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お嬢様、終わりの始まりを見る


 さすがにアイゲルフもこれには驚いた様だった。当然、古の王の墓で地獄門が開こうものなら、王都は壊滅する。真上にある王宮もどうなるか分からないし、王室も元老院も全滅するだろう。


「それは、本当の事なのですか?」


「はい。私が神より神託を承り、ここに忠告に来た次第です」


 天使にそう言われては、アイゲルフは反論のしようがなかった。


「そ、それはいつ……」


「わかりません。ですが、必ずその時は来ます。今かもしれませんし明日かもしれませんが、ソールメイズはさほど気長な方では無いでしょう」


「わ、わかりました。すぐに元老院と話をして、対処いたします」


「対処って、何をどうする気?」


「それは話をしてみないとわかりません」


「……私達、ソールメイズの復活を止めに来たんだけど、古の王の墓の所まで、連れて行ってくれない? そしたら後は私達がやるからさ」


「相談の一つに、入れておきます」


「……そう、よろしく。で、私達はもう帰った方が良い? それとも、その元老院様が結果を出すまで、ここで待った方が良い?」


「わかりました。ここでお待ち下さい」


 さすがのアイゲルフも、今回ばかりは計算が速かった。

 ここで私達を帰らせてしまえば、元老院から何故帰らせたのかと怒られるのだろう。ここで私達が待ちくたびれて文句を言っても、頭を下げれば済む事だった。どちらに怒られるのが怖いか、という天秤で、アイゲルフは元老院を選んでいた。


 かくして長時間、この部屋だけは綺麗な賓客室で時間を潰す事になったのだが、食べ物は乾いたクッキーしかなく、飲み物も安いワインしか出て来ない。贅沢品を出せと言っているのではなく、もうこの国には何も残ってないみたいだった。賓客をもてなすのだったら、トラスホープの方が豪華な料理が出せただろう。この国に残っているのは、一つの城と、食べられない金目の物ばかりだった。


「元老院としては……」


 誰もが退屈して、高そうなテーブルの上に足を投げ出しながらため息をついた時、シズカが独り言の如く呟いた。


「王の亡骸を悪魔に捧げていたという事実を、知られたくはない。もしそれでこの街が救われるのならば、なおの事」


「それならいっそソールメイズに復活されて、全てを吹き飛ばされて被害者ヅラしたいって所?」


「被害者ヅラって、すごい言い方を知っているんですね。かみる様は」


 とシズカは苦笑していた。


 世の中あーだこーだと一生懸命に人のせいにして、自分は何も悪くないと言い張る奴も居る。心理学に詳しい者が居れば、自己弁護すればするほど当人がドス黒い人間だと分かるのだけど、そうでない人は端的な情報から判断するので、被害者面している人間の事を被害者だと勘違いしてしまう。


 今の元老院とアイゲルフのやりとりはそんな所だろう。どっちも悪くない。ではどうしましょうか。どうする事も出来ません。その時に考えよう。その時なんて来ないかもしれないんですから。


 その時が来る、とこっちは言っているんだが、どうしてもそこを認めたがらない。

 いつくるかわからないとか言い出すのだ。

 そして、その時は来てしまうのだ。

 この様に。


「んおっ!!!」


 ズドン! という凄まじい縦揺れと共に、壁にひびが入る。そのひびからは赤い血の様な液体が流れ出していた。柱がバキバキという音を立てて形を変え、凶暴な獣の爪の様な形になった。床にもひびが入り、その隙間に赤い光が走る。


 奥へ行く事が出来ない私達は、仕方無く賓客室を出て、王宮の外へと出た。

 日が暮れたのか、それとも上空に広がる暗雲の為か、世界は夜の闇に包まれていた。


 街の中心に建っていた城がボロボロと崩れ、そして一番高い尖塔から天にむかって赤い光が走っている。その光が雲を貫くと、黒い雲の中心がえぐられ、ドーナツみたいな形になっていた。


