12. 吊り橋効果とは違うはず
現実を知ってしまったマリージュは、激しく動揺していた。
(うわああああぁ しまったあああぁぁっ
どうしよう どう戦う? っていうか、あれ何??
とりあえず、体を張って楯を全うするしか術がないっ!)
体で阻むべくリュカの前に立ちふさがったまま、マリージュは飛んでくる黒いものを凝視する。
結構なスピードで飛んで来てはいるが、見えない速さでもない。ただ、数が多い。
大きさは、リンゴかオレンジくらいに感じる。
羽と思しきものが動いているように見えるので、かなり大型の昆虫か、小型の鳥か、とにかく生物。
それなら現実的な話、よっぽど当たり所が悪くない限り、くらったところで命の心配はないはず。心置きなく楯に注力できるってもんである。
顔付近には、目や眉間、喉といった急所があることを考えると、本当は背中で受けたいところなのだが、そうすると飛んで来ているものの動きが見えない。
しかも、リュカはマリージュより遥かにデカいので、どう考えても頭とかが はみ出てしまい、マリージュの背中だけではガードしきれない。
覆い隠せるわけではない以上、臨機応変に対応しなければならないのに、対象から目を離すなぞ論外だと結論付けたマリージュは、真正面から受けて立つことにする。
数が多い割には各々の動きを追えているし、虫?に軌道を突然変えてこられても反応できているので、マリージュの動体視力と反射神経は なかなかイケてそうだ。
そのあたり、格闘ゲーマーとしての経験が活きているのかもしれない、なんて考えられるくらいには心の余裕もある。
一匹残らずとはいかないにしても、大多数は防げるような気がする。
恐れがなければ、冷静に対処もできる。
マリージュは目を逸らすことなく、飛んでくるものの動きを注意深く追っていた。
その時
「マリージュ」
背後からふわりとマリージュの肩と腰にそれぞれ手が回り、くるりと体が回転した。
マリージュがリュカに抱きすくめられ、リュカの背に庇われる格好になった瞬間、バチバチバチッと激しい音がすぐ近くで鳴った。
「きゃあああっ 痛っ なに!?」
ヒロインは悲鳴をあげながら、地面にうずくまる。
「リュカ様!!」
護衛さんが、リュカとマリージュの前に立ち、壁になりつつ飛んでくるものに対峙する。
周囲は騒然となり、リュカ教徒の皆様も、逃げ惑いながら悲鳴をあげる。
「リュカくんっ!?」
マリージュも、思わず悲鳴に近い叫びをあげた。
リュカを守らなければと、リュカの腕から脱け出そうと懸命にもがくが、リュカはびくともしない。
「大丈夫。じっとしてて」
リュカは落ち着き払っているが、その間も耳の近くではバチバチと引っ切り無しに音が鳴っている。
飛んでくる黒い生物がぶつかって来ているのだろう。
音こそ聞こえるが、マリージュには少しも当たらない。
どのくらいぶつかっているのかもわからないくらい、マリージュには掠りもしない。
リュカが、防いでくれているから。
(…なん…で……?)
マリージュは混乱していた。
自分は楯として、リュカの側にいることを求められていたはず。
なのに、いま、リュカに庇われている。
リュカは、身を挺してマリージュを守ってくれている―――――。
「なんで……っ」
マリージュは、何故だか泣きたいような気持ちになった。
リュカの背が高いことは勿論知っているが、いま自分を包んでくれている背中は、それ以上に大きく、温かく感じた。
そんなこと、マリージュは今の今まで知らなかった。
子供の頃から、一緒にいたのに。
助けてくれたことだって、これが初めてじゃないのに。
それでも、それだけど、それなのに、
……どうして知らなかったんだろう―――――
「リジュが健気に俺を守ろうとしてくれるのが、もう可愛くて可愛くて、
堪能したいがために先送りにしてきた、俺のせいでもあるからね」
いつもなら鳥肌が立ってしまうはずのリュカのセリフも、今は何だかすっと耳を通り、マリージュは弱々しくリュカの上着の裾を掴んだ。
それに気づいたリュカは、ふんわりと頬を緩める。
(わたし、全然ダメだ…。情けない…)
戦うつもりだったのに、戦えると思っていたのに、結局は何もできなかった。
気持ちばっかりで、それだけで何故だか勝てる気になっていて、何の準備も対策もしていないことに気づいてさえいなかった。
その結果、守るはずだったリュカに、自分を守らせてしまった―――――
「ごめんリュカくん、ごめんね… ありがとう…っ」
リュカは半泣きのマリージュを宥めるように、
「これでも鍛えてるから、たまにはカッコつけさせて」
と、マリージュの背中を優しく撫で続けていた。
一方、公爵家の護衛は、飛んでくる黒い生物を叩き落としながら、
リュカが、どさくさに紛れて、手に持っていた何かを さり気なく地面に落とし、踵で念入りに踏みつぶして破壊したことに気づいていた。
黒い生物は次第に方々に散って行き、しばらくして周囲は静けさを取り戻す。
「…コウモリ…?」
自分が叩き落した数匹を眺め、護衛が呟く。
マリージュを腕におさめたままのリュカが、満足そうににんまり笑う姿を、
護衛は勿論、見なかったことにする。
リュカの手にあったはずの、なにかのことも。




