邂逅 再び
シドル王都のキャッスルヒル地区にいた者たちは勝利の余韻で完全に浮かれていた。
そして、全く気が付いていなかった。
ヘルバトラーが消えたその下で謎の召喚陣がうごめき始めて、魔法が発動し始めたことに全く気が付かず、浮かれていたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一方、イリアは眠るタズの頭を撫で続けていた。
イリアには先ほどバトラーと戦っていたタズ、意識を失う前のタズが一体何だったのか、よくわからなくなっていた。
自分がタズの目の前で悲惨な姿で死んでしまったせいで、タズは魔族への憎しみから変わってしまったのではないか、もう以前の優しいタズは帰ってこないのではないかと激しく後悔しそうにもなった。
だが、それはほんの一瞬のことだった。
イリアに撫でられながら眠るタズはどう見てもイリアの良く知る可愛い弟で、「むにゃむにゃ・・・お姉ちゃん、大好き・・・」などと言いながら天使の寝顔を見せてくれていた。
やはり先ほどのアレは見間違いで、タズはタズのままだと思うことにした。
それに、たとえあれが見間違いではなかったとしても、あの恐ろしく冷たい表情のタズもまたタズだったとしても、それはイリアが望んだ結果でもあった。
イリアが望んだとおり、タズは爆発的に強くなったのだ。
絶望的とも思える強大な相手だったヘルバトラーを一瞬で打ち倒すほどに。
そして魔族を憎めるようになった、剣を振るう理由と覚悟ができたのだ。
そうであるならイリアの死は無駄ではなかったのだろう。
イリアは自分が死んでしまったときのことを思い返した。
今考えても、あのとき(死ぬ直前)の自分のことを思い出すだけで、心も身体も痛すぎて涙が出そうになる。
もう二度とあんな目はごめんだった。
死の孤独を知ってしまった以上、イリアにはもう二度と同じことはできない。
この先、魔王と戦っていくなら、もしかしたらまた死んでしまうこともあるかもしれない。
イリアにはタズを守りたいという気持ちは今でも強く残っている。タズのためなら身代わりになる覚悟もある。それでももうあんな真似・・・自発的に死のうとは思えなくなった。
あの経験を通して、イリアも一つ成長した。自分の命の大切さをよく理解したのである。
今のイリアは、死んで犠牲になることよりも生きることを大切にし、タズが変わってしまったことを嘆くよりも、タズが生きていてくれて、成長してくれたことを喜んだ。
これからはずっとタズと一緒にいられる、来年の誕生日も一緒に祝える、こんな幸せをこれからもずっと大切にしていきたい、そういう気持ちでいっぱいであった。
イリアはタズを撫でながらそんなことを考えていたのであった。
・・・・・・・。
「ちょっとイリアちゃん!そろそろ交代よ!
・・・ちょっと聞いてる!?」
何やらきゃんきゃん聞こえるが、イリアはこの幸せをこれからもずっと大切にしよう、
誰であろうと渡すまい、特にこのメスネコには絶対渡すまい・・・そう思いながらタズを撫で続けたのであった。
「きーーーーーーーーーーー!!
イリアちゃんは家でもできるでしょ!ズルいズルいズルい!
