01. 婚約者には信者がいる
お付き合い頂けましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
空は青く、気温はあたたかく、風は清々しい。
今日も世界は穏やかで、のどかで、何の憂いもない。
平和である。この上なく平和である。
平和はもちろん有難いことで、そこについて不平不満は何一つないのだけれども、ずっと平和が続いていると、少しだけ刺激が欲しくなったりするのが人間ってものではないだろうか。
少なくともマリージュは、ほんのちょっとでいいから、心沸き立つような何かが欲しくなってしまう。何も冒険である必要はない。ほんの一時だけ、うきうきワクワクできる程度の、お気楽な何かが。
「…あ~… ゲームがあればいいのに…」
侯爵令嬢マリージュ。15歳。
前世はゲーマーである。
マリージュは、侯爵家の第二子として生まれた。
侯爵令嬢にふさわしい所作やマナーは身についており、ダンスは美しく優雅。語学が堪能で、処世術に長けていると評されている。
だが、それはあくまで表向きの話。
マリージュの本質は、現代日本のJKで構成されていた。
マリージュには、マリージュではない誰かの記憶がある。
それが本当に誰かの記憶なのか、単に妄想の類なのかは定かではない。
だが、物心ついた頃には既にマリージュの中にはその記憶が当たり前のように存在しており、性格形成への影響は半端なかったと言える。
知識チートでもあれば良かったが、大変残念なことに全く普通の小娘でしかなく、しかも女子力の低いサバサバ系女子で、『侯爵令嬢として』という意味でも役立ちそうな知識はさっぱりだった。
そして、マリージュは、容姿の好みもその記憶に引きずられていた。
マリージュの暮らしているこの国は、中世ヨーロッパ風の、聞いたこともない王国である。
中世ではありえないような機械風のものやら技術やらが普通に存在していることからも、おそらく、なんでもアリの なんちゃって異世界というヤツだ。
まあ、現代日本の記憶を持つマリージュにしてみたら、リアル中世は本気でキツイので、なんちゃってで非常に助かっている。
そんな、なんちゃってヨーロッパである。
金髪碧眼にあふれている。
銀髪やら青髪やら、お約束のピンク髪もいる。
瞳の色だって色々で、金眼だっている。
が。
マリージュは、断然、黒髪黒眼の短髪推しだった。
彫が深い顔立ちも、マリージュにはくどく思えた。
モアイよりコケシののっぺり塩顔の方が愛嬌があって好ましく感じる。
そしてこの国では、髪は、男性も長めにあつらえていることが多かった。
お貴族様は顕著にそうである。
ない。
マリージュ的には、全くもって、ない。
男性がファサッと長髪をかきあげたりする仕草にトキメく女子の気持ちは、マリージュには さっぱりわからない。
長い髪をたなびかせるより、いっそのこと坊主の方がいい。
だが、この国では基本的に、坊主に見えるのは所謂まるっパゲである。
(ハゲと坊主は違うんだよねぇ…)
長髪文化のあるこの国では、ハゲ散らかしても、残り少ない毛髪なりに最善を尽くそうと小細工に走りがちである。
まあ、そこは個人の自由なので、マリージュとて とやかく言うつもりはない。
だからこそ
装うことをせずキッパリ剃り上げた貴重なる存在、宰相のおじさんはカッコイイ。
なくなっちゃったダケなのと、自らの意思で残りも剃るのとは段違いに違う。
その潔さに、惚れ惚れとしたもんであった。
そんな侯爵令嬢マリージュには、幼少の砌から、親の決めた婚約者がいた。
公爵家のご嫡男で、名はリュカという。
ハゲ散らかす前に剃髪した、潔い宰相様のご子息である。
だがしかし。
そんな宰相様の子でありながら、リュカはご貴族様よろしく、銀色の髪の毛をたなびかせてらっしゃった。
(うん。ハゲは遺伝するって聞くからね?
ふさふさなうちに、髪の毛を満喫しとくのもいいと思うよ?)
もちろん本人に告げたりしないし、囁き程度にも声に出したりはしない。
マリージュが生まれながらに持ち合わせていた危機回避能力のおかげであり、処世術に長けていると評される所以はこのあたりにあった。
そして、件のリュカ様。
大層な美男子であるらしかった。
…らしい、というのは、『世間でそう言われているらしい』ということであり、マリージュの見解ではないということである。
キラキラ輝く銀髪は、肩甲骨の下あたりまで伸びており、後ろでゆるく一つに束ねられている。
切れ長の涼やかな瞳は、新緑を思わせる鮮やかさながらも澄んだ翠。
絶妙な配置の黄金比の顔面は、傾国の美女と謳われた母君譲り。
すらっとした長身で、細身でありながら適度に筋肉がついており、身のこなしは細部に至るまで優雅でスマート。
宰相様譲りの聡明な頭脳を持ち、剣技や体術も相当の腕前ときている。
もう、女子の視線の集中砲火。
彼に憧れを抱かない女性は存在しない、と、世間では断定形で語られている。
(いないワケはないよね…)
現に、ここにいる。
婚約者という、公然と独占権を得たと言っても過言ではない存在からしてこうなんだから、他にもいるに決まっている。
いや、まあ、整った容姿なのはわかる。
頭がいいとか、運動できるとか、背も高いとか、モテ要素満載なのもわかる。
ただ、マリージュ好みのルックスではないダケだ。
特にときめかないし、自分からお近づきになりたいとは思わない。
好みとは違うからといって嫌悪感を抱いてるわけでもないので、普通に交流はするけど、『学校に行って、隣の席の子と挨拶を交わす』くらいのテンションであって、気合いを入れて交流の場に臨むこともない。
そもそも異性への興味自体が薄い残念系女子。それがマリージュであった。
そんなマリージュが、世間の目と向き合う時が来た。
15歳から3年間通う学園への入学である。
学園でマリージュは、女子の洗礼を受けた。
リュカ様にあんな態度有り得ない。信じられない本当に女なの?的な、苦言だかバッシングだかの嵐である。
しかも、マリージュがリュカを蔑ろに扱ったわけではない…筈だし、
脳内に溢れているぶっちゃけ発言を、うっかり口にしたわけでもない…筈だし、
ただ単に普通に接しただけ…の筈で、である。
はずはず言っているのは、若干自信がないからである。
もしかして口走ったりしてる可能性が全くないとは言い切れないが、さすがにお嬢様がたの前では自重していると信じたい。
(きゃあきゃあ言いながら崇めたてないと責められるなんて…
彼女たちにとって、リュカくんは神さまか何かなの??)
マリージュの中で、苦言隊を筆頭とした女性陣は、リュカを神と崇め奉る宗派の信者と見做された。
信者の皆様の信仰をつべこべ言うつもりはないが、マリージュにとってリュカは『ただの人』であり、信仰の対象にはなり得ないので、リュカ教に屈して崇め奉る必要性は全く感じない。
リュカ自身と何かモメたりしてるわけでもないので、現状、リュカとの関係性を変える必要性も感じない。
今まで通りのつきあい方でいいやと思うだけで、特に何も変わらないマリージュであった。
**こぼればなし**
作者は、黒髪黒眼と銀髪紫眼が大好物なので、
リュカの瞳の色も、本当は紫にしたかったのですが、
紫の瞳の美的表現が何も思いつかなかったので、翠にしました…。