斎木学園騒動記6−1
ACT・6
放課後を告げるチャイムが鳴った。
ざわざわと生徒たちが動きだす。
────そうじ当番が机を動かす音、部活の準備に走る一年生、下校途中に立ち寄る店の相談をする女生徒の声───
それは日常の、ごく当たり前の光景に見えた。しかし、どことなくいつもの雰囲気と違う、沈んだ空気のようなものが感じられる。 毎日が常にお祭りででもあるかのような、あの、学生たちのもつ一種独特なエネルギ−をはらんだ騒がしさが、今は感じられないのだ。
あの事件によるショックは、生徒たちの間に深いダメ−ジを残していったらしい。
あの大騒ぎから、五日が過ぎようとしていた────。
全校一斉の大掃除により、教室や廊下に散乱したガラスの破片やガレキなどはきれいに片づいている。
しかし、その他の補修作業などはまだ終わっておらず、窓のひび割れにはガムテ−プをはりつけただけの応急処置しかしてなかったり、FOSの戦車砲を受けた南校舎などは、壁が無残に崩れており、音楽室などの特別教室が現在使用不能になっている。
夕日に染まる、姿を変えた校舎を見上げて生徒たちはため息をつく。
学校全体が、まるで放心状態になってしまったかのようだった。
そんな落ち込みム−ドが漂うなか、相変わらずにぎやかで、活気と殺気に満ちた場所があった。
“部員以外、立入禁止”
太い油性のマジックペンで、なぐり書きされた画用紙がドアの前に貼りつけてある。
新聞部の部室であった。
この部屋だけはいつもと変わらない様子である。
たてつけの悪いドアの内側からは、怒鳴り声や悲鳴、はては泣き声などが聞こえてくる。
例のごとく修羅場の真っ最中らしく、部員たちは目を血走らせてあたふたと仕事に取り組んでいる。
「ちょっとそこの原稿用紙取ってくれ」
「字が判らん!辞書はどこへ埋まっちまったんだあ」
「誰えっ、ワ−プロのスイッチ切ったのは?まだ文書デ−タを保存してなかったのにい!キ−ッ!」
「見出しに使う写真の現像まだだっけ?一年生、確認しといでっ」
上級生に怒鳴られて、どたどたと一年生が部室の外へ猛ダッシュして飛び出していく。
うわさによると、新聞部の一年生たちは入部したてはどんなに足がのろくても、このような使われ方が日常茶飯事であるため、並のスポ−ツ選手よりも走り込みを重ねることになるらしく、やがて陸上部なみのアスリ−トに成長するという話である。
極度の緊張感とせっぱつまった状況の中で生活するため、どんどん感覚が鋭くなっていくらしいのである。
「一分一秒が勝負、時は金なり」
部室の壁に、額入りで飾ってあるこの言葉を口癖にして、新聞部員たちは地獄の締切りを乗り切ろうとしている。
なにしろ、少しでも手を抜こうとしようものなら───
びゅっ!
「口動かしても、手は休めない」
部長専用の机に陣取って、目まぐるしいスピ−ドで右手のペンを動かしながら、左手一本で愛用の木刀”修羅王”を一振りしたのは弥生であった。
そのものすごい音で、一瞬部員たちの背筋がびくんと伸び、次の瞬間にはまた気を取り直して仕事にとりかかる。
半ばヤケになっているその様子は、見ていて涙ぐましい姿でさえある。
「もうイヤ、こんな生活」と、すべての部員が思うのだが、誰もはっきりと退部を言い出さないのは、弥生の恐ろしさの他にもう一つ理由があった。
半べそをかきながらペンを走らせる部員の顔の横に、ふわっ、とコ−ヒ−のいい香りが漂う。
「はい、どうぞ。みんな、もう少しだからがんばってね」
にこっ。
ふと顔を上げると、そう言って優しい笑顔で励ましてくれる天使のような上級生がいた。
この修羅場のただ中にあって、唯一心を和らげてくれる人物、
“霧原由紀”
彼女は、彼ら新聞部員にとって唯一地獄に仏ともいえる存在であった。
弥生の恐ろしさは仕事のペ−スを向上させるものがあるが、由紀の入れるスペシャルコ−ヒ−と、
「がんばってね」にこっ。
の霧原スマイルもまたやる気を起こさせ、半分狂いそうな精神状態を元へ戻してくれるのであった。
弥生の恐怖と由紀のあたたかさ、そしてその後にやってくる仕事をやり終えた充実感───
この味を覚えてしまった部員たちは、あれほど苦しくつらい締切り前の修羅場にあっても、なかなか退部しようという気持ちにはなれないのであった。
がんばってね、がんばってねと由紀が部員の間を回っていく。
「はい、どうぞ」
「いや−、相変わらずこのコ−ヒ−の味は格別でござるな」
「本当ホント、この緊張感の中でほっと一息つけるって感じがたまんないよね」
「ちょっと待て」
窓から差し込む柔らかな日を浴び、のほほんとコ−ヒ−を味わっている陽平と明郎の間に木刀を割り込ませて、二人の背後に弥生が立った。
「何であんたらまでコ−ヒ−飲んでるのよ?」
噴火直前の火山が、低く地鳴りを響かせているのが背後に見えるような迫力で、二人を上からにらみつける。
「ドアの貼り紙、見えなかった?」
ささやくような口調とは裏腹に、弥生は猛烈に怒っていることが感じられる。
陽平と明郎はコ−ヒ−カップを握りしめた手を硬直させ、互いに顔を見合わせた。
「ドアのところ・・・で、ござるか・・・」
「いけないな──最近目の疲れがはげしくてね、寝不足がたたってるんだと思うけど、そろそろメガネも換えた方がいいかもなあ」
ぐ−っとコ−ヒ−を飲み干して、わざとらしく明郎が首を振りながらため息をつく。
そのとたん。
ぴきっ!
