斎木学園騒動記9−1
ACT・9
”起・き・ろ。”
誰かが呼んでいた。身体が揺すられているのを感じる。
眠っている自分を、誰かが起こそうとしている。
「う〜ん、・・・もうちょっと眠らせてよ・・・」
ムニャムニャいいながら弥生は答えた。ここのところ締切りに追われていて、寝不足なのだ。
”起きろ、起きないとこうだっ!”
遠いところで、そんな声が聞こえたような気がした。と、同時に突然足の裏をくすぐられたので、弥生はエビのように跳ね上がって飛び起きた。
「何さらすかっ、このくされ外道がっ!」
目を開けるや、足を押さえつけている男に蹴りを叩き込んだ。
「んがっ」
と、鼻血を出してのけ反ったのは陽平だった。
「あん?」
ふー、ふー、と息づかいも荒く、弥生は辺りを見回した。
ほぼ立方体の、コンクリ−トで固められた部屋の中に、見たような顔ぶれが揃っていた。
一郎以外の突入部隊が、全員弥生の周りに座り込んでいる。
「そっか、捕まっちゃったんだっけ」
目をこすりながら、弥生つぶやく。
ばりばり頭を掻いてじろりと一同を眺めると、ふくれっ面になって腕を組む。
「何よ、あんたたちまで捕まっちゃったの? 確か『現代最高の忍者』と、『七つの秘技を持つ男』の無敵コンビじゃなかったっけ?」
口をとがらせて、陽平と明郎をにらみつける。
「とほほ」
「面目ない──」
ぐさりと弥生にイヤミを言われて、ふたりは小さくなってしまった。
「全く、頼り無いんだから」
鼻の頭にしわを寄せて、弥生はなおもブツブツ言っている。
「まあまあ、それぐらいにしておいて下さいよ。プロであるオレだって、貴女を守れずあっさり捕まってしまったんですから」
部屋の隅で、すまなそうに省吾が鼻の頭を掻いている。
壁にもたれて、片膝を立てた姿勢でため息をもらす。
自分をプロと称するのが、とことん恥ずかしくなったのだろう。
「とりあえず、その場で殺されずにすんで良かったと言うしかないですね」
これは、ほっとすると同時に、歴然たる力の差を見せつけられてしまったことを意味している。
つまり、FOS側には我々を生かしたまま、無傷で捕らえるだけの余裕があるということだ。
手加減された、と言ってもいい。
侵入者がどうしても手強く、手に余るようであるならば、有無を言わさず殺して、おとなしくさせるしか方法はないと判断されるはずだからである。
やはり、無謀な作戦であったことが悔やまれる。
今更のように省吾は思う。
そして、その行動について、GOサインを出してしまった自分の未熟さと、その結果、まだ高校生である彼らを危険な目に合わせている事に対する責任を感じて、さらに省吾はやるせなくなる。
だが、その沈んだ表情を見て、弥生がちっちっちっと舌を鳴らした。
「なーに暗い顔してんのよ、別にあんただけの責任じゃないわよ。それにね、捕まったからと言って“負け”じゃないわ。まだ皆ピンピンしてるんだから、こっから抜け出してもうひと暴れしようじゃないの!」
屈託のない口調で、弥生は言い切った。
どきりとして、省吾は弥生の顔を見つめる。
「あなたたち、・・・本当にただの高校生なんですか?」
そう言われて、三人は顔を見合わせた。
「何言ってんの、当たり前じゃない」
「──そんなに、オレたちヘンでござるか?」
「学校に帰れば、もっと変わった奴らはごろごろいるよ、オレたち平凡な方だよなあ」
ぬけぬけと三人は言う。
それを見て、省吾は苦笑してしまった。
やはり、こいつらはただ者じゃないことを実感したのだ。思えばそこを感じ取ったからこそ、こんな危ない問題に首を突っ込み、チ−ムとして共に行動することを認めたのだ。
「斎木学園──か」
彼らの通う高校の名を、説明しがたい感情を込めて省吾は口にした。
「ん?」
弥生がのぞき込む。
省吾は吹っ切れたように、顔を上げた。
「そうですね、こうなったら次の行動を考えなくては・・・。今までは闇雲に動いていただけですが、それでもビルの中を見て回ることができただけ情報を得ることができたと言えます。まず、それを整理しましょう。行動に移るのはそれからです」
「それはいいんだけど──」
その時、弥生が口を挟んだ。
「この中に、一人見慣れない人が混じってるんだけど、誰か説明してくれない?」
そう言って、ちらりと横目で明郎を・・・
明郎の腕に、ダッコちゃんのようにへばりついている少女をにらんだ。
「ははは・・・」
なぜか、パチパチと静電気のような音をひっきりなしにさせながら、明郎が苦笑する。
その横で陽平が、
「判ったでござる、では我々のコンビが捕まるまでに目にした状況を先に説明するでござるよ」
そう言って、話を始めた。