おまけ. 婚約の裏話
ご覧くださった全ての皆様に心から感謝いたしまして、おまけの小話です。
侯爵夫妻は、マリージュが三歳くらいの時点で、『このままでは、この子は確実に野生児になる』と危機感を持った。
まだ物心つきはじめたばかりなんだから、普通に考えれば矯正可能なはずなのに、何故かマリージュの自我は三歳にして強固に確立されており、侯爵夫妻は早々に、『根本的な部分の矯正はたぶん無理』だと悟った。
そして定めたマリージュの教育方針は、
「人目のあるところでさえ何とかなっていれば、それでいい」
無謀な目標を掲げる前に、現実を受け止める。
ある意味思い切りのいい侯爵家であった。
物心ついたときからJKの記憶があるマリージュには、日本人の礼節を重んじる文化が身に染みついており、『ルールを守る』『人に迷惑をかけない』といったことに何ら異議はなかった。(※家族に迷惑がかかるのはノーカウント。だって家族だから)
失礼のないように振る舞うためだと納得できていれば、淑女教育から逃げ回ることもない。思いのほか手こずることなく『侯爵令嬢モード』をマスターしたマリージュは、一見なれどもそれなりなカンジに仕上がったのである。
そのかわり、侯爵家のお屋敷内や領地の敷地内などでは好き勝手に振る舞っても見逃してもらえ、マリージュはストレスフリーに伸び伸び育った。どことなく野生児臭が漂うのは予想どおりなので、侯爵夫妻的には「もういいや」ってカンジだった。
だってうちのマリージュ、嫁に出していい子か、ぶっちゃけ怪しい。
その場しのぎができるダケなんだから、生活を共にしてバレないわけがないし、よそに迷惑かけてまでマリージュを嫁がせるよりは、領地の野っ原にでも放っといた方が無難な気がしていた。
そんなところに、宰相閣下からの婚約の打診である。
相手はあの、傾国の美少年。
マリージュなんて ただのちんちくりんなのに、何がどうしてこうなった。
可能性としては、あれだ。あれしかない。『おもしれえ女』枠。
おもしれえ女に公爵夫人を任せようだなんて、公爵家ってチャレンジャーだな。
なんて言ってる場合じゃない。これはマズイ。
侯爵家、どう考えても、この国のほとんどの女性を敵に回してもやっていけるような家じゃない。
というか。
そもそも、あの美少年の婚約者なんて、並大抵のメンタルじゃやっていけない。
どうせどんな美少女であろうとも、狂信的な支持者の皆さんにご納得いただけるわけがないんだから、最終的に求められるのはきっと、胆力と鈍感力。
「あれ、それ、マリージュならイケるな…」
「そうですわね。あの子、憎たらしいくらいにメンタルは屈強ですわね。
少しくらい へこたれればいいのに」
そもそも、普通に考えて、婚約期間は十年近くある。
その間に、『おもしれえ女に公爵夫人は無理』ってことに、気づかないわけがない。
侯爵夫妻は思った。「婚約破棄は既定路線だろうし、領地野放しの大義名分になれば御の字じゃね?」と。
はじめから嫁に出さないのと、婚約破棄で傷物になって領地に籠ってるのとだったら、『あの傾国の美少年と婚約してた』って勲章があった方が、いくらかマシな気がする。
そしてたぶん、マリージュは大丈夫。
相手が凄まじい人物であろうとプレッシャーに感じることもなければ、婚約が破棄されようとも、ほぼ確実に気にしない。
なら、別にいっか。
こうして、マリージュとリュカの婚約は成立する。
婚約公表後、もちろんマリージュへの嫌がらせはあった。
が、リュカの立ち回りにより、早々に収束した。
マリージュが転ばされれば、「マリージュがケガをしたのは僕のせいなので、この傷(※ただの擦り傷。数日で跡形もなく完治)の責任をとって、何がなんでも結婚して、一生を捧げます」と述べ
「マリージュから嫌がらせを受けた」とリュカに訴える人がいれば、「マリージュが他人に優しくできないのは、僕の愛情が足りないせいなので、僕の愛情の全てを、人目を憚らずこれでもかとマリージュに注ぐことにします」と述べ
侯爵家の評判を落とすような噂が立てば、「矛先が侯爵家に向いてしまったのは僕のせいなので、侯爵家は僕が守ります。いつ何時何があるかわからないので、侯爵家に住み込んで一歩たりとも外に出ません」と述べる。
嫉妬にかられ、侯爵家やマリージュに何らかをした面々は、
リュカがより深くマリージュに食い込むために悉く利用されるだけだと見せつけられ、且つ、本当に侯爵家に立てこもってしまった(※マリージュは『お泊り合宿』と認識していた。何のための合宿かは不明だが「徹夜トランプに巻き込まれた」との、マリージュ兄のコメントが残っている)ため、「あんたらが余計なことしたせいで、リュカ様が外出しなくなった」と他の狂信的なファンに恨まれ、針の筵に陥った。
何かをしたわけではなかった他のファンたちも、この状況を目にして、『何もしないことこそが最善策』と悟り、以降、手出しする人間はいなくなったという。
侯爵夫妻は、リュカが全力でガードしてくれることに甚く感激した。
あんな野生児風味であろうとも、かわいい我が子。大切にしてもらえるのは存外に嬉しい。
だから、王女殿下が恐ろしい顔して睨んでくんのくらい、華麗にスルーしてみせまっせ。
マリージュのスルー力は、完全に両親譲りであった。
ちなみに勿論マリージュは、嫌がらせの類にはちっとも気づくことなく、万事能天気に過ごしていただけなので、このあたりのことを訊いてみても、特に記憶には残っていないらしい。
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