11. 敗者の宿命
その日、マリージュはふと気付いてしまった。
(リュカくん、別に平然としてない…?)
あれ以来、リュカが何かに怯えている様子は見ていないような気がするし、自分の足でしっかり立てているような気もする。
常人が経験しないようなことを粗方経験しているリュカのこと。初見こそビビったのかもしれないが、回数を経るうちに、少なくとも恐怖は克服できたのではないだろうか。
気になる点があるとすれば、このところリュカが、折に触れては背後からマリージュにしがみついてくることかもしれない。
最近いつもこんなカンジなので既にマリージュは順応してきていたのだが、そういえば何故いつも背後からしがみつくんだろう。横からじゃダメな理由でもあるんだろうか。
(…もしかしてポジショニングに意味がある…? しがみついているわけじゃなくて、この位置に固定されてるとか…?)
得体の知れないアレへの恐怖は、既に薄れているとしか思えない。
それでも尚、マリージュを自分の前に立たせておきたいということは、これはもしや『動く壁』的な…?
(恐るべしリュカくん…!! 『最愛の婚約者』という触れ込みで体裁はばっちり保ちつつ、ハグ風ホールドでもって自分の真ん前に抜かりなく楯を配置してみせるとは…!!)
これが腹黒の手腕なのかと、マリージュは脱帽した。
「…マリージュ? 何か変な方向に転がって行こうとしている気がするんだけど、ちょっと落ち着こうか。今日はお菓子も用意してあるから、お茶でも飲んでゆっくりしよう?」
たぶん暴走しているであろうマリージュの脳内を何となく察したリュカは、放っとくと一気にブーストかけてくることが分かっているので、そうなる前にと速やかにクールダウンを試みる。
「さすがリュカくん。いざと言うとき楯になれるかどうかは、日ごろの信頼関係が物を言うってこと、ちゃんと分かってるね!」
「…あ~…。そういう解釈ね……」
リュカはやれやれと肩をすくませたが、それは努力の甲斐なく殆ど変わらない二人の関係性に対するものであって、決してマリージュに対する呆れではない。むしろ、こういうナナメな解釈をすること自体がマリージュらしいなとすら感じている。
リュカは、ふっと小さく息を零すと口許を綻ばせ、穏やかな瞳でマリージュを見つめた。
そのとき。
ほどほどの距離から二人の様子を見守っていたリュカ教の皆さんから、信じられない言葉が飛び出したのだ。
「本当にリュカ様は、マリージュ様を溺愛してらっしゃるわねぇ」
「!!!!?」
マリージュは衝撃を受けた。
(え、なんで!? どこが?? ―――――あ、もしかしてこの楯フォーメーションがそんな誤解を生んでるの!?)
マリージュが事情を説明しようと口を開こうとした瞬間、リュカはマリージュの首元に回していた腕をザシュッと引き上げ、マリージュの口をがっちり塞いだ。
リュカの思いは信者の皆さんのご認識の通りであって、解釈が間違っているのはマリージュの方である。
それなのに、ここでマリージュが見当違いな、リュカ的には全くもって要らないことを口走ろうものなら、周囲が変に色めき立ってしまう可能性がある。そんなんただただ鬱陶しいだけで、何もいいことなどない。
面倒事の気配を一早く察したリュカは、当然阻止に動いた。
「ふがっ、もがふがふがががふがほが、ほがむがあ」
必死に声をあげるマリージュだが、言葉にならないだけでなく普通に息が苦しい。しばらく頑張ってはみたが、これ以上は酸欠による命の危険を感じる。
いや、いくらリュカが腹黒いといったって、マリージュの命を取ろうとまではするはずがない。そこを疑うほど薄い付き合いではないと自負している。
(つまりこれは、余計なことは言うなっていう警告ね…?)
やむなくマリージュは、降参の気持ちを込めて、リュカの腕をタップした。
意図が伝わったらしく、リュカが腕を緩めてくれたので、マリージュはぜえぜえと肩を上下させながら、必死に肺に酸素を取り込んだ。
今、マリージュの中の危機感知センサーは、けたたましく警告音を発している。
これは盾突いてはいけない事案なのだと理解したマリージュは、腕がはずされたからといって、ここぞとばかりに抗議に打って出たりはしない。腹黒モード発動中のリュカを甘くみていた、己の迂闊さを恥じよう。
潔さを良しとするマリージュは、大人しく敗北を認めた。
脳内は暴走しがちなマリージュではあるが、なかなかどうして侯爵令嬢として致命的なことはしでかさない。ちょっとしたやらかしはすれど、何のかんの自力でどうにかできる程度に留めておくことができるのだ。
そのへんの匙加減というか、危機感知能力の高さには、かねてからリュカも全幅の信頼を寄せていた。
そして、心を決めたマリージュは、決して後からグダグダ言うことはない。
だから、一度口を閉ざす選択をした以上は、後はもういちいち警戒しなくてもマリージュがこの件を蒸し返そうとすることはないのである。
リュカは機嫌よさげに、バックハグからマリージュの髪に顔を埋め、
「私の愛情は、余すことなくマリージュに注ぐと決めているから、この思いが皆に伝わっているのならとても嬉しい」
なぞと、あえて周囲に聞こえるように、そこそこの声量でもって言い放った。
(ぐわわわわわぁあああっ)
鳥肌に身もだえるマリージュだったが、周囲は、リュカのでろっでろに甘すぎる発言に照れているんだなとしか思ってはくれず、助け船はどこからも来ちゃくれない。
マリージュの髪に顔を埋めたままのリュカは、耳のすぐそばまで顔をすべらせると、更にトドメを刺すべく、マリージュの耳に息を吹きかけながら囁いた。
「リジュ、寒いの? 俺の体温でいくらでも温めるよ?」
その瞬間、マリージュの体感は氷点下まで下がったが、気力は真っ白に燃え尽きた。
身もだえられるのは、まだ余力があったということだ。
限界を超えると、もだえる力すら奪われるのだ。
(下手に抵抗すると、生命活動の維持に支障が出る気がする………)
完膚なきまでの敗北を喫したマリージュは覚悟を決めた。
漫画でもゲームでも、敗者は勝者に服従するもの。それが鉄則だ。
敗者は『新たな仲間』という名の強制戦闘員として、いいようにこき使われるのが宿命ってものなのだ。
リュカがマリージュに求めているのが楯であるならば、そうあらねばなるまい。
マリージュは静かに、リュカの楯になる決意を固めた。
もちろんそれは、リュカの望むところでは全くないのだが、マリージュがそれに気づくことは残念ながらない。




