もう一人のタズ
タズは己の無力さを悔いると共に、あの日と同じこと、それ以上の感情が頭によぎった。
大切な姉の命を奪った者、
(絶対に許さない)
(あの魔族を殺す)
その強い憎しみの感情がタズを支配したとき、あの日と同じ声が頭に響いてきていた。
タズは、この大観衆の中、それもクロエが見ている中で、それだけは使ってはいけないと考えていたとある力に頼ることを決意した。
その力が何か恐ろしいものであることは直感でわかっている。
今の自分ではコントロールできないこともわかっている。
バトラーがヘルバトラーになったように、これに頼りすぎれば、いつか自分というものを全て失うことになるかもしれないことも予感している。
しかし、今この瞬間、それらは全てどうでも良いこととなっていた。
あの魔族さえ殺せるなら・・・
あの魔族さえ滅ぼせるならどうだって良い、
自分がどうなろうと、アイツだけは殺す。
そんな憎しみの感情がタズを支配していた。
ただ、憎しみに支配されたタズにも、もう一つだけ強く残っていた感情があった・・・。
――イリアお姉ちゃんに会いたい。
――もう一度イリアお姉ちゃんに会わせて欲しい。
――そして、ボクもお姉ちゃんが大好きだと伝えたい。
それはイリアを愛する気持ちだった。
自分はどうなっても良い。地獄に堕ちても構わない。
けれども、イリアお姉ちゃんだけは絶対にこのまま死なせたくない。
もしも願いが叶うのであれば、イリアお姉ちゃんを生き返らせたい。
いや、愛する人を失った悲しみで包まれているここにいる自分以外の全ての人たちだけは救いたい。
幸せになって欲しい。
そう願いを込めてペンダントを握りしめた。
そして、タズの祈りに応じてペンダントが光り輝いた。
・・・・・・・・・・・・・・・
――それからの変化は劇的であった。
ペンダントが光り輝くと、マナの風が巻き起こった。
いや、目には見えていないが、風というよりも竜巻と言った方が正しいであろう。
タズを中心として膨大なマナの渦が発生した。
ミノタウロスたちが消えてなくなったその残滓から・・・あるいはイリアの残滓からマナが集まり、渦を作り、タズの下へと集まってきた。
そして、膨大な量のマナがタズの下へと集まったかと思えば、辺りは時が止まったかのように静かになった。
――止まったかのようではない。
――時が止まっていた。
タズはそっと謎の呪文をつぶやくと、タズの周囲、キャッスルヒル地区全体に多数の光が降り注いだ。
光が消えると、タズの、そして周囲にいた騎士たちの傷が完全に塞がり、元通りに戻っていった。
生じた変化はそれだけではない。
魔物たちに蹂躙され、命を散らした王都の人々・・・もはやその欠片しか残っていなかった状態であったその場所にも光は降り注いでおり、光が消えると時が逆転したかのようにそこに人の身体が現れて、その身体には魂が宿っていた。
かつての大戦でたった一度だけ賢者の王が使ったとされる神の技
―究極蘇生魔法―
時を固定し、時間を逆転させて生じた悲劇をなかったことにするといわれるその魔法は、使うところを見た者がいないため、何をされたのか誰もわからない。
後に残るのは奇跡の結果のみ。
その魔法の発動にはあり得ぬほどの膨大なマナに加えて、もはや時間を戻すしか手段がないという絶望と、人を愛する気持ちがないとなし得ないとされる究極魔法である。
周囲の者たち、死んだはずの者たちは、そのコンマ秒前からの身体の劇的な変化に何が起こったのかと理解できず呆然とするしかなかった。
そして、それは、一人の少女にも奇跡を起こしていた。
イリアは確かに死んだはずだったのに、生き返っていた。
貫かれたはずのその身体は、何事もなかったかのように全て元通りに戻っていた。
「タ、タズ?」
イリアは奇跡が起こったことを誰よりも早く理解し、それを起こしたであろう最愛の弟の方をみた。
もう二度と会えない、そう思っていた弟にもう一度会えるその奇跡に
その目からはずっと堪えていた涙がポロポロと零れ落ちていた。
――だが、
イリアの涙は弟の姿を見た瞬間に止まっていた。
この場で誰よりもその少年を愛していた姉は、すぐにその少年の変化に気が付いた。
(あれは誰?・・・あれはタズじゃない。あれは一体何?)
「タズ・・・これで良いか?
全く、お前も大したものを願ってくれたな。
おかげでせっかく今まで集めたマナが一気にほとんどすっからかんだ・・・。
まあ仕方ない・・・。
あいにくマナならそこに落ちてるしな」
優し気な笑みを浮かべたタズらしき男はそうつぶやいた。
そして、タズらしき男は、右手に握られていたモノを見ると、それをまるでゴミか何かのように道端に放って捨てた。
そのときのタズらしき男の表情は、先ほどの優し気な表情が一切消え、明らかにタズではないとわかる殺気を発し、邪悪な笑みを浮かべていた。
その男の口から、また小さくつぶやかれた。
「――降臨せよ、ブリゾネーター」
今度はその男の残ったマナが膨大な魔力に変化し、魔力の渦がその男の右手辺りに発生したかと思うと、次第にその男の右手の中で何かが形作られていった。
魔力の渦が消えると、いつの間にかその右手には白く透明に光り輝く剣が握られていた。
ヘルバトラーは突如出現した謎の威圧感に驚愕していた。
その威圧感の前には悪魔獣王であるにもかかわらず、思わず平伏したくなる、それほど圧倒的なものであった。
ヘルバトラーはその男を脅威と把握し、すべての力を振り絞ってその男に向かって行った。
すると、その男はつぶやいた。
「――お前らは全て鏖だ・・・。
アクセラレーター・ダブル」
タズらしき男は、目に見えない速さでヘルバトラーの一撃をかわすと、その白く輝く剣をヘルバトラーの左胸、核の辺りに突き刺した。
「絶対零度」
タズらしき男が謎の魔法を唱えた瞬間、その白い剣に突き刺されたヘルバトラーはカチンと凍り付いた。
そして、その白い剣を振りぬくと、ヘルバトラーはガラガラと崩れ落ちてやがて消えていった。
ヘルバトラーが消え去るのと同時にタズらしき男もどこかへ消えた。
周囲を見渡すと、いつの間にか王都に襲撃しに来ていたモンスターたちも全て凍り付いていた。
タズらしき男は、その中で最も巨大な魔物、ヘルミノタウロスに白い剣を突き刺していた。
そして、ヘルミノタウロスたち魔物は、全て氷像となった上、やがてヘルバトラーと同じようにガラガラと崩れ落ちて消滅した。
ヘルバトラーたちの残滓から放出されたマナは、再び風のように集まって白い剣へと吸収されていった。
タズらしき男は意識を失ったかのようにその場で倒れた。
その右手にはいつの間にか白い剣は消え失せており、殺気も謎の圧迫感も全て消え去っていた。
・・・・・・・・・・・・・・
あまりの展開に周囲の者は声も出なかった。
ただ一つ言えることは、あの少年がヘルバトラーもその配下のモンスターも一瞬で全て消滅させてみせたということだった。
その上、死者、重傷者も含めて全員何事もなかったかのように復活している。
そんな奇跡が起こった。
やがて王宮騎士たちは長かった戦いが人族の大逆転で終わりを迎えたことを感じ、大歓声を上げはじめた。
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ヘルバトラーが消滅したその場所には小さな謎のアイテムが落ちていたが、誰もその存在に気付くことはなかった。
そして、そのアイテムは地面に不吉な魔法陣を静かに描いていった。




