斎木学園騒動記6−2
☆ ☆ ☆
「例のものって何だい?一郎」
早足ですたすた歩く一郎の横を、弥生、陽平、明郎の三人が小走りについていく。
「ああ、秘密でな、玉置の奴にこいつの分析を頼んでおいたんだ」
そう言いながら、ポケットから小さなカプセルをつまみ出した。 風邪薬のような小さなカプセル。
「そいつは!」
「そう、FOSのバイク軍団が使ってたクスリだ」
「でも証拠品として、グラウンドに落ちてたやつは全部回収されたはずよ」
「その辺にぬかりはねえさ、ちゃんとドサクサにまぎれてくすねておいたんだ」
「ドロボウはウソつきのなれの果てでござるぞ」
陽平がよく判らん事を口走る。
「うるせえ、このぐらいしなけりゃ手掛かりは何一つ見つからねえんだからしょうがねえだろうが──玉置ィ来たぞ」
ノックもせずに一郎、科学室の中に入っていく。
「おお、一郎君か、それにもろもろの面々も、ようこそ我が研究室ヘ」
そういって、ひょろりとした長身の男が一郎たちを出迎えた。
ボサボサの頭に度の強いメガネ、半年は洗っていないといわれるトレ−ドマ−クの白衣と、とぼけた口調。
人呼んで“学園マッドサイエンティスト”科学部部長の玉置克吉であった。
「例のものの分析が済んだそうだな、何が判った?」
がたがたと、一郎はそこらのイスを適当に引きずり出して座り込んだ。
「うむ、一郎君の持ってきたこのクスリだが、やはり薬物強化人間を作るためのものであることが確認できたよ」
小さなビニ−ルに密閉したカプセルを、指先でつまんで見せる。
「へえ、やっぱり」
と、明郎。
「どうりで、殴っても蹴ってもくたばらないはずでござるな」
陽平が、さもありなんとうなずく。
たとえプロとして特殊な訓練を受けてきた連中であったとしても、あのタフネスぶりは異常である。
よく戦争の際に、前線の兵士たちが麻薬を使用する話を聞くが、あれはせいぜい恐怖心を和らげたり、肉体的苦痛をマヒさせることで戦闘マシ−ンになろうとするだけである。
根本的な身体機能はアップしない。
しかし、FOSが使った薬は筋力もアップさせ、その人間の持つ運動能力を高める効果があるのだ。
「しかも即効性」
と玉置が付け加える。
つまり、飲み込んでから効果が現れるまで、ほんの数十秒間だそうだ。
「こんなものが実用化されてるなんてねえ──」
弥生、しげしげと玉置のつまんだカプセルを見つめる。
「言っとくが、弥生、この話はオフリミットだ、新聞のネタにすることは許さねえぞ」
弥生の表情を見て取った一郎が釘を刺す。
スク−プを見つけたと思った弥生は、うらめしそうに振り向く。
「えぇ〜っ」
「“えぇ〜っ”じゃねえ、何のためにお前らにも秘密にしておいたのか判らねえのかよ」
上目づかいでにらむ弥生に対し、歯をむいて一郎もにらみ返す。
「たしかに、こんなものがおおっぴらに宣伝されれば、欲しがる連中は後を絶たないだろうね。なんたって手軽にス−パ−マンになれるってんだから、よからぬ企みを持つ奴らなんかすぐに飛びつくだろうなあ」
と、明郎。
「ヘタすりゃ、こいつをめぐって別のトラブルが発生するかもしれねえんだ。間違っても口外したり、ましてや新聞になんぞ載っけるんじゃねえぞ」
一郎が念を押す。
「なあに大丈夫、こんなクスリ使ったらそいつが自滅するだけさ、ボクに言わせてもらえば欠陥品だからね、こんな物は」
ニヤニヤしながら、玉置がつぶやいた。
「と、いうと?副作用でもあるんでござるか」
「あるある、まずこういうクスリの問題点としてはポピュラ−な、依存性の高さが挙げられるね。つまり、常に使用していないと身体を維持できなくなるってこと。
次に、肉体を強化する反面、精神面については逆にボロボロに蝕むようだね。幻覚症状などのバッドトリップについては、かなり抑えてあるようだけれども、思考力が低下して正確な判断ができなくなるはずさ」
「ホントか?それにしては、奴らの行動はずいぶん統制がとれてたじゃねえか」
と、一郎が口をはさむ。
確かに、バイク軍団の動きは訓練されたプロのものであり、無駄が少なかった。
薬漬けで頭の鈍った連中に、あんな真似ができるのか?
