01. ない。
お付き合い頂けましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
空は青く、日差しは暖かく、風は清々しい。
今日も世界は穏やかで、のどかで、何の憂いもない。
平和である。この上なく平和である。
平和はもちろん有難いことで、そこについて不平不満は何一つないのだけれども、ずっと平和が続いていると、何だか少しだけ刺激が欲しくなってきたりするのが人間の性ってものではないだろうか。
少なくともマリージュは、ほんのちょっとでいいから、心沸き立つような何かが欲しくなってしまう。
何も事件や冒険である必要などない。
ほんの少しだけ日常が薄らぐ、ほんの一時ウキウキワクワクできる程度の、ごくごく細やかな何かが。
「…あ~……。ゲームがあればいいのに…」
侯爵令嬢マリージュ。十五歳。
お察しの通り、前世はゲーマーである。
マリージュは、侯爵家の第二子としてこの世に生を受けた。
豪胆で思い切りのよい両親と、穏やかで家族思いな三歳年の離れた兄が一人。皆揃って堅苦しい性格ではなく、家族仲は至って良好である。
侯爵家はもちろん兄が継ぐので、後継ぎでも何でもないマリージュは過度に優秀さを求められることもなく、侯爵家という家格から思うと相当自由に振舞わせて貰えている。
ゆるっとした家ではあるものの高位貴族であることには間違いはなく、マリージュとてそれなりの教育は受けている。侯爵令嬢にふさわしい所作やマナーはきちんと身についており、ダンスは美しく優雅。語学が堪能で、処世術に長けていると評していただいている。
だが、それはあくまで表向きの話に過ぎなかった。
マリージュの本質は、現代日本のJKで構成されていたのだ。
そう、マリージュには、マリージュではない誰かの記憶がある。
それが本当に誰かの記憶なのか、単に妄想の類なのかは生憎ながら定かではない。
だが、物心ついた頃には既にマリージュの中にはその記憶が当たり前のように存在しており、性格形成への影響は半端なかったと言える。
知識チートでもあればきっと才女の称号でも授かれたことだろうが、大変残念なことに、前世のマリージュはどんだけ盛りに盛ろうとも普通の小娘でしかなく、便利な発明品を生み出すノウハウなど何一つ持ち合わせてはいなかった。
そこはマリージュ本人とて心の底から口惜しく思っている。「もしそんな知識があったのなら、何をおいてもゲームを生み出したかったのに…」と。
技術はなくてもアイデアを提供することならできそうな気もするが、それはそれである種のスキルが求められるのだと、マリージュは痛感していた。
例えばドライヤーが欲しいと思っていても、「風が出て来る機械」以外にどう説明したらいいのか分からないし、どういう仕組みで風が出て来るのかも分からない。何しろJKにはファンが回っているという認識すら碌になかったのだ。
絵を描いてみたところで金槌と大差ないものしか描けず、形状を説明することすらままならないレベルである。
おまけにJKは、女子力の低いサバサバ系女子だったため、美容やファッションなどの『女性として』という方面においても、役立ちそうな知識はさっぱりだった。
洋服は中学生のとき購入したどシンプルなものをそのまま着用し続けているくらい無頓着だったし、髪の毛は寝ぐせがあろうが直したこともない。
お肌は最低限のお手入れくらいはしていたが、それだって粉が噴くと痛痒いからであって、これといった支障がなければ放置していた自信があるし、日焼けを気にしてUVケアしたこともない。
そんなわけで、マリージュは現代日本の知識の有効活用は早々に諦めて、潔く現状を受け入れる方向に気持ちを切り替えたのだった。
マリージュの暮らしているこの国は、中世ヨーロッパ風の、聞いたこともない王国である。
中世ではありえないような機械風のものやら技術やらが普通に存在していることからも、おそらく、なんでもアリのなんちゃって異世界というヤツだ。
まあ、現代日本の記憶を持つマリージュにしてみたら、リアル中世は本気でキツイので、なんちゃってで非常に助かっている。
電車や自動車こそないが、上下水道網は整っているし、電力網は未発達ながら電池のようなものはあるので、いちいち蝋燭に灯を灯すような生活でもない。本当に『なんちゃって』さまさまである。
そんな、なんちゃってヨーロッパである。
金髪碧眼にあふれている。
銀髪やら青髪やら、お約束のピンク髪もいる。
瞳の色だって色々で、赤青黄色、金眼だっている。
が。
マリージュは、断然、黒髪黒眼の短髪推しだった。
マリージュは完全に、容姿の好みもJKの記憶に引き摺られていたのだ。
西洋人らしい彫の深い顔立ちも、マリージュにはくどく思えた。
モアイよりコケシののっぺり塩顔の方が愛嬌があって好ましく感じる。このあたり、和のソウルが身に染みついていることを思い知らされずにはいられない。
そしてこの国では、髪は、男性も長めにあつらえていることが多かった。
お貴族様は顕著にそうである。
―――――ない。
マリージュ的には、全くもって、ない。
男性がファサッと長髪をかきあげたりする仕草にトキメく女子の気持ちは、マリージュにはさっぱりわからない。
長い髪をたなびかせているより、いっそのこと坊主の方がいい。
だが、この国では基本的に、坊主に見えるのは所謂まるっパゲである。
(ハゲと坊主は違うんだよねぇ…)
長髪文化のあるこの国では、ハゲ散らかしても、残り少ない毛髪なりに最善を尽くそうと小細工に走りがちである。
まあ、そこは個人の自由なので、マリージュとてとやかく言うつもりはない。ただ、マリージュの感じるがままに正直に述べさせて頂けるのであれば、バレたくなくて行っているはずの小細工がどう考えてもバレバレなことに悲哀を感じずにはいられないのだ。…いえ、決して口にはしませんとも。
だからこそ、余計に思ってしまうのかもしれない。
(装うことをせずキッパリと剃り上げた貴重なる存在、宰相のおじさまはカッコイイ)
なくなっちゃったダケなのと、自らの意思で残りも剃り落とすのでは段違いに違う。
その潔さに、惚れ惚れとしたもんであった。
尚、マリージュは、オジサンだろうがぶっちゃけお爺さんだろうが「格好良い」と思えれば年齢は特に気にならない。(※格好良いと思えないお爺さんは、単にお爺さんというだけ)
好みの容姿だからといって必ずしも一目惚れするとは限らないはずだし、重要なのは中身のカッコ良さだと思っている。
まあ、マリージュには恋愛を熱く語れるほどの経験値があるわけではないので、「たぶんそうなんじゃないか」ってレベルのお話でしかないんだけれども。
**こぼればなし**
本編差し替えにあたり、リュカの瞳の色を紫に変更しております。




