お嬢様、廃れたハウプトブルクに戻る
「もう一度、あのグロットに行くの?」
私の問いにミンスミートは目を伏せながら答えた。その表情は哀しげでもあり、優しくもあり、全てを悟ったような不思議なものだった。
「いいえ、あの町の門は閉ざされました。そして別の門が開こうとしています」
「そう言えば、三日月島に、何か異変があったみたいだけど……」
「三日月島? いえ……私の知る限りでは、次に地獄門が開くのは……ハウプトブルクです」
「やっぱり何かあったんだ……あの街……」
「ハウプトブルクの王は、昔より悪魔達と交流がありました。あの小さな街が生き残るにはそうするしかなかったのです」
「ルーゲンフォークの様に国土が豊かな訳ではなく、メルカデの様な軍事力もない、ただの城塞都市が何百年も存在する為には、王の身を悪魔に捧げるしかありませんでした」
「確かに、古の王の墓は怖い彫像で守られていましたね」
レイトが抜け道を探してくれた時の事を言った。もし、あの彫像が動き出したら大変だと軽快して、私達は触らなかった。それに私達の目的は古の王の墓でもなかったから、避けて通れるのならそれがベストだった。
「その門はいつ開くんですか?」
「分かりません。呪術師が居れば、すぐに魔法の壺に混沌のエキスを溜め、門の開放を始めるでしょう」
「一度目にソールメイズが出てきそうになった時は、まだ力も弱く、かみる様が魔方陣の中に押し戻す事で、防ぐ事が出来ました」
「二度目は私がこの身を挺して封印となりましたが、三度目はそのような者はいないでしょう」
「ハウプトブルク、古の王の墓へ行こう」
次の目的地は決まり、私達は飛空艇ではなく帆船トラスワン号でハウプトブルクへ向かった。その間にユミルはガスター号の修理と改造をするらしい。
もし、私達が絶体絶命になった時、ガスター号で助けに行く為に、とユミルは言っていた。
そうならない事を願いつつ、私達はなつかしきハウプトブルクへと戻った。
「……まるで人気が無くなりましたね……」
ハウプトブルクの波止場には、10人も人が居なかった。その人達に事情を聞くと、皆、最近の街の様子がおかしくて逃げ出してしまったのだそうだ。トラスホープへ逃げた人も多いらしい。日ごとに闇が街を包み込み、常に霧が出るようになった。
歓楽街は商売が成り立たなくなり、半分廃墟と化し、スラム街と同化していた。緑竜騎士団はスニーカーズのアジトを再建すると言っていたが、その工事も中途半端で投げ出されている始末だった。
「せめて、口に出した事ぐらいはしろよ、アホゲルフ」
どうしても好きになれない、お坊ちゃま騎士の顔を思い出しつつ、私達は作りかけのアジトで一息ついた。建物の中に入ると、基礎工事は出来ていて壁も出来ているから、まぁ、休むには問題無い程度で、邪魔な足場があちこちにあるのが気になるだけだった。
「緑竜騎士団に会いに行きましょう」
シルメリルの言葉に頷き、まずは街の様子を見てから王宮の方へと向かう事にした。
スラム街と化した繁華街を見ると、なんだか哀しくなってくる。あの頃、助けようとした古いスタイルの酒場も、今では朽ち果てた廃墟になっていた。元キャバレーも浮浪者達のたまり場になっていて、傾いた看板がキィキィと音を立てて揺れていた。
商店街の殆どが閉店していて、どこぞのうらぶれた現実の商店街を思い出させた。なんとか店を続けていられるのは雑貨と飲食店だけで、武器防具なんて買う客は居なくなり、魔法の道具屋ももぬけの空になっていた。
「王室ってさ、税金で生活してるんだよね?」
「そうですね」
「今、税金を払える奴なんて、この街にいるの?」
「居なさそうですねぇ」
レイトとマイシャもしょんぼりしながら、かつては賑わっていた町並みを眺めていた。
「もしかしたら、ゴールドワンという守銭奴は、この街には必要な存在だったのかもな」
自らの金儲けの為に、ゴールドワンは走り回り、部下に檄を飛ばした事だろう。ルーゲンフォーク等との交易を推し進め、繁華街に客を呼び、冒険者達に武器と防具と一夜の楽しみを提供しただろう。
緑竜騎士団のアイゲルフにそんな才能など微塵も無いのは分かっていたし、この深まる闇の中で一体何をもって正義を名告っているのかも理解出来なかった。そんな事を考えると、余計にイラッとしてアイゲルフの事が嫌いになった。
全部ただの八つ当たりで、アイゲルフが悪い訳じゃないってのもわかってる。わかった上でむかつくんだから仕方無い。誰かのせいにしたいだけだった。
日が暮れる頃まで、変わり果てた街並みを見ていた。その後、空の色が青くなる頃に、市街地から王宮の方へ行き、正門から王宮区域へと入る。
こんな風に正式に中に入るのは初めての事だった。トラスワンのかみるだと名告ったら、一度はこの国を救った者として名前も通っていた。
「アイゲルフ様がお話になりたいそうですので、賓客室へお越し下さいませ」
王宮の警備員はそう言って、私達を宮殿の中に通した。
この王都には王が居ない。本物の王は既に死んでいて、地下墓地で悪魔に身を捧げている。王の居ない王宮は、誰のためにあるのだろうか。その王宮を守る緑竜騎士団は、何の為に存在するのか。
(元老院と、生き残りの貴族を守る為……)
それがせめて国を守る事に繋がれば、まだ良いのだけれど……そんな気配は全く無い。国民のために政治をします、と公言する政治家と呼ばれる仕事の人達は、その後がどう転ぶにせよこいつらよりは遙かにまともだった。
私とシズカ、マイシャとレイト、シルメリルにメルリエルにバニティとミンスミート、随分と賑やかな一団になったものだった。そんな私達が席に着いているのを見て、さすがにアイゲルフも嫌な顔をした。
「これはこれは……天使様まで、お仲間にされましたか」
アイゲルフが白い羽を持つミンスミートを見て、そう切り出したが、その第一声に対しての返事は、アイゲルフにとって一番都合の悪い形になった。
「ああ……どうして天使様がここに来たか……想像はつくよね?」
「…………」
もう少し、別の所から話をすれば良いものを、天使をつれてくるまで成り上がったのか、と嫌みを含めようとするから、おかしな事になる。
「ここの王は、代々、死ぬとその亡骸を悪魔に捧げているそうだけど?」
「王室の決定は王室の意志によるもので、我々はに口出しできません」
「その王室に、警告した方が良いよ。この王都の地下で、ソールメイズが復活する為の地獄門が開くって」
「じ、地獄門が!?」




