斎木学園騒動記10-2
「大丈夫でござるか!弥生どの」
後ろにいた陽平が、あわてて駆け寄る。
「平気よ、こいつら・・・絶対に許さないわ」
歯を食いしばりながら、弥生は立ち上がった。
それをダニーと田崎が驚愕の表情で見ている。
「ジョニーを倒すとは・・・貴様らただの高校生ではないな! 黒い風の新顔か!」
省吾が首を振る。
「ちがうね、この人たちは我々とは全く無関係だよ」
「そうとも、オレたちはただの高校、私立斎木学園の生徒だ」
明郎が言う。
「殺された一郎の無念我らが引き継ぐ!和美さんを正気に戻して引き渡すでござる」
陽平が、どこかに隠していた手裏剣を握り締めてつぶやくと、またどこかで爆発が起こり、よろめいた。
壁や床に亀裂が走る。
「おのれ、こいつらだけならともかく沢村めが!! 一体どこから攻撃をかけておるのじゃ!」
ぼやくダニーの視界の端に、にやりと笑みを浮かべた保安部員の顔が目についた。
「むう! まさかっ」
声をあげて彼が振り向いた時には、兵藤がすでに男に向かって飛びかかっていた。
その身体が空中にあるうちに、右肩にぽつん、と赤い穴が空き兵藤は床へ倒れ込んだ。
いつの間にか、保安部員の手に拳銃が握られている。
早抜き〇.三秒ってところだろうか、まるで魔法のようだった。 血が流れ出てくる肩を押さえて、兵藤はこの男をにらみつけた。
「貴様──沢村か」
そう言われた男は、深くかぶった帽子を投げ捨て、
「よお、久しぶりだな」
と、笑みを浮かべた。
「沢村、生きていたのか!」
叫ぶ田崎の胸元に銃を向けて、行方不明だった沢村は省吾たちにウインクした。
「オレはあんなことじゃ死なないさ、なあ」
とぼけた口調であった。
あの時、
学校に攻めてきた戦車を阻むべく、サイドカーごと突っ込んでいき大爆発を起こした。
それきり、何の音沙汰もなく生死不明であったものが───
「貴様らの十八番か」
低く兵藤が言うと、沢村がうなずく。
「その通り、たとえあの時の攻撃をすべて退けたとしても、お前らは次の攻撃部隊を何度でも送りこんできただろうからな。戦力的に劣るオレたちが有利に戦うために、一度負けたふりをしてふところに潜り込み、アタマを潰す機会を狙っていたという訳だ」
「ちょっと、そうは言っても省吾はそんなこと一言も言ってなかったわよ?」
弥生が口をとがらせる。
「そりゃそうだ、これはオレのアドリブだったからな。省吾とも何の打ち合わせもしてないさ」
そのセリフを肯定するように、省吾はうなずいた。
「おかげで、オレの方はかなり苦労しましたけどね」
そういう彼は、相棒が生きていて何か企んでいることを、うすうす感じてはいたのだろう。だからこそ捕まった時も取り乱す事なく、学生たちのために必死で脱出しようともがいたりしなかったのではないか。
“プロはいつでも逆転可能な手を残しておくものだ”
兵藤が以前に言ったセリフが、今全く逆の立場で使われようとしている。
「それにしても沢村さん、もう少し早く行動を起こしてほしかったですよ。取り返しのつかない事になってしまいました──」
せっかくの相棒との再会であるが、素直に喜ぶ気持ちにはなれない。
「探し物をしてたんでな、少し遅れたことについては謝るが・・・取り返しのつかない事ってなんだ?」
まるで今の状況を判っていないというように、沢村はきょとん、としてしまった。
「何言ってるんだよ、あんた!」
「この状況が目に入らないでござるかっ」
明郎と陽平が、目の色を変えて叫ぶ。
「和美ちゃんがいる、お前らも全員いる・・・後はさっさと脱出するだけじゃないのか?」
まだ、沢村はとんちんかんな事を口走っているので、弥生がついに泣きながらわめき出した。
「何が『全員いる』よ! よくごらんなさいよっ、一郎が・・・一郎が死んでるじゃないのよっ!」
わああっ、と顔をくしゃくしゃにして、弥生は一郎を指さした。
鎖につながれたまま、だらりと一郎の身体がぶら下がり、その足元に濃い赤色の血溜まりができている。
それを見て、沢村の目が細められた。
兵藤が、肩を押さえながらゆらり、と立ち上がる。
ふ、と鼻で笑ってから、
「大事なのはティンカーベルだけか?」
と、つぶやく。
「同じ相沢の血を引くものでも、兄の方は死んでしまっても、別に切り捨てられる程度の存在でしかないということだろう?」
赤い唇の端を、きゅうっ、と吊り上げる。
本当かっ?
そういう目で、明郎が沢村を見た。
兵藤が言ったように、和美さえ無事なら他の者は二の次なのか! 陽平がにらむ。