04. コレが溺愛のはずはない
さて。マリージュの心づもりがどうであれ、信者の皆様からの苦言が止むわけではない。
なんでも、
「あんなに深く愛情を注いでくださるリュカ様に対して、マリージュ様の態度は冷たすぎますわ。いくら何でも、あんまりではございませんこと?」
とのことなのだが…
(…うん? 愛情…?)
今現在のマリージュは勿論のこと、例の記憶の中のJKからして、愛とか恋とかには全く縁がなく、愛情表現とはどのようなものなのかイマイチよくわからない。
JKの友人たちも残念ながら完全なる類友だったので、参考にできる要素がどこにも見当たらない。
辛うじて思いあたるものがあるとすれば、あの『少女漫画みたいなゲーム』に登場していた方の第二王子が、そこそこ仲を深めた後にヒロインに見せていた振舞いがそれだろうか。
(ああ…。気障っちいことを何事か宣うたびに、いちいち地べたに跪いて何故か手を取る、あーゆーのが愛情表現ってものなのね?)
間違いってわけではないのだが、残念ながらそれは著しく偏った例と言うしかない。ちなみにマリージュはリアルでそれを目撃したことなど一度としてないが、そもそもどうでもいいので、特殊なサンプルだという事実に気づくことはない。
(あれが愛情なら、リュカくんと私の間にあるのは完全に友情ね。わたしは、友好的に接して貰えてるだけでも有難いと思ってるけど、わたしたちの友情を愛情だと勘違いされちゃったら、リュカくんに迷惑がかかるのかな…?)
リュカにしてみたら不本意であろう皆さんからの評価を払拭しておくことにしたマリージュは、にっこり微笑み、侯爵令嬢モードで応じる。
「そのようなことございませんわ」
だが、マリージュのその返答を聞いた信者たちは、何故かヒートアップしてしまったのだ。
マリージュとしては真摯に対応したつもりだったので、正直なところワケが分からない。
尚、マリージュは「あれは愛情ではなく友情ですよ」と伝えたつもりだったのだが、リュカ教徒の皆さんには「わたしの何処が冷たいってのよ言い掛かりも甚だしいわね」と言っているように聞こえた模様である。
「お忙しいリュカ様が、わざわざお時間を作ってくださっているといいますのに、あなたときたら『あまりお時間ありませんし、またの機会にいたしましょう』とか!! ありえませんわ!!」
「既に消費されたリュカ様のお時間を思えば、お受けして然るべきでしょう!?」
「リュカ様のお気持ちを台無しにしてらっしゃるのが、何故わかりませんの!?」
(…わっかんないよ…)
彼女たちの憤慨ポイントはどこだろうか。『お忙しい』だろうか。
忙しいなら、敢えて今時間をこじ開けなくても、ヒマになったときにゆっくり交流すれば良いのではなかろうか。違うだろうか。
と言うか、そもそもリュカが忙しいわけはないのだ。
なんとリュカには、「授業は受けたいと思うものだけ受ければ良い」という特例が適用されている。
リュカの知能レベルは同世代の中でも際立って突出しており、試験では二位に圧倒的大差をつけてのぶっちぎり一位という成績を叩き出していることに加えて、リュカがいるだけで同じクラスの主に女子たちが気もそぞろになってしまい授業に身が入らなくなるという非常に悩ましい問題もあって、この待遇が認められることになったらしい。
リュカが近くにいても平常心を保てるのはマリージュくらいなものなのだから、学園側もさぞ苦慮したことだろう。
なのでリュカは、律儀に学園には来ているものの、全くと言っていいほど授業には出ていなかったりする。
では授業中どこにいるのかと言うと、リュカ専用の個室である。
この学園では、一定の条件を満たせば、学園内に有料の個室を借りることができる。
そこは本来、授業が終了するなりどこかに向かう必要がある生徒のために侍女が着替えを用意して待機しておく、といった用途での利用を想定した、一時貸し的な部屋らしいのだが、リュカはこの個室の一つを年間契約で借り上げており、学園での殆どの時間をそこに籠って過ごしているのだ。
有料の個室へは、契約者本人の許可がなければ、教師であれ究極は王家の者であれ足を踏み入れてはならないとされている。着替えなどを想定しているためプライバシーが重視されている上に、金銭を支払って借り上げているため、ある種の治外法権のようなものが成立しているらしい。
現在、リュカ専用個室への入室許可が下りているのは、公爵家の護衛さんと婚約者であるマリージュの二人のみとなっている。
それ故に、学園の生徒たちは、学園内であってもリュカにはあまり出くわさないし、リュカが個室内で何をしているのかは謎のヴェールに包まれている。
結果としてリュカは、ただの学園生活においてまでもレアリティを醸し出しているのである。
生徒たちの間では、「卓越した能力を周知されているリュカのことだから、個室に公爵家の執務なりを持ち込み、日々対処しているに違いない」などと、それはもうまことしやかに囁かれているそうなのだが、実際のところは家の手伝いなぞ一切していない。
のんびりお茶を飲んだり、新製品らしきもののカタログを見たり、ナゾの機械のようなものを試してみたりして、お気楽に過ごしていることをマリージュは知っている。
常に人目(※主に信者)に晒されているリュカが、安全地帯に退避しているダケのお話なのだ。
だから、実態を把握しているマリージュからしてみれば、信者の皆様からの抗議はなんだか理不尽なものに思えてしまう。「四六時中リュカくんを視線で追い回すあなたたちにも一因ありますからね?」と思ってしまうのだ。
でも、マリージュにも落ち度はあるのかもしれない。
リュカを雑に扱っているつもりはないが、丁重に扱っているかと問われると、正直なところあんまり自信はない。
だから、反省の意味も込めて、
「わかりましたわ。次の機会が訪れた折には、わたくし必ずやリュカ様とご一緒させていただきますわ」
と答えてみたのだが、そうしたらそうしたで、「羨ましいぃぃっ」なんて、『マリージュへの苦言』という建前を完全に捨て去って一斉に喚き出すではないか。
(もう、どうせえっちゅうねん…)
マリージュが遠い目をしかけていたところ、向こうから黄色いさざめきがじわじわと近づいて来ていることに気がついた。
件のリュカ様のお出ましのようである。
「探したよマリージュ。大勢のご令嬢と一緒にいるなんて珍しいね。何かあったの?」
優雅な身のこなしに、落ち着いた物腰。穏やかな語り口。
高位貴族らしい気品の中に、何処か近寄りがたいものを漂わせながら、リュカは真っ直ぐにマリージュの許へと歩いてくる。
「リュカ様、ご機嫌よう。わたくし皆様から人づきあいについてアドバイスを頂いておりましたの。リュカ様はいかがなさいました?」
「マリージュとお茶をと思ってね。これからどう?」
「まあ。是非」
マリージュは、にっこりと微笑んで快く受け入れる。
さきほど信者の皆様に宣言したことだし、有言実行である。
マリージュ的には、リュカ教徒の皆様のご意向にバッチリ沿ったつもりだったので、サムズアップくらいして貰えるものだと思っていたのだが、信者の皆様は目をハートにしてリュカに熱い視線を送っているだけで、もうマリージュのことなぞ眼中になかった。
サムズアップどころか、存在が認識して貰えているのかすら怪しい。
(…いやこれ、わたしの反応なんかどうだっていいんじゃ…?)
信者の皆様は、結局のところリュカのことしか見えていない。
リュカ教徒にリアクションを期待したマリージュの方が間違っているのだ。
すっかり脱力したマリージュは、もうつべこべ言う気力もなく、リュカに促されるがまま、ただ静かに立ち去るのみだった。




