アメリア
王都“セリアージュ”を出発して一時間。早々に飽き始めた雪が、出発時にもらった着替えや保存食が入った袋をごそごそとあさり始めた。
「雪、何もしないで歩いてください。お願いします」
武蔵はつい、丁寧語でお願いした。雪のギフトがいつ発動するのかが一番の不安要素だった。“厄病神”……絶対、いいことは起きそうにない。
「何かお話しながら歩きましょう。そのほうが、気が紛れていいかもしれませんよ」
アメリアが優しく語りかけてくる。武蔵にとって、優しくて綺麗なお姉さんポジションを確立した。バタバタとあわただしい雪と接することが多かったため、とても新鮮だ。
「では、対魔獣でアメリアさんの得意なことと不得意なことってなんですか?」
結界が弱まったところから弱い魔獣が出てくると、出発前にダンに聞いた。生粋の日本人二人に戦闘は無理だ。ギフトを使いこなせても、俺は逃げること、雪は……厄病神様次第といったところだ。
「得意なことは何でも一通りできることで、不得意なことは細かいことですね」
何でも一通りできる……これはどういうことだろうか。言葉の意味のまま、剣でも槍でも弓でも一通りできるのだろうか。
「武蔵さんと雪さんはギフトを使いこなせそうですか?」
武蔵が考え込んでいたところ、逆にアメリアから質問された。アメリアは二人のギフトの内容はすでに知っていた。知っていたが、どのくらい使えるかで、魔獣に遭遇した時の行動が変わる。
「残念ながら、俺はまだギフトを使いこなせていないです……雪は練習だと言って、いろいろなものに話しかけていますが、使いこなせてはいないと思います」
基本、魔獣に遭遇したら武蔵と雪は逃げ隠れ、アメリアが対処する方法となった。
「そうですか……二人とも、道中で使いこなせるといいですね」
女神だ。役立たずの二人に微笑みかける女神がいた。雪より早く使いこなしてやると武蔵は思った。
「あと一時間ほどで宿場町に出ます。今日はそこで休みましょう」
武蔵と雪は“テルフスト”に行くことしか考えていなかったが、アメリアは宿泊所も把握していた。日記を辿る旅も二人だけだと、初日から野宿していただろう。武蔵はアメリアのありがたさに感謝した。
「わかりました。雪、あと一時間は我慢して何もやらかすなよ」
後ろを歩いている雪に話しかけた。そこに雪の姿がなかった。
「雪!!?」
武蔵は慌てて周囲を見渡した。一本道の平野の中を歩いていたため、見失うことはない。少し戻ったところで、しゃがんでいる雪が居た。武蔵は駆け寄った。
「雪、どうかしたのか?」
しゃがんでいる雪を覗き込むと、雪の足元に何かがいた。
「見て見て!なんかもふもふっぽいのがいたの」
よく見ると、黒い毛玉のような生き物がそこにいた。
「そこをどいてください!!!」
アメリアの鋭い声が聞こえた。反射的に武蔵は雪を抱え、横へ飛んだ。入れ違いざまに、アメリアは剣を上段から振りかざした。黒い毛玉は猫が威嚇するような声を上げ、牙をむいた。だが、アメリアの剣のほうが早かった。真っ二つに切断された黒い毛玉は煙となり、消えた。
「今のが魔獣です。弱いほうですが、牙に毒があります。次に見つけたら、近寄らないようにしてください」
武蔵と雪は頷いた。武蔵は抱えていた雪を地面に下した。
「それにしても、武蔵さんの足は速いですね。それに雪さんを抱えての横跳びも中々のものでした。もしかして、ギフトが使えるようになってきたのかもしれませんね」
もし、武蔵がギフトを使いこなし始めていたのであれば、ダンの唾を避けたのがきっかけとなったのだろう。もっとかっこいいきっかけが良かったと武蔵は悔しがった。
「雪の“厄病神”様も、片鱗を見せかけているんじゃないか?」
初日から魔獣に遭遇することは珍しいことなのかわからないが、武蔵とアメリアが通り過ぎたときには魔獣はいなかった。雪のギフトが呼び寄せたのだろうか。
年のため、雪とアメリアが前、武蔵が後ろについて歩くことにした。
「それにしても、アメリアさんの剣捌き、すごかったですね」
いくら弱い魔獣とはいえ、一刀両断にする技術は並大抵のことではない。
「一通りできるって言ったとおりでしょ」
アメリアはそう言い、後ろにいる武蔵に向かってウィンクした。
一時間後、無事、宿場町――バラティアに着いた。