21:愛すること
クレイン領の領主館へ戻り、明日の出立に向けて荷の整理をしていたレオノーラのもとに、静かに戸を叩く音が届いた。侍従が頭を下げ、ベリテア伯爵からの呼び出しを伝える。
「城の会議室にて、急ぎお目通りを」
部屋を出て会議室へ向かうと、そこには伯爵とともにアビエルの姿があった。
「殿下が、急きょルーテシアに赴かれることになった。その通訳として、君に随行して欲しいと申し出があったのだ」
伯爵の声は柔らかく、しかし重みを含んでいた。
「はい、謹んでお受けいたします。……光栄です」
言葉を発したその瞬間、アビエルが視線を逸らさずに口を開いた。
「伯爵、少し彼女を借りてもよろしいでしょうか。ルーテシアへと向かうにあたり、伝えておきたいことがあるのです」
了承の返事を受けると、アビエルは、レオノーラを促すように導いた。無言のまま廊下を進み、貴賓室へ入ると、護衛にお茶を頼み、静かに扉を閉める。
その瞬間、空気が一変した。
何の前触れもなく、彼はレオノーラを壁へと押しやり、唇を重ねた。言葉では届かない想いが、熱を帯びた吐息とともにぶつけられる。どれほどこの時を待ち焦がれていたか、全身で訴えかけてくるようだった。
「……まったく、おまえを見ていると、理性など砂の城のようだ」
荒く息をつきながら、アビエルは額をレオノーラに寄せた。彼女の頬はすでに赤らみ、瞳は潤んでいる。
再び唇が触れ合う。静寂を破るのは、重ねる吐息と、衣擦れの音だけ。体を離してしまうと、打ち砕かれてしまいそうなほどの強い想いがそこにあった。
ノックの音が互いを一瞬我に返らせる。
「殿下、お茶をお持ちしました」
アビエルは扉を少し開けて、お茶の載った銀盆を手に取り、護衛に「後はこちらの騎士に護衛をさせる。下がっていい」と言って閉める。そして、トレイを脇へ置くと、再びレオノーラを抱き寄せた。
「レオニー、レオニー、もう離れていることは無理だ。我慢ならない 」
レオノーラは、激しく求めるアビエルを宥めるように彼の髪を優しく撫でる。
「あぁ、レオニー、可愛いレオニー、愛しているよ」
溢れるように耳元に落ちるその愛の言葉にレオノーラの心はどうしようもなく震える。
胸元に口づけを落とす彼の頭をかき抱いて、その金色の髪に顔を埋めた。そして、つむじに鼻をつけて震える声で囁いた。
「アビエル、この世界で一番あなたを愛しているのは私よ......」
長く離れていた日々の中で、会うことも儘ならぬ毎日の中で、どれほど彼のぬくもりを求めたことか。
2人は寝台に体を沈めると、まるで大切な書物のページをめくるように、互いを探り合う。
触れる指先にためらいはなく、それでいて慈しみに満ちていた。夜の帷が、二人だけの世界をそっと包み込む。ふたりは、言葉よりも深い場所で、愛を確かめ合った。
2人の間に静けさが戻ってきた。
アビエルは、レオノーラの顔にかかる乱れた髪を掬い取って、愛おしげに口づけをすると後ろに流す。
「レオノーラ……君を愛している。世界の何よりも、誰よりも」
その囁きは、夜の闇に溶け、レオノーラの心に深く刻まれた。
抱き合い、名残惜しく唇を何度も合わせていると、部屋のドアがノックされ、扉の向こうから侍従の声が届く。
「殿下、晩餐の準備が整いましてございます。広間で皆が殿下のお越しをお待ちしております 」
アビエルは、レオノーラから目を離すことなく、「あぁ、思いの外疲れていたようで寝入ってしまっていた。すまないが先に始めておいてくれるよう、ベルトルド達に伝えてくれ」と返事をして、再びレオノーラの髪を優しく梳き、口づけを落とした。
侍従が部屋から離れる様子を見計らって、慌てて寝台から出ようとするレオノーラをアビエルが制する。
「どうせ遅れると言ってあるんだ、慌てなくてもいい」
「だめよ、そんなの。だいたい、寝入っていた、なんて、伯爵の耳に入ったら、いったい私はどうしたのかって思うでしょう?」
「そうかな」
その真剣さの無い返事に、レオノーラの眉間に皺が寄る。その皺の上にアビエルはもう一度唇を落とした。
「もう、晩餐なんてどうでもいい気持ちなのだが......行かないわけにはいかないのだろうな 」
大きなため息をつくアビエルの身支度を手伝い、先に送り出すと、レオノーラも衣服を整え、部屋の外に人気が無いことを確認して、部屋を出た。
もし、このお話を好きだ!と思ったらイイねやブックマークを!
気になる、気に入ったと思ったらコメントや評価☆☆☆☆☆,をお願いします。大変喜びます♪