勇者様を起こすのはお姫様のキスなのよ!そろそろどいてよ!」
クロエに肩を掴まれ、身体をグラグラと揺さぶられようと、断固譲る気のないイリアであった。
(勇者をキスで起こす姫なんか聞いたこともないわ。このメスネコ、ただキスしたいだけでしょ・・・
まったく、ハレンチな・・・)
先ほどの自分の行為(寝てるタズにこっそりキス)を棚に上げてそんなことを思うイリアであった。
そして、保護者のアルフレッドは自分の娘のこれを今後どうやって矯正していくか考えて頭を抱えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな最中、王都キャッスルヒル地区にただならぬ気配が流れ込んできた。
はじめにその違和感に気が付いたのはタズであった。
タズはイリアの膝枕の上でしばらく眠っていたが、激しい悪寒を感じて飛び起きた。
その悪寒はヘルバトラーを間近で感じたときよりもさらに強く、いつか感じたときのものと同じ雰囲気のものだった。
「タ、タズ
どうしたの?」
急に飛び起きたタズにイリアが話しかけたとき、キャッスルヒル地区に黒い轟雷が落ちた。
タズは大声を上げた。
「魔王が来る!みんな逃げてー!!」
キャッスルヒル地区にいた人々はタズの声を聞いて一斉に黒い雷が落ちた方を見た。
そこには・・・
邪眼が怪しく光り、暗黒魔闘気を纏った恐怖の象徴、
魔王エビルサタンがいた。
この世のものとは思えぬ邪悪なオーラを纏った魔王の突然の登場に、王都民たちは「ギャーーー」と悲鳴を上げながら一斉に逃げ出していった。
あまりの恐怖に失神する者もいた。
そして、中途半端に戦う勇気を持ってしまっていた騎士やクロエたちも、エビルサタンから吹き荒れる暗黒魔闘気に当てられてパタリと気絶してしまった。
魔王の存在感は尋常ではない。吹き荒れるマナ・・・漂わせる死の気配はヘルバトラーの比ではなかった。
エビルサタンが少し魔力を込めて魔法を放てば、この王都は地獄の業火に包まれて街ごと消失する・・・それほどの圧倒的な死の気配が漂っている。
その上、エビルサタンは暗黒魔闘気という魔属性魔法のオーラを纏っている。そのオーラは魔界の魔族に絶大な力を与え、地上の人族に有害極まりない。これに当てられた弱き者たちは、たちまち気絶してしまったのであった。
魔界の王を前にして、気絶せずに相対していられたのはごくわずか、
タズとイリアとアルフレッドの3人だけであった。
ただし、アルフレッドはギリギリといった様子であり、当てられたオーラに気絶しないよう必死に抗い、恐怖で体が硬直しないように自身を必死で奮い立たせ、クロエを庇うようにしてその背中をエビルサタンに向け、気絶したクロエを抱きかかえてその場でうずくまるだけであった。
「フッフッフ・・・。
アーハッハハハハ!
かなりヒヤリとさせられましたが、賭けに勝ちました!
とうとうやりました!
じいや・・・あなたのおかげです・・・。
尊敬するマイマスター
私が魔界を支配するそのときまでゆっくりとお休みください」
エビルサタンは高笑いした後、ゆっくりとその身体全体を覆い隠すように吹き荒れる暗黒魔闘気を治めた。
いきなり登場したかと思えば笑いながら意味不明なことを口走るエビルサタンの方を見て、タズは驚愕した。
だが、タズにとって重要なのはエビルサタンの言葉ではなく、タズが驚愕したのもエビルサタンの行動に対してではなかった。
タズが驚愕したのは・・・
エビルサタンがグレンとの死闘を演じて噴出させていた吹き荒れる暗黒魔闘気を治めて、殺気を鎮めていくと、エビルサタンの手の先にはもう一人、人がいたのが見えてきた。
エビルサタンが腕を握っていた人物・・・
それはタズにとって自分の命よりも大切な・・・
透き通るような金色の髪をした・・・
その美しくも愛くるしい顔立ちは誰もが一度は振り返ってしまうほどのもので・・・
「お姉ちゃん!!」
小さなエルフの美少女がいた。
タズが毎晩泣き続け、会いたくて会いたくて仕方がなかった相手
夢にまで見たイリスがいた。
約1か月ぶりにイリスの顔を見たタズは宿敵の魔王の前だというのに泣き出しそうだった。
魔王がいるにもかかわらず、駆け寄りたくて仕方なくなった。
タズは駆け出したくなる自分を必死で抑えて泣きそうな顔でイリスの方を見た。
そして、そんな泣きそうなタズを見たイリスの方は・・・
「あらタズ!
久しぶりね。
元気だったかしら?
10歳のお誕生日おめでとう!
あら?ちょっとやつれてない?