と、短い音がして、明郎は思わず身をすくめた。
見ると、手にしたカップが柄の部分しか残っていない。
「ひええ〜っ!」
目を見開いた明郎の鼻先に、修羅王の切っ先に乗せられた、柄のないカップが突き出された。
一瞬の早業で、弥生の木刀がコ−ヒ−カップを切り落とし、地に落ちる寸前に再び木刀で受け止めたのであるが、明郎には今の動きがまるで見えなかった。
「トボけたこと言ってると、こうなるよ?」
それを聞いて、明郎は祈りを捧げるように手を組んでイヤイヤと顔を振る。
その様子を見た新聞部員たちの動きが止まり、次の瞬間には青ざめた顔で仕事を再開した。
何気ない日常の中で、凄まじい技をさりげなくやってのける女部長の姿を脳裏に焼き付け、今改めて「この女には逆らうまい」と彼らは心に誓うのであった。
「──ったく、今回の事件についての特集新聞を出すってんで、見てのとおりムチャクチャ忙しいんだからね。ジャマになるからとっとと出てけ!」
木刀をびっと突き出し、腰に片手を当てて弥生が牙をむいてみせる。
「まあまあ弥生どの、落ち着いてほしいでござるな。オレたちは無意味にこの部屋にたむろしている訳ではないでござる、ちゃんと理由があってのことでござるぞ」
目の前に突きつけられた木刀を横へのけながら、陽平が表情を引き締める。
「理由って何よ?」
「新聞部の女の子には、可愛い子が多い」
「理由になるかっ!」
真剣な表情できっぱり言った陽平の脳天に、弥生の木刀がまともにめり込んだ。鮮やかな面打ちであった。
が、
「むむっ?」
弥生は目をむいた。
ブロックをも砕く一撃を食らい、陽平はひっくり返ったカエルのように床にのびたはずだった。
しかし、床にあるのは陽平の上着だけである。
それを拾い上げて弥生はつぶやいた。
「変わり身の術か・・・陽平、腕をあげたわね──」
ちらりと視線を上へ向ける。
そこには、天井にへばりついている陽平の姿があった。
「危ないでござるな、弥生どの!今、本気だったでござろう!」
逆さまになりながら、陽平が不満の声をあげる。
つかむところなど何もないはずの天井に、どうやってはりついているのだろうか。
「うるさい!殴られるのがイヤならとっとと去れ!──あああ、こんなことしてる間にも貴重な時間がああ──」
「そうだ、貴重な時間が流れていく」
窓際にもたれて、じっと校庭をながめていた一郎が口を開いたのはその時だった。
はっとして弥生、陽平、明郎が振り向く。
「何だかんだいっても、ここが一番学園内じゃ情報が集まるところだからな、弥生、お前が何を言ってもオレはいさせてもらうぞ」
あくまで視線は窓の外を向いたまま、一郎はつぶやいた。
兵藤とやりあった際のケガはまだ残っている。
目じりや唇のはしにはバンソ−コ−、左腕は包帯で釣ってある状態だ。
それでも化物じみた回復力を持つ一郎だからこそ、たった五日間でここまで動けるようになったと言える。
常人ならば絶対安静の状態であったろう。未だにベッドの上で、うんうんうなっているのが普通なのだ。
しかし、一郎にとってはケガの痛みよりも、無駄に一日が過ぎていく事の方がつらいらしい。
もちろん、それは弥生、陽平、明郎らにとっても同じことであった。
────和美の行方が判らない。
あれだけ派手な誘拐であったにもかかわらず、どこへ連れ去られたのか、まるで判らなくなっているのだ。
とりあえず、事件の翌日には警察がやってきて現場検証を行っていった。
しかし、人数的にいえば大がかりな検証だったが、内容的にはあまり緻密な捜査とはいえず、学生たちの目から見ても形だけのものと判るものであった。
校庭に残されていたバイクや戦車のスクラップなども、手掛かりになる品であるとしてトラックで運んでいったが、その後捜査が進展している様子はまるでない。
やる気があるのかないのか、あまり頼りにならない状況である。
ただ、どうして警察の動きが鈍いのかという理由については、一郎たちにも心当たりがある。
────恐らく、FOSが警察に対して何らかの圧力をかけたのではないか?
