪の別れである。
それだけはないようにと願いながらグレンはイリスからアイリスのことを聞き出そうとした。
「グレンさん、ごめんなさい。それは私もわからないわ。
私は記憶があるときからこの星にいてタズとずっと一緒だったから。
「母様」はきっとこの星じゃないどこかにいるのかもしれない・・・。
エビルサタンが消えたことで新たにマナの瞳を持つ魔族が魔界に生まれるはず・・・マナの瞳をあなたが使えば「母様」を捉えることができるかもしれないわ。
・・・・・・。
グレンさん、あなたのマナをどうして「母様」が奪ったのかその意味を考えてください。今あなたが持つマナには「母様」の心が詰まってるわ。そのマナを使いきらないで欲しい、私と「母様」からのお願いよ。
・・・・・・。
あ・・・」
イリスはグレンに何かを伝えようとしたそのときであった。
上空に浮かぶ誓約の魔法の魔法陣は完成していた。
「ごめんなさい。
そろそろ時間みたい。
タズ、イリアちゃん、グレンさん・・・元気でね」
最後にそう言ったイリスは、抱き着いてきている2人をそっと振りほどき、最後に1回ずつ頭を撫でた。
タズたちの頭の上にはイリスの温かい手の温もりに加えて、ポタッポタッと温かい水が落ちてきていた。
タズたちは見上げなくてもわかった。
イリスは泣いていた。
その涙の意味は先ほどまでのものとは違うものだろう。2人を振りほどいたイリスの身体は微かに震えていたのだから・・・。
ここで声を出して思い切り泣けば別れは辛くなるばかりであった。だからイリスは声を出さず、タズとイリアの顔を上げさせないために頭を撫でたのだ。
イリスはその顔を見られないように、そして、周りを消滅させることがないように大きく上空へ飛び上がった。
そうしてタズたちの頭上で消滅魔法の光を受けた。
タズとイリアは、イリスがいきなり飛び上がって目で追ったが、太陽の光と消滅魔法の光が重なって眩しすぎて、あふれ出る涙が止められなくて、イリスの最後の表情は見ることはできなかったが、地面に映ったイリスの影はやがて地面から消えていった。
「さよなら・・・」
イリスは最後にそうつぶやいた。
タズたちには眩しくて見えなかった上、涙で顔を上げられなかったが、イリスが消えた空には大きな魔石が浮かんでいた。
そして、どこからともなく現れた小さな鳥の使い魔がその魔石を咥えて飛び去ろうとした。
大きな魔石はもろかったらしく、使い魔のくちばしで咥えられると、亀裂が入ってパリーンといくつかに割れてしまった。
使い魔は、割れた魔石をいくつか咥えて飛び去っていった。
タズがようやく眩しさから目が慣れてきて空が見えるようになってくると、イリスはもういなくなっており、空から他のものより少し大きめの魔石がタズの下へと落ちてきた。
タズはエビルサタンの消えた足元に落ちていた微小な魔石とイリスが消えた後に落ちてきた小さな魔石を手に取った。
手に取ってみると、タズにマナが供給されていくのを感じ、胸のペンダントにある魔石たちと同じ種類のものであることがわかった。
タズはこれらを集めてペンダントの中へと入れた。
タズのペンダントの中の魔石の数は、ちょうどタズの村にいたタズ以外の人たちの数と同じになった。
タズはその中でも一番大きな魔石から姉の温もりを感じた。
タズはしばらく遠く離れていた姉の温もりをとても近くで感じられるようになっていた。
タズとイリアはしばらくその場で抱き締め合って泣き続けた。