ちゃんと寝てるの?夜更かしはダメよ」
・・・・・・。
タズはイリスの調子にズッコケそうになった。
いつも通りといえばいつも通りであったが、この緊急時にいつも通りすぎた。
いつも通りな様子のイリスはエビルサタンなどいなかったかのようにその手を振りほどいてタズの方へ足早にやってきて、
さっそくタズの頭を撫で始めた。
「よしよし・・・
タズ、お姉ちゃんに会えなくて寂しくなかった?
良い子ね!」
タズはつい先ほどまでは真剣な表情をしていたが、本物の姉の優しい手、タズを安心させてくれるその圧倒的ななでなでテクニックの前にすぐに顔がとろけていった。
一方・・・
タズの隣でそれを見せつけられたイリアは・・・
(ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ)
イリアは突然のイリス登場に呆気にとられたが、今まで見たことないくらいに幸せそうなタズを見て、かつてない敗北感を味わった。
タズを誰にも渡すまいと先ほど誓ったばかりであったのに、タズのその顔は、タズが一体誰のものなのかはっきりとわからせる顔であった。イリアを完全敗北させる幸せそうな顔だった。
タズにとってイリアは誰にも負けない地位を築き上げたはず、そう思っていたのに、そのイリアが唯一勝てない相手がそこにいた。
「あら、タズったらそんなに甘えちゃって
よっぽどお姉ちゃんに会えなかったのが寂しかったのね。
かわいいわぁ!愛してるわ、タズ
ちゅっ」
「えへへ
お姉ちゃん大好きっ!
ボクも愛してる!
ちゅっ」
イリスは完全に甘えん坊モードになったタズにキスした。
それもほっぺではなく唇に。
しかもそれどころではない・・・タズまでまるでいつものことのようにイリスに口づけを仕返していた。
(あばばばばばばばばばばば・・・)
イリアは先ほどのクロエとの戦いがなんだったのかと思うくらいに圧倒的に敗北した。
イリアはファーストキスは私のものなどと考えていたが、タズのファーストキスはとっくの昔に宿敵に奪われていた(イリスのイリア以上のブラコンっぷりを考えれば当然であったが、イリアはなぜかそのことに考えが及んでいなかった)。
イリアはとうとうキレた。
「ちょ、ちょっとイリス!
なんなのよあなたは!
えっち!ヘンタイ!このブラコン!
タズの大好きなお姉ちゃんはこの私よ!
あなたは勝手にどっかにいったんだからタズになでなでする権利もチューする権利も私のものよ!
私の許可とりなさいよ!許可!」
ぶっ壊れたイリアはどの口がいうのか、意味不明な権利を主張しながらイリスにつっかかった。
「あら、イリアちゃん!
久しぶり!
あなたも撫でられたいの?
よしよし!いつもタズの面倒を見てくれてありがと!
ちゅっ」
それに対してイリスは、あろうことか噛み付いてきたイリアに、撫でられたいの、などと言って今度はイリアの頭と耳を撫で始めた。その上、イリアのほっぺにキスまでしてきた。
「ちょ、ちょっと!
な、なにしてんのよ!
あっ・・・
えへへ・・・」
すると、驚くべきことにイリアの顔が真っ赤になりながらとろけていった。
「イリアちゃんも甘えん坊さんね。
お姉ちゃんに会えなくて寂しかったのね。
よしよし!
好きなだけお姉ちゃんに甘えて良いのよ」
(ま、まずいわ!このままでは私のお姉ちゃんとしての威厳が・・・
で、でも気持ちいい・・・
だめ・・・
あんっ・・・
イリスお姉ちゃん、ダメよ・・・)
イリアはイリスに完全に陥落させられていた。
今までタズは知らなかったが、実はイリアとイリスはいつもこんな感じであった。
ライバルというのはイリアの一方的な感情で、実のところ2人の関係は友達とかライバルというよりも仲の良い姉妹。
イリアは本当のところはイリスお姉ちゃんに甘やかされるのが大好きな妹ちゃんだったのである。
イリアが普段やっているお姉ちゃん業は全てイリスから自分がされたことの見よう見まね・・・つまりはそういうことである。
・・・・・・・・・・・・・・・
「茶番はそれくらいにしてください。巫女様」
完全に空気と化していた魔王は巫女に待ったをかけた。