これまでの経過を総合して考えれば、決してまともな連中ではないし、その上並の規模の組織でないことも、日の目を見るよりも明らかなことだ。
武装ヘリや戦車などという軍事設備を保有する集団である。話は国レベルにまで発展するのではないだろうか。そんな連中であれば、警察の動きを抑えることぐらい充分有り得る話だろう。
ただ、真相は全く逆の話かもしれない。
というのは、
警察を抑えたのは他ならぬ斎木学園側であるかもしれない、ということである。
“学園内では学生たちが主役である”
“学生たちの自主性を第一に”
というのが理事長のモット−であるらしく、そのため教師たちも、生徒に対して口うるさく指導するようなことはこの学校では見かけない。
何かしらの問題が発生しても、生徒だけの力で何とか解決していくのがこの学校の校風である。事実、そのやり方で今まで不都合が生じたりしたことはなかった。
今回も、自分たちだけでこの苦難を乗り越えてみなさいとかなんとかいう理由で、理事長あたりが警察に働きかけた可能性も考えられる。
たかが私立高校の理事長あたりに何ができると侮るなかれ、そこはそれ、なんといっても斎木学園である。
理事長もまた、ただ者ではないらしい。
とはいえ、別に手助けをしてくれる訳ではないので、頼りにならないことには変わりない。
────誰もあてにできない。
自分たちの力でやるしかないのだ。
ぎりりっ。
我知らず、一郎が歯がみする。
「あわててもダメだぞ、一郎」
明郎が声をかける。
「ああ」と一郎、親指の爪を噛みながらつぶやく。
「判ってる、しかしな、省吾だってあれだけのケガをしていながら出かけてったんだぞ。とてもおとなしくしてられねえよ」
────沖田省吾。『笑い猫』と呼ばれるテレポ−ト能力者は、兵藤に目をえぐられ失明してしまい、一郎以上の重傷を負ったにもかかわらず、少し目を離したスキにベッドからいなくなってしまったのだった。
きちんと布団がたたまれたベッドの上には、一枚の書き置きだけが残されていた。
“和美さんのボディガ−ドを引き受けておきながら、なす術もなくさらわれてしまったことに対して、プロとして申し訳の言葉もありません。
一刻も早く和美さんの所在をつかもうと思います、朗報を待っていて下さい。 ────省吾 ”
簡単な文章だったが、これを読んだ一郎は穴があったら入りたい心境だった。
一郎自身も和美と約束したのだから。
「何があっても、守ってやる」と、
そう言い切った次の日には、その約束を破ってしまったのだ。
男として最低だと、自分の不甲斐なさに一郎は思い悩んでいた。 その上、突然現れた父親から、和美が実は妹であるなどという突拍子もないことを打ち明けられて、すっかり混乱状態になってしまった。
事件の翌日、一郎は改めて父と話した。
「オレに妹がいることなんざ、今まで知らなかったぞ。どういう事だ」
つめよる一郎に対して、父相沢乱十郎はこう答えた。
「知らなかった訳じゃない。洗脳して、和美と母さんの記憶を忘れさせたんだ」
そう言って、乱十郎は煙草に火をつけた。
「何のために?」
言いながら一郎は、そういえば自分がガキの頃の思い出があやふやな事に気づく。
細かいことをまるで気にしない性格のため、今まで悩んだこともなかったが、物心ついたときには父ひとり息子ひとりの生活を送り、それが当たり前のことだと感じ、母親がいないことについて疑問に思ったり、それを口に出して父にたずねた事もただの一度もないのであった。
よくよく考えれば、それがいかに異常なことであるかが判る。
乱十郎は幼い一郎に対して精神操作を施し、母と妹の存在を記憶から消したばかりか、二人の事を考えにのぼらせることすら封じたのであった。
何故そこまでする必要があったのか。
「何でそんなことしたんだよ?」
もう一度、一郎は父にたずねた。
「それは、お前たちを守るためだ」
煙草の煙を吐き出しながら、先日口にした事と全く同じセリフを乱十郎はつぶやく。
「あの時、オレとお前らの母さん・・・アンナと話し合って決めたことだったんだ──」
