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お嬢様、殺し屋シズカちゃんと戦う


「皆さん、隠れて」


 危険を感じたレイトが皆にそう言う。

 メルリエル姉妹は柱の裏に隠れ、マイシャはレイトと共に石棺の隙間に隠れた。私は崩れた柱の残骸に身を隠していたが、ある一点に意識を集中していた。


「正直な所、ここまで綺麗に脱獄を行える人達が、この世にいるとは思いませんでした」


 その女の声はひどく冷たく澄んでいて、冬の凍りかけた小川の水を思い出させた。


「処刑人ネックハンガーズとしては、あなた達をこのまま返すわけには参りません」


 その言葉使いは酷く丁寧で、きちんとした教育を受けている証しでもあった。


「全員、死んで貰います」


 処刑宣告を言い終えると、それは闇の中を飛んだ。

 そして私は、その闇を追って飛んだ。


「!?」


 私の行動がよほど意外だったのか、闇は立ち止まり、私の方を向いた。あと数歩でレイトとマイシャが隠れている石棺に辿り着く所だった。


 この静かな空気、この緊張感は、紛れもなくプロの暗殺者の物だった。

 人の命を殺めるのに、何も感じず、ただ物を壊す様に生物を壊す。

 暗殺者の動きは常に苛烈でありながら、その心は冷徹でなければならない。


 鋭く、早く、隙を見せず、的確に、相手の急所を潰す。


 私とその女は闇の中で数度、刃を重ねた。

 私は腰に持っていたクナイで応戦し、向こうも似た様な短刀で斬りかかってきていた。


「私の姿が見える?」


「見えないわよ」


「しかし、あなたの攻撃は正確無比で隙が無い」


「あなたは敵の姿が見えないと、まともに戦えないのかしら?」


「いいえ、私もあなたの姿は見えていない……まさか、あなた、シンの国の出身?」


「私は日本という国の大金持ちの家のお嬢様。西迅かみる。その名家を継ぐ為、幼少から格闘技と剣術、そして暗殺術を教え込まれた」


 私の声を狙って、短剣が飛んで来る。

 それを前転で避けた後、すぐに右へと跳び、更に斜め前へと跳び、物陰に隠れる。

 その間にも、相手は私が立ち止まる瞬間を狙って飛び道具を投げてきていた。


 向こうはこの闇の中、高い場所にいる。

 こちらも昇らなければ圧倒的に不利だった。


 深く静かに息を吸い、胃の底に意識を集中する。

 忍者が良くやったという集中力向上法。

 闇を恐れず、自分自身が闇になり、闇に紛れて、闇を纏う。

 ――闇が汝と共にあらん事を。


 残念ながら、いくら私が運動神経がよくても、忍者のようには空を飛べない。だから敵の目を反らして、その間に有利な場所に移動するしかなかった。


「何!?」


 闇の中、天井にむかって、くるくると回転しながら光る棒が飛んで行く。それは天井近くに当たるとぼよよんと跳ね、その後、柱にぽよん、と当たり、床上に落ちてぽよぽよと跳ねた。

 暗殺者は正確に、その光の棒に小刀を投じていたが、全く無駄な事だった。そして私は、彼女が陣取る石の柱の真下にかけこみ、彼女の背中に向けてクロスボウで狙いをつけた。

 おそらく、引き金を引けば、彼女は飛んで避ける。その程度の事はやってのけそうだった。しかし先に飛べば、私は狙いを外しはしない。

 どちらが先に動くかという状態だった。


「あんたの負けよ。降参しなさい」


「まだ負けてません。その連弩、早く撃ちなさい」


「だからあんたの負けだって言ってるの。降参は?」


「いいえ、先に動いた方が負けです」


「本当にそう思う?」


「撃ちなさい。私の手裏剣は確実にあなたの目と喉を貫きます」


「じゃあ、遠慮無く!!」


「ほえっ?」


 私は彼女の目の前に飛び上がると、死なない程度に、ぷよぷよ棒で剣道よろしく面を打った。

 ぷよぷよ棒は彼女の頭部にぱっこーん! とヒットし、彼女の頭はカックンと前に傾いて意識を失った。


 彼女の真下でクロスボウを構えていたのは、メルリエルが作った幻だった。

 そして私が、暗殺者の目の前の柱に一生懸命頑張って昇っているのを隠してくれていたのもメルリエルの幻術だった。


 このぷよぷよ棒が宙を舞った時、暗殺者の顔はその光に照らされていた。そしてあまりにも集中しすぎていたので、簡単にメルリエルの幻術に落ちていた。





「……はぁ……負けましたか……」


 メルリエルの妹を助けた私達は、死者の道を戻り、アジトへ戻った。そして暗殺者を縛り上げてみると、まだ年端もいかぬ子供な事に驚いた。


「シンという国では、一年中、同族殺しの戦争が起きているそうなんです」


 レイトが放心している彼女を見ながら説明してくれた。


「そんな物騒な国があるんだ……」


「彼女はそこで育ち、そして暗殺者として一人前と認められて、国を出たのでしょう」


「そんな暗殺者さんを倒してしまうなんて、かみる様は本当にすごい方ですね!」


「かみる様。これを持って置いて下さい」


 レイトが私に一切れの布を渡した。その布には血文字でシズカと書かれていた。


「シンの国の者は、自分の名前の書かれた布を持つ者を主とします」


「という事は……あんたはこれで私の手下って事?」


「はい。殺すなり犯すなり、好きにして下さい」


「それじゃ、ネックハンガーズについて、教えて頂戴」


「わかりました。ネックハンガーズとは私一人の事です」


「えっ……」


 彼女がシンの国からこの王都ハウプトブルクに来たのは、処刑人の腕を買われての事だった。王都ハウプトブルクは代々処刑人をシンの国から雇っていて、彼女で5代目になるのだそうだ。

 処刑人は王都より許可をうけ、麻薬と毒物を海賊バッドフィンガーから仕入れ、それを使って拷問を行う。また、政治犯を捕まえて投獄するのもその役目だった。


「しかし私の仕事はもう終わりです。そして、この国はあなた達をどう扱うべきか困る事になるでしょう」


「ネックハンガーズを倒してしまった一味だが、ネックハンガーズは公的には存在しない闇の組織。次の引き継ぎ役をシンから連れてきたとしても、また邪魔されるかもしれない」


「こちらとしても、王様側としても、挨拶できる関係じゃないしねぇ……」


「問題は、何の為に私を倒したか、です」


「それは、メルりんの妹を助けるためです」


 このシズカという暗殺者に、何故私達がそこまでしたのかを説明すると、彼女は納得して新たな情報を教えてくれた。


「シルメリルというエルフの恋人は、バッドフィンガーに殺されました。彼は私ではなく諸悪の根源である麻薬を追いかけ、その結果海賊に殺されたのです」


「シルメリルは恋人の行方をつきとめようとして、王様に直談判しようとした為に政治犯として投獄されました」


「仇を討つ、というのであれば、バッドフィンガーを追う事になるでしょう。でも、相手は海賊。一つの軍隊を相手にするようなものです」


 シズカはそう言うが、肝心のシルちゃんは、長年投獄されていた為に疲労が激しくて寝込んでいた。彼女の容態がよくなるまでは、私達に出来る事は無かった。


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