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斎木学園騒動記7−3

「答えてもらおうか、和美はどこにいる?」

 殺気のこもった低い声で一郎が聞くが、兵藤は答えない。

「言え!和美はどこだ!」

 一郎が怒鳴った時、

 

 ぽん、ぽん、ぽん、と、暗闇の中から拍手が聞こえてきた。

「誰っ!」

 弥生が声をかける。

 FOSの新手か? 陽平、明郎も身構えた。

 

「いや−、大したもんだよ、素手で兵藤を倒すとは」

 そう言いながら姿を現したのは、“笑い猫”沖田省吾であった。

 相変わらず笑みを浮かべながら、ひょうひょうと近づいてくる。

 

「沖田か! てめえ今までどこ行ってた!?」

 一郎が聞く。

 

「ま、それは後でゆっくりとね。とにかく相沢、兵藤からは何も聞き出せないと思うよ、プロ中のプロだからね、死んでも口は割らないさ。それに、その必要もない」

「と、いうと?」

 こくり、と省吾はうなずいた。

「ああ、オレが和美さんの居所を突き止めてきたからね、もう兵藤に構ってても意味はないんだよ」

「───」

 唇のはしから血を流し、地面に片膝をついた兵藤が、無言で省吾を見上げる。

 

「ひどくやられたなあ兵藤、敗北の味はどうだい?」

 肩をすくめて、省吾が聞く。

 

「あれ、ところであんた目が見えるの?」

 不思議に思って弥生が声をかける。

 確かに省吾は失明したはずなのに、周囲のことをよく判別し、すこしも不自由さが感じられないのだ。

「え? いやあ、これでも一応A級エスパ−なんでね、“心の目”で何とかなるんですよ」

 さらりと省吾は言ってのける。

 

「さて、相沢、この兵藤の扱いは今後どうするつもりだい?」

「そうだな──」

 そこまでは考えていなかった。

「野放しにしたら物騒だからな、和美を助け出すまで、とりあえず地下の独房にでも閉じ込めとくか」

「そんなもんが、あるんですか」

 省吾はあきれた。当然現在は使われていないが、昔は悪さをした生徒の反省室として、よく使用されていたらしい。

 

「そうと決まれば、さ、兵藤立ってもらおうか。な−に、すぐに事を済ませて帰ってくるからよ、そう長い間待たせやしねえさ」

 一郎、あごをしゃくって兵藤をうながす。

 兵藤は片膝をついた姿勢で、顔を伏せてしまった。

 

「おいおい」

「大丈夫でござるよ、捕虜になったって、別にゴ−モンするつもりもないでござるから」

 明郎、陽平はこの時兵藤が怯えているものだと思った。

 だが、すぐにそれが間違いであることに気がついた。

 うつむいた兵藤は、小声でクスクス笑っていたのである。

 

「何がおかしいんだよ?」

 むっとして、一郎がたずねる。

 兵藤は顔を上げた。

「やはり、貴様は甘ちゃんだったな」

「何ィ?」

 一郎は牙をむいた。

 

「敵の息の根も止めないうちに、勝った気になってるところが甘いと言ってるんだよ」

 ちらりと省吾をにらみつけ、

「省吾、それに気づかないから貴様も詰めが甘いんだ。プロってのはどんな状況下でも逆転可能な切り札を用意しておくもんだ──」 そう言って、ふところからリモコンらしき物を取り出した。

 

「何よ、それは?」

 弥生が修羅王を構えながら聞く。

「この学校の理科室には、面白い薬品がたっぷりあったな──」

 ぽつり、と兵藤はつぶやく。

 はっと、一郎、陽平、明郎、弥生は、顔を見合わせた。

「まさか」

「そう、その中のいくつかを女子寮のどこかに火薬をセットして置いてきた。このスイッチを押すだけで、ドカンといくぞ」

 

 火薬だけなら爆発の被害ですむが、それとともに有害な物質が充満するとなれば、それは戦争に使われる科学兵器と同レベルの危険物である。被害は驚くほど広範囲かつ深刻なダメ−ジを与える事になるだろう。

 しかも、女子寮のエアコンは市販のものなので、男子寮のものと違い数秒で毒物を除去するという訳にはいかない。

 玉置の行動だけを恐れていたので、普段彼が近づかない女子寮にまでは、明郎も手を出さなかったのだ。

 

「大惨事になるな」

 淡々と兵藤は言った。

「ハッタリだ」

 きっぱりと省吾が言い返した。エスパ−である彼なら、人の心を多少読めるのだろう。

 

「信じる信じないは貴様らの勝手だ」

 しかし、兵藤は平然と受け流す。

 長い沈黙があった。

 黙ったまま、お互いの腹を探り合う。

 

「行かせてやれ──」

 最初に声を発したのは一郎だった。

「これでおあいこだ。次に出会った時はケリをつけるぜ──」

 そう言う一郎の顔を無言で見つめながら、ゆっくりと兵藤は立ち上がる。

 省吾や弥生、陽平などにも気を配りながら、静かに後ろへ下がっていく。

 

「待ちなさいよ、そのリモコンを置いていきなさい!」

 弥生が叫ぶと、兵藤は一瞬動きを止めた。

「安心しろ、貴様らがそのまま動かなければ押すつもりはない」

 

「じゃあ、せめて爆薬と薬品をセットした場所を教えていくでござる!」

 くくっ、と兵藤は笑みを浮かべて、

「自分たちでやることだ」

 そう言い捨てると、出し抜けに兵藤は横へ走った。

 

「あっ!」

 という間に、寮の中庭にある茂みの中に飛び込んでしまった。

 ざざっ、と数回植え込みが葉を鳴らしただけで、すぐに静けさが戻ってくる。

 中庭の茂みは林へと繋がっている。たとえ今から追っても、この闇の中では到底捜し出すことはできないだろう。

 それにしても、今までここにいたのが冗談に思える程の逃げっぷりであった。

「さすがは、山猫」

 省吾が感心する。

「感心してる場合じゃねえだろ。早いとこ、爆弾を見つけねえと───」

 そう言った一郎、ぐらりと体勢を崩す。

 それを省吾が抱き止めた。

「おっとっと、大丈夫かい相沢? あの兵藤を相手にしたんだ、少し休んでいるといい」

「そうよ、一郎。後はあたしたちに任せておきなさい」

 どん!と弥生、勢いよく一郎の背中を叩く。

 

「っ!」

 声にならない叫び声をあげ、一郎はぐったりしてしまった。

 

「弥生・・・お前さん、生命の恩人にそれはないんじゃ・・・」

「全身傷だらけのところへ、とどめを刺したでござるな」

 と、ツッコミを入れる明郎と陽平。

「う、うるさいわねえ、一郎には休んでてもらおうとしたら、つい力が入っちゃったのよ!事故よ事故っ!」

 弥生が叫ぶ。

 

 正直なところ、危ういところをかばってくれた一郎に対し、一言お礼を言おうと思っていたのだが、照れもあって普段以上に力を込めてしまったらしい。

 顔を真っ赤にして、弥生はふくれてしまった。



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