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お嬢様、エルフ妹を助ける


 骸骨達を倒し、地下墓地の罠を解除しながら更に奥へと進む。

 まっすぐ進み続ければ、ハウプトブルク王家のご先祖様の墓へと辿り着く所を、レイトは左側へと曲がった。


「そっちなの?」


「ええ、こっちに新しい足跡があります。昨日今日の物です」


「近づいてきたみたいね。さっさと終わらせてアジトに帰りたい」


 レイトは高い所から床上へとおり、用心深く斥候を勤めて前進していく。私達も壁沿いに身を寄せながら、目立たない様に通路を歩いて行く。左へと折れた通路は、次に右へと曲がって突き当たりになり、そこでレイトは首を傾げた。私達の方を向き、口元に指を当てて声を出すな、という指示をする。そのままそこに留まっていると、どこかから声がしてきた。


 レイトが私の他所まで忍び足で戻ってきて、耳打ちする。


「この先は地下監獄です」


「監獄? 地下墓地が監獄に通じてたの?」


「これは想像ですけど、誰かが脱走したんですよ。今じゃなくて遙か昔に」


「あ、あ、ちょっと想像出来た。海賊バッドフィンガーは地下監獄でネックハンガーズと取引する為に、昔々誰かが作った脱走経路を使ってたのね」


「はい、こんな道、誰も知りませんから、裏取引にはもってこいですよ」


「で、この先に、奴らが居る、と」


「そこまでは分かりません。先ほど聞こえてきたのは囚人の声だと思います」


「とりあえず、行ける所まで行こ」


 先行してレイトが様子を見て私達を誘導する。地下墓地の突き当たりの壁には人一人が潜れるトンネルがあり、四つん這いで潜ることになった。


「……かみる様の下着って、可愛いですよね」


 私の後ろに続くマイシャからは、ぱんつ見え放題になっていただろう。

 そう思って後ろにマイシャをついてこさせたのだが、ガン見されている様でとても恥ずかしかった。


「ふーん、こうなってるんだ? ふーん、ふーん……」


 そんな事を真後ろで言われては、目の前の事に集中なんて出来ない。

 いったい私の股間のどこを見て感心しているのか、気になって仕方が無かった。


(ううー……助けて恥ずかしいー……)


 そんな羞恥プレイもトンネルを抜けると終わり、陰湿な監獄の中に出た。


「はぁ……はぁ……」


「かみる様、大丈夫ですか? ちょっと狭かったですか?」


 レイトが気を遣ってそう言ってくれた。


「いや、だ、大丈夫……ちょっと色々……呼吸困難な感じ」


「ガスとか、吸い込んでません?」


「……も、もう大丈夫」


 監獄の中は実に嫌な所だった。壁につけられた鎖と手枷足枷。その鎖がぎりぎり届く所に置かれた壊れかけのテーブル。ここに入れられた者は人として扱われる事は無く、この狭い個室に何年も閉じ込められる。

 一日二日なら、耐えられるかもしれないが、一月もたてば、心の方が壊れてくる。壁に残る血の手形、削ろうとした跡、床には血の染みの黒い跡で汚れきっていた。


「助けて……許してくれ……」


 監獄のどこかから、か細い声が聞こえてきた。


「どうします?」


 レイトは監獄の扉に近づき、その錠前を簡単に外してしまった後、小瓶を取り出して油をつけていた。


「助けたりしないよ。正義の味方じゃないから」


「分かりました。ここから先は見晴らしが良くて危険ですから、少し待っていて下さい」


 レイトは懐から何かを取り出すと、自分の身体に白い粉末をかける。すると彼の姿は消えてしまった。


「透明化の薬ですね」


「透明化なら私にも出来るけど……多分、見破られてしまう」


「レイトが危ないって事?」


「ううん。ローグは忍び足と隠れ身が上手だから、そこに更に保証という意味で透明になったんだと思う。それだけ危ないんでしょ」


 メルリエルは自分達にも透明化の呪文をかけてくれた。そのおかげで私達の姿も透明にはなったが、お互いの存在はかすかに白く光っていて見分けられるようになっていた。


 約10分、そのまま私達はそこで待ち、そして奥の監獄から聞こえてくる嘆願の声を聞いていた。彼らが何をしたのかは分からないが、酷い目にあっているのは確かだった。


「く、薬……薬をくれ……」


 誰だろうか、野太い低い声で、そう呟いた者がいた。


「く、薬、薬が……うう……」


(まずい、戻るか進むかしないと……)