ちっちっちっ、と玉置は人指し指を左右に振った。
「それは多分逆の発想だよ。思考力が低下したところへ、命令通りに動くロボットとして洗脳を施したんだろうね。これは簡単な作業だと思うよ。
つまり結論を言うと、このクスリは自分が超人になるためのものではなく、使い捨ての戦闘マシ−ンを生み出すために使われると言っていいと思うね」
下がってきた眼鏡を中指で上げながら、玉置は言い切った。
「タチの悪い麻薬の新種みたいなものかしら?」
弥生がたずねる。
先程の、好奇心に満ちた目とは違う光を両目に浮かべて、弥生は拳を握りしめた。
「冗談じゃないわ、こんなものが世の中に流れはじめたら──」
「まあ、現在の麻薬問題なんかよりひどい状況になっていくだろうな。薬物強化された中毒者が犯罪起こせば、警察も苦労することになるぞ」
「許せないわ、そんなこと!」
ダン!と手近の机を、興奮した弥生が叩く。
「そうなる前に新聞で大々的に取り上げ、社会問題としてアピ−ルし、大衆の注意を喚起してやる!」
めらめらと瞳の中に炎をゆらめかせ、弥生は声を張り上げた。
「だから、そうやって騒ぎ立てるのは逆効果なんだってば」
マスコミが取り上げれば、それはそれで宣伝になってしまう。明郎はこめかみを押さえた。
メディアを通じて与えられた情報は、無責任な大衆にとっては、それがどんなに深刻な社会問題であっても、自分自身に火の粉が振りかからない限り「対岸の火事」的な話にしか受け止められないのである。
それどころか、逆に好奇心によって「その問題」をつっつき回し、笑い話にするぐらいが関の山であろう。
「一番いいのは最初っから最後まで、バラさない事なんだよ」
新聞記者根性むき出しで、「絶対記事にする」と燃えている弥生を、明郎が必死でなだめにかかる。
「ところで──」
ぎゃあぎゃあ争っている二人を無視して、一郎は玉置に向き直った。
「玉置よ、さっき“ボクに言わせてもらえば欠陥品”って言ってたよな?」
「うん?」
またもずり下がってきた眼鏡を持ち上げつつ、玉置、
「確かに言ったよ。それがどうしたね?」
その言葉を聞いて、一郎はにっ、と歯を見せた。
「トボけるなよ、てめえがそういう言い方するってことは、すでに何かとっておきがある証拠じゃねえかよ」
「とっておき?何でござるか?」
陽平も聞く。
取っ組み合いになりつつあった、弥生と明郎も振り向いた。
見ると笑いをかみ殺した玉置は、鼻の穴をぴくぴくさせている。
「いや−その通り、バレてしまったか、うわっはっはっ!
実はボクほどの天才が、こんな薬の分析だけで五日も費すことなどありえないのだよ、諸君。あふれんばかりの知力によって、ボクはこの薬の改良に成功していたのだあっはっっはっ!」
得意満面で、玉置はふんぞり返ってしまった。
「改良──したの?」
「そうとも!ボクのような大天才にかかれば、こんな薬の欠点のひとつやふたつ、攻略するのはたやすいことだよ、うん」
そう言って、白衣の胸ポケットから小ビンをつまみ出した。中には、いくつかの錠剤が収まっている。
「これこそ正にパ−フェクト!どれほどすごいかというと──諸君、こちらのマウスを見てほしい」
そう言うと、部屋のすみに置いてあったマウスのカゴに歩み寄り、ビンの中の錠剤を少し砕いて、マウスに食べさせた。
一郎、弥生、陽平、明郎はじっと見つめる。
「このクスリのすごいところは、副作用を全く無くしたところにある。しかしそれでいてパワ−アップの度合いは元のものより上げてあるのだよ。ま、見ていてくれたまえ」
玉置がそういう間にも、マウスは小さく震えはじめた。
そして大きく二度ほどけいれんをし、ふいに静かになった。
「──あれ、どうしたの?」
「シ−ッ」
動きを止めたマウスが、今度は逆に激しく動きはじめた。
狭いカゴの中を縦横無尽に走りまわり、そのスピ−ドは目で追いきれないほどである。 その上、回し車に至っては、回転のあまりの激しさにジョイント部分が耐えきれず、ちぎれてしまった。
マウスは壊れて用をなさなくなったそれを、今度は猛烈にかじりはじめ、見る間にバラバラに分解してしまった。
フンッ!フンッ!
と、あふれてくるパワ−を持て余すように、荒い鼻息を繰り返して、マウスはカゴの中で暴れ回っている。
「うわ・・・すご・・・」
今にもカゴを破ってしまいそうな勢いに、弥生が丸く目をむく。
なにしろ、マウスが天井にジャンプすると、カゴ自体が十センチ程宙に浮くのである。
「どうかね?なかなかの効果だろう。あっはっはっはっ」
大いばりの玉置、ふんぞり返りすぎて後ろへひっくり返る。
「確かにこりゃ、大したもんでござるよ──」
「このわずかな間に、分析と改良とはねえ──」
床に転がってなお、不敵に笑いつづける科学部部長に対し、陽平と明郎は素直に感心していた。
「じゃ──本当に副作用はないんだな?」
どきりとするほど、真剣な声で一郎がつぶやいて、イスから立ち上がった。
思わずその場の全員が一郎を見る。
「うむ、見ての通りこのクスリだったらパ−フェクトだよ。こんな小さなネズミがこれだけパワ−アップするんだ、人間なら常識外れのス−パ−マンだね、きっと」
よいしょ、とホコリを払いながら玉置は立ち上がる。
「オレが使ったとしたら、どうだ?」
低い声でそうつぶやいた一郎を、しばらく無言で玉置は見つめ返した。
そして、少し肩をすくめる。