08. 敗者の宿命
マリージュは、ふと気が付いた。
(リュカくん、別に平然としてない…?)
あれ以来、何かに怯えている様子は見ていないような気がするし、自分の足でしっかり立てているようにも思う。
気になる点といえば、なぜか背後からマリージュにしがみついていることくらいだろうか。
最近いつもこんなカンジなので、既にマリージュは順応してきていたが、そういえば何故いつも背後からしがみつくのだろうか。
(…しがみついているんじゃなくて、この位置に固定されてる…?)
得体の知れないアレへの恐怖は薄れているように感じる。
それでも尚、マリージュを自分の前に立たせておきたいということは、
これはもしや『動く壁』的な…?
(恐るべしリュカくん!!
『最愛の婚約者』という触れ込みで、ばっちり体裁は保ちつつ、
ハグ風ホールドでもって、抜かりなく楯を配置するとは!!)
これが腹黒の手腕なのかと、マリージュは脱帽した。
「マリージュ?何か変な方向に転がろうとしてるでしょ。ちょっと落ち着こうか。
今日はお菓子も用意してるから、お茶でも飲もう?」
たぶん暴走しているであろうマリージュの脳内を何となく察したリュカは、ほっとくと一気にブーストかけてくることがわかっているので、そうなる前にクールダウンを試みる。
「さすがリュカくん。ちゃんとわかってるね!
生け簀の魚にも時々は餌をまいておかないと、
いざという時に楯の役目を放棄しちゃうかもしれないからね?」
「…あ~… そういう解釈ね……」
リュカは、やれやれと肩をすくませながらも、優しい目でマリージュを見つめる。
そのとき。
ほどほどの距離から二人の様子を見つめていたリュカ教の皆さんから、信じられない言葉が飛び出したのだ。
「本当にリュカ様は、マリージュ様を溺愛してらっしゃるわねぇ」
「!!!!?」
マリージュは衝撃を受けた。
(え、なんで!? どこが??
あ、この楯フォーメーションがそんな誤解を生んでるの!?)
マリージュが事情を説明しようと口を開こうとした瞬間、リュカはマリージュの首元に回していた腕を引き上げ、マリージュの口をがっちり塞いだ。
後々面倒くさいことになりそうな、リュカ的には要らないことを口走りそうな気配をいち早く察知したからだ。
「ふがっ もがふがふがががふがほが ほがむがあ」
(これは、未知なる何ぞやから己を守るための、楯なだけで)
必死に声をあげるマリージュだが、言葉にならないだけでなく、普通に息が苦しい。しばらく頑張ってみたが、これ以上は酸欠による命の危険を感じる。
(これは、余計なこと言うなっていう警告ね…?)
やむなくマリージュは、降参の意思を込めて、リュカの腕をタップした。
念が伝わったらしく、リュカが腕を緩めてくれたので、マリージュはぜえぜえと肩を上下させながら、必死に酸素を取り込んだ。
マリージュの危機感知センサーは、警告音を発している。
これは盾突いてはいけない事案なのだと理解したマリージュは、腕がはずされたからといって、ここぞとばかりに抗議に出たりはしない。
腹黒モード発動中のリュカを甘く見ていた、己の迂闊さを恥じよう。
潔さを良しとするマリージュは、大人しく敗北を認めた。
脳内は暴走しがちなマリージュではあるが、なかなかどうして、侯爵令嬢として致命的なことはしでかさない。
そのへんの匙加減というか、危機感知センサーの高性能っぷりには、リュカも全幅の信頼を寄せていた。
更に、予めしっかりフォローしておけば、ちょっとしたやらかしすら封じ込めることができると経験上知っているため、リュカは最初に手を打つことにしている。
だから今回も、マリージュが白旗を振って口を閉ざす選択をしたのであれば、後はもう警戒しなくても、この件でマリージュがやらかすことはないのだ。
リュカは機嫌よさげに、バックハグからマリージュの髪に顔を埋め、
「私の愛情は、余すことなくマリージュに注ぐと決めているから、
皆に伝わっているのならとても嬉しい」
なぞと、あえて周囲に聞こえるように、そこそこの声量で言い放った。
(でゅわわわわぁあああっ)
鳥肌に身もだえるマリージュだったが、周囲は、リュカの甘々発言に照れているとしか思ってはくれない。
マリージュの髪に顔を埋めたままのリュカは、耳のすぐそばまで顔をすべらせると、更にトドメを刺すべく、マリージュの耳に息を吹きかけながら囁く。
「リジュ、寒いの? 俺の体温でいくらでも温めるよ?」
マリージュの体感は氷点下まで下がったが、気力は真っ白に燃え尽きた。
身もだえられるのは、まだ余力があったということだ。
限界を超えると、もだえる力すら奪われるのだ。
(下手に抵抗すると、生命活動の維持に支障がでそう………)
完膚なきまでの敗北を喫したマリージュは、覚悟を決めた。
漫画でもゲームでも、敗者は勝者に服従するもの。それが鉄則だ。
敗者は『新たな仲間』という名の強制戦闘員になる運命なのだ。
リュカがマリージュに求めているのが楯であるならば、そうあらねばなるまい。
マリージュは静かに、リュカの楯になる決意を固めた。
もちろんそれは、リュカの望むところでは全くないのだが、マリージュが気づくことは残念ながらない。