 おそらく麻薬を使われた囚人だろう。禁断症状が酷くなれば、暴れだし、大声を出すに違いない。そうなれば看守達がやってくる。


「行きましょう。いい所がありました」


 透明の姿のレイトの声は、救いの声に聞こえた。私達はすぐに彼についていき、監獄の中の通路を通ると、守衛室らしき所を通り過ぎ、すぐ側の小部屋に入った。


「守衛達の休憩室です。もし、ここに誰かが入って来たら、気絶させて下さい」


 力仕事は得意じゃないんで。と言う彼だったが、それを言うだけの仕事はしてくれていた。誰かか張ってきたら、容赦なく気絶させるつもりで待ち構えていると、先ほどの禁断症状の囚人が、案の定暴れ出した。


「ああ……また始まりやがった……畜生……」


「また意識が無くなるまでぶっ飛ばすしかないのか。そのうち死ぬぞあいつ」


「それでもいいんだろ。どうせ麻薬を飲まされて、洗いざらい白状させられたんだから、用済みの筈さ」


 二人の看守は、無情な会話を交わしながら、監獄の方へと降りていった。


「行きましょう。次の層には、もしかしたら、妹さんがいるかもしれない」


「そうなの?」


「上はもっと清潔でマシな監獄です。政治犯の中でも罪が軽い人達が牢屋に入れられて居ます。言わば反省室です」


 守衛室を出ると、なんとそこは十数人の守衛が居る、準備室だったが、レイトは怖がる様子もなく、真っ直ぐに歩いて正面の空いている扉から出て行く。

 私達もそれに続いて初めて気付いた。人が多いというのは、人混みそのものが障害物になっているのと、お互いが会話する為に、気配も足音もかき消されてしまっていた。


 扉の向こう側は、しばらく直線の通路になっていて、その突き当たりには鉄格子の扉がある。扉には鍵はかかってなく、中に入ると二階に分かれている牢屋に出た。

 たしかにこのフロアはそれなりに清潔で、牢屋の中もベッドとテーブルと椅子が置かれていて、囚人達は人として扱われていた。

 まずは二階から、囚人部屋を覗いてみるが、メルリエルの妹は居ない。部屋の梯子を使い、下の階に降りた途端。メルリエルは鉄格子にしがみついた。


「シルメリル、大丈夫? 姉さんよ?」


 小声でそう話しかけたが、ベッドの上の女性は意識を失っていた。レイトがすぐに牢屋の錠前を開け、中に入る。ベッドにかけつけたメルリエルが、妹の身体を抱き上げると、メルリエルより一回り若い美人の顔のエルフは意識を取り戻した。


「誰? 姉さんなの?」


「まって、あなたにも透明化の呪文をかける」


 メルリエルが妹に呪文をかけると、その姿が消えた。


「メルリエル姉さんなのね? 本当に助けに来てくれたのね?」


 お互いを確認した姉妹は、久しぶりの再会を喜び、抱き合った。でもまだ助かったわけではなかった。


「戻りましょう。ここから上に行っても王宮に出てしまう。その先の道が分からない」


「ええ、地下墓地に戻った方が良さそうね」


 レイトに誘導され、私達は一人では歩けないほどに衰弱したシルメリルに肩を貸して、来た道を戻る事にした。

 無事、メルリエルの妹を助けた私達は、梯子を登り、再び守衛達の準備室を通り抜けて、地下の監獄へと戻る。

 禁断症状のでている囚人に構っている守衛は、二人とも自分達のしている残虐行為に酔いしれていて、私達が監獄の通路に入るのを見過ごしてくれた。


 そして、地下墓地へと戻り、あの罠と骸骨達の大ホールへ来た時。

 突然、辺りが闇に包まれた。


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