08. 得体の知れない何か
「マリージュ様!!」
「なんでございましょう……」
いきなりリュカ教徒の集団に周囲を取り囲まれ、あまり物事に動じないマリージュも、内心少しばかり気圧されていた。
マリージュが何かやらかした時に、ぶちキレた母親が物凄い剣幕で詰め寄って来ても特に怖いとは感じないマリージュだが、集団の放つ圧の威力は想像していた以上に鮮烈で、体感してみないとわからないライブ感と逃げるに逃げられない空気感に、謎の感銘を受けずにはいられなかった。
「あれ、どうなってますの!? リュカ様に馴れ馴れしく!! 断じて許されませんわ!!」
マリージュ苦言隊の筆頭格である伯爵令嬢(※マリージュは『リュカ教の教祖』と見做した)の迫力に押され、たじろぎつつもマリージュは答える。
「リュカ様が良ろしいのであれば、それで良ろしいのでは?」
「良いわけありませんでしょうっ!?」
「………そうでございますね……?」
「なんで疑問形ですのっ!?」
ヒートアップしてきた教祖さまに、マリージュは小さく溜息をつく。
「リュカ様のご意向を尊重いたしますので、わたくしから申し上げる事は何もございませんわ」
だってたぶんヒロインが正義なのだ。
外野があくせく何かしたところで、ヒロインを引き立たせるためのスパイスにしかならない。
だからもう、ここはひとつ腹を括って、流れに任せとけばいいと思うのだ。
…と言うか、どっか目立たないところでこっそりやっててくれれば、こんな面倒くさそうな事態に発展することもなかった気がするのだが、物語やゲームのヒロイン・ヒーローってヤツらは、密やかに関係を育むことは出来ないものなんだろうか。
…まあ、現に出来てないからこうなってるワケなのだが、巻き込まれる側の人間には人権が与えられていないのが、なんとも歯がゆいところである。
「マリージュ様ったら、リュカ様の表情をご覧になってませんの!? もう一切全く微塵も興味はないし迷惑以外の何物でもないと全力で示してましてよ!? それなのにあの方ったら、ものともせずにリュカ様に付きまとって!!」
「わたくしたち、マリージュ様でしたらどんなに悔しくても我慢できますけど、あの方でしたら我慢なんてコレっぽっちもできませんわ!!」
要するにリュカ教徒の皆さまは、「昔からの婚約者であるマリージュだったら、しょーがないから我慢してやらんこともないけど、婚約者でも何でもない新参者のあの女がリュカの側に侍ろうなんざ断じて許せん。一応今んところあんたが婚約者なんだから、責任もってあの女を何とかせぇや」といった類のことを言っているものと思われる。
(うーん…。でも、それは教祖さまたちの都合だよね…?)
教祖さまたちに都合があるように、リュカにも、ヒロインちゃんにも、それぞれ何らかの都合はあると思うのだ。
人目を憚らないヒロインちゃんに非がないとはとても思えないので、下手に庇い立てするつもりはないが、当事者なりの理由が…えーとほら、物語の強制力? とか何とか、そういった外野には如何ともしがたい何某かがきっとあるのだろう。
だったら、この苦言だか愚痴だかに親切に付き合ってあげる義理はないんでなかろうかと、マリージュが密かにフェードアウトを狙いはじめたとき、廊下の向こうから物凄い勢いで迫りくる影があった。
足音に気づいたマリージュが視線を上げようとした瞬間、がしっと音が聞こえんばかりの力と勢いでマリージュの腰に手が回り、あっという間にマリージュは何者かに抱え上げられてしまったのだ。
「!??」
想定していなかった事態に、声も出せずに固まったマリージュを抱えたまま、その人影は脱兎の如くその場から走り去っていく。
「あ、う? え、え…?」
「いま話すと舌噛むかもしれないから、ちょっと我慢しててマリージュ」
声を聞けば、この人さらいの正体がリュカだということは直ぐに分かったので、むやみに抵抗することはやめておいたが、それにしたってこの状況はさっぱり理解できない。
荷物のように小脇に抱えられながら、マリージュはリュカ専用個室までただただ拉致られたのだった。
個室に辿り着くや否や、リュカは即座に鍵をかけ、更には護衛さんと共に机を扉の前に移動させ、簡単には扉が開かないようにバリケードを張った。
「…なにごと?」
常に熱狂的信者に囲まれているリュカの日常は、マリージュみたいにお気楽なものではないんだろうが、それにしてもバリケードはなかなかである。
何か物騒なことにでも巻き込まれているのかもしれない。
「言葉の通じない、女性を模った得体が知れない何かが、とり憑こうとしてくる」
リュカの口から飛び出してくるとは予想し難い類の非現実的な言葉に、思わずマリージュはぽかんとしてしまう。
「……得体の知れない…?」
「お願いマリージュ、俺と一緒にいて」
リュカは力なく言葉を零しながら、マリージュに縋り付いている。
いつも堂々と、飄々としているリュカのこんな姿、付き合いの長いマリージュでも初めて見た気がする。これは相当滅入っているに違いない。
(リュカくんが弱るほどの事態が起きるなんて…!)
それに、弱っているリュカが頼ってきてくれたのが自分だなんて、シンプルに嬉しい。何かこう、信頼してもらえているカンジがする。
マリージュは湧き上がる使命感のようなものに駆られるがまま言葉を発した。
「よしよし。ここはひとつ、マリージュお姉さんが頼まれてしんぜよう。リュカくんにだって、コワイものの一つや二つあるよね。大丈夫になるまで一緒にいるから安心していいからね!」
マリージュは、謎のお姉さん風を吹かせて、リュカの背をポンポンと優しく叩いた。
マリージュとしては小さい子を宥めるような感覚に近かったのだが、何気なく装いつつも、リュカはちゃっかりとマリージュの背中に両腕を回しており、マリージュの首筋に顔を埋めたりなんかもしちゃっていて、この様を傍目から見れば抱きしめあっている恋人同士に他ならない。
怯えて縋り付いているはずのリュカが、密かに笑みを浮かべていたことなど、マリージュは気付く由もなかった。