 ここまであからさまにソールメイズが復活しようとしているのを見た事がなかった。

 ミンスミートも言っていた。次は防ぐ手立てが無いと。

 そして神々の決めたルールを無視して、ソールメイズ自身がこの世に降り立とうとしている事を。


 残っていた数少ない街の人達は慌てて建物から逃げ出していた。この世の終わりだという人も居た。ハウプトブルクの城が天へと向かって崩壊していき、藻屑となって消えていく。城のあった部分には火山の噴火口のような縦穴が開いていた。


「ソールメイズが復活したのか?」


 そうミンスミートに聞くと、いえ、これは違います。と意外な返事が返ってきた。


「まだソールメイズは、この世には来ていません。何か別の強力な力を持った悪魔が……」


 とそこまで言った時、その縦穴から、巨大な人間の姿をした生き物が這い出そうとしていた。黒い肌、黒い闇を身体に纏わり付かせながら、這い出てくるその姿は、トレイマスを思わせたが、その顔はトレイマスのものではなかった。


「ゴールドワンが……どうして……」


 正確には、元ゴールドワンに取り付いた悪魔が巨大化していた。

 顔の面影はゴールドワンだが、身体はトレイマスのものだった。

 あの時、私は確かにゴールドワンを倒したつもりだったが……。


(アイゲルフの奴、ゴールドワンの身体を焼き払わなかったのか……)


 よくよく馬鹿で愚かでおめでたい奴だと、心の中で愚弄してやった。きっとアイゲルフは、トレイマスの使い魔と化したゴールドワンは死んだ。だから棺桶に入れて丁重に埋葬してあげよう、などと考えたのだろう。

 私の詰めも甘かった。あの時に身体も全て光に還元してしまえば良かったのだ。アイゲルフだけを責める訳にはいかなかった。


 目の前で、ハウプトブルクが崩壊していく。しかし、誰も動こうとはしなかった。

 わかっていた。あれはソールメイズではなく、その時では無い、と。でも一つの城よりも巨大で、歩くだけで街が壊れていく恐竜レベルの怪物をどうやって倒せと言うのだろう。


 いや、倒さなければ、私達はここで死ぬ事になる。

 巨大化したデビルゴールドワンは奈落の底から這い出して、そして私達を見つけていた。


「誰かがきます」


 メルリエルが指さした先、王宮からメインストリートを経て、こちらへのやって来るのは、4匹の馬だった。よもや役に立たない飾りだけの鎧を外し、そして血まみれになったアイゲルフとその従者を乗せた騎馬が私達の前まで来る。


「最後に私が出来る事だ。この馬に乗って逃げてくれ。君達は8人だろう? 二人ずつ乗れば逃げ切れる」


「緑竜騎士団はどうなされたのですか?」


 シルメリルが尋ねるとアイゲルフは首を振った。


「騎士団も何も、あんな状態では何も出来ない。戦った者も居れば逃げた者も居る。残ったのはこの4人だけだ」


「メルリエルさん、グレーターテレポートは使える様になりました?」


「ええ、バニティさんのおかげで、一生懸命練習しました」


「では2人で16人までは転送出来ますね」


「このままでは馬も連れて行く事になりますが……」


「今は、逃げる事だけ考えましょう」


 私達と緑竜騎士団を逃がすまいと、巨大化したデビルゴールドワンが、メフィットをつれてこちらに駆け寄ってきていた。ドズン、ドズン、と一歩一歩は鈍く遅い音だが、その速度は速い。

 あのルダのゾンビ達の様に全速力で来られたら、さすがに泣いてしまいそうだが、巨大な悪魔が街を壊しながら迫ってくるというのも、正直、泣いて逃げたかった。


 メルリエルとバニティが二人で呪文を唱え初め、私達の周りに光の輪が広がる。

 その中にアイゲルフと生き残りのドレイクナイツ三人も含めて、私達はデビルゴールドワンの手の届く範囲から姿を消した。



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