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騎士と王冠<The Knight and the Crown>Ⅱ  作者: けもこ


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21/39

21:愛すること

クレイン領の領主館へ戻り、明日の出立に向けて荷の整理をしていたレオノーラのもとに、静かに戸を叩く音が届いた。侍従が頭を下げ、ベリテア伯爵からの呼び出しを伝える。


「城の会議室にて、急ぎお目通りを」


部屋を出て会議室へ向かうと、そこには伯爵とともにアビエルの姿があった。


「殿下が、急きょルーテシアに赴かれることになった。その通訳として、君に随行して欲しいと申し出があったのだ」


伯爵の声は柔らかく、しかし重みを含んでいた。


「はい、謹んでお受けいたします。……光栄です」


言葉を発したその瞬間、アビエルが視線を逸らさずに口を開いた。


「伯爵、少し彼女を借りてもよろしいでしょうか。ルーテシアへと向かうにあたり、伝えておきたいことがあるのです」


了承の返事を受けると、アビエルは、レオノーラを促すように導いた。無言のまま廊下を進み、貴賓室へ入ると、護衛にお茶を頼み、静かに扉を閉める。


その瞬間、空気が一変した。


何の前触れもなく、彼はレオノーラを壁へと押しやり、唇を重ねた。言葉では届かない想いが、熱を帯びた吐息とともにぶつけられる。どれほどこの時を待ち焦がれていたか、全身で訴えかけてくるようだった。


「……まったく、おまえを見ていると、理性など砂の城のようだ」


荒く息をつきながら、アビエルは額をレオノーラに寄せた。彼女の頬はすでに赤らみ、瞳は潤んでいる。


再び唇が触れ合う。静寂を破るのは、重ねる吐息と、衣擦れの音だけ。体を離してしまうと、打ち砕かれてしまいそうなほどの強い想いがそこにあった。


ノックの音が互いを一瞬我に返らせる。


「殿下、お茶をお持ちしました」


アビエルは扉を少し開けて、お茶の載った銀盆を手に取り、護衛に「後はこちらの騎士に護衛をさせる。下がっていい」と言って閉める。そして、トレイを脇へ置くと、再びレオノーラを抱き寄せた。


「レオニー、レオニー、もう離れていることは無理だ。我慢ならない 」


レオノーラは、激しく求めるアビエルを宥めるように彼の髪を優しく撫でる。


「あぁ、レオニー、可愛いレオニー、愛しているよ」


(こぼ)れるように耳元に落ちるその愛の言葉にレオノーラの心はどうしようもなく震える。


胸元に口づけを落とす彼の頭をかき抱いて、その金色の髪に顔を埋めた。そして、つむじに鼻をつけて震える声で(ささや)いた。


「アビエル、この世界で一番あなたを愛しているのは私よ......」


長く離れていた日々の中で、会うことも儘ならぬ毎日の中で、どれほど彼のぬくもりを求めたことか。


2人は寝台に体を沈めると、まるで大切な書物のページをめくるように、互いを探り合う。


触れる指先にためらいはなく、それでいて慈しみに満ちていた。夜の(とばり)が、二人だけの世界をそっと包み込む。ふたりは、言葉よりも深い場所で、愛を確かめ合った。


2人の間に静けさが戻ってきた。

アビエルは、レオノーラの顔にかかる乱れた髪を掬い取って、愛おしげに口づけをすると後ろに流す。


「レオノーラ……君を愛している。世界の何よりも、誰よりも」


その囁きは、夜の闇に溶け、レオノーラの心に深く刻まれた。

抱き合い、名残惜しく唇を何度も合わせていると、部屋のドアがノックされ、扉の向こうから侍従の声が届く。


「殿下、晩餐の準備が整いましてございます。広間で皆が殿下のお越しをお待ちしております 」


アビエルは、レオノーラから目を離すことなく、「あぁ、思いの外疲れていたようで寝入ってしまっていた。すまないが先に始めておいてくれるよう、ベルトルド達に伝えてくれ」と返事をして、再びレオノーラの髪を優しく梳き、口づけを落とした。


侍従が部屋から離れる様子を見計らって、慌てて寝台から出ようとするレオノーラをアビエルが制する。


「どうせ遅れると言ってあるんだ、慌てなくてもいい」


「だめよ、そんなの。だいたい、寝入っていた、なんて、伯爵の耳に入ったら、いったい私はどうしたのかって思うでしょう?」


「そうかな」


その真剣さの無い返事に、レオノーラの眉間に皺が寄る。その皺の上にアビエルはもう一度唇を落とした。


「もう、晩餐なんてどうでもいい気持ちなのだが......行かないわけにはいかないのだろうな 」


大きなため息をつくアビエルの身支度を手伝い、先に送り出すと、レオノーラも衣服を整え、部屋の外に人気が無いことを確認して、部屋を出た。

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