そう言って、乱十郎は少し目を細めた。
「お前らのおふくろは、とびきりいい女だったぞ」
「昨日も言ったけどなあ、親父、てめえの説明じゃ全然話が見えねェんだよ。もっと判るように言ってくれ」
一郎が不満気にぼやく。
「アホ、細かく話したらせっかく記憶を封じたことが無駄になるじゃねえか。お前らが覚えてないってとこにポイントがあるんだよ」 結局、いくら問い詰めても肝心な部分は乱十郎から聞き出すことはできなかった。
そんな態度は一郎にとって、ないがしろにされているようで気分のいいものではない。
ただ、乱十郎は別れ際にこう言い残していった。
「あの時、お前らの記憶を封じてオレとアンナが別れたのは最善の策だったと思ってる。お前と和美が、たとえ今までつらいさびしい人生を送ってきたとしても、それでも人間として暮らしてこれたはずだからな──」
少し、乱十郎は優しい目をしたようだった。
「できれば、もう少し人並みの人生を歩ませてやりたかったが───それも終わりだ、敵はもうオレたち家族を見逃しちゃくれない。しかも、オレとアンナだけではかばいきれないところまで来てるんだ。アンナが和美をお前に合流させたのがその証拠だ──」
乱十郎はそう言った。
「アンナがどんな方法で和美を守ってきたのか、実はオレも知らない。ただ、その身に何かがあったことだけは間違いない」
「死んだのか!」
顔も覚えていない母を想い、一郎は叫んでいた。
乱十郎は首を振った。
「それは判らん。連絡が取れなくなったのは確かだがな」
ざわわっ。
一郎の髪が逆立っていた。怒りのためだ。
「いずれにせよ、一郎、お前はこれから気持ちを入れ換えなきゃならん。この先ずっとお前は追われる身になるんだからな。今回みたいな騒ぎは日常茶飯事という暮らしが待っているぞ、そして──二度と負けることは許されない」
一郎の顔に、まっすぐ伸ばした人指し指を突きつける。
「なぜなら、お前には守るべきものができたからだ」
びくっ。
その言葉に一郎は身をこわばらせた。
「お前を頼る奴ができたからには、お前の命はお前だけのものではなくなったんだぞ。お前が負けた時は、そいつの身に災いがふりかかる」
乱十郎、一郎の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「お前は覚悟ができるか?」
「覚悟?」
「そうだ、”二度と負けない覚悟”だ」
ぎりりっ。
一郎は歯がみして、火を吹くような目つきで乱十郎の顔をにらみ返した。
「あたり前じゃねえか・・・くそ親父・・・」
感情が昂った一郎の声は、かすれ声になっていた。
父親の胸ぐらを掴み返す。
「オレは約束したんだ、守ってやるってな!何がなんでも約束は果たす!」
きっぱりと一郎は言い切った。
喰いつきそうな一郎の形相を見て、乱十郎は何とも言えない複雑な笑みを口元に浮かべた。
「そうか」
一言つぶやくと、乱十郎は一郎から身を離した。
「言ったな」
ポケットから新しい煙草を取り出し、口にくわえる。
火もつけずにブラブラさせ、しばらく無言で一郎の顔を見つめていたが、やがてそのまま何も言わずに、くるりと後ろを向いて歩きだした。
「それだけのタンカ切れりゃ上等だ。──和美のことはお前に任せる」
「親父──?」
すたすた離れていく背中に、一郎は声をかけた。
乱十郎も足を止める。
「いいか一郎、最後にひとつだけ教えておいてやる」
背中を向けたまま、ささやくように語りかけてくる。
「この相沢乱十郎はな、誰か守るべき人のために戦って、負けたことは一度もない」
ぐっ。
一郎は拳を握りしめた。
「てめえはそのオレ様の息子だぜ、口先だけで結果の伴わないようなカスにはなるんじゃねえぞ」
ぶっきらぼうに言い捨てて、父は二度と振り返ることなくいずこへか去っていった。
きりきりと唇を噛みしめて、一郎はその背中を見送った。
それから部屋へ戻ってみたら、省吾の姿も消えていたのである。
取り残されたような虚脱感を感じた。
「あれから四日が過ぎるか──この分じゃ、今日も収穫なしかもね──」
弥生も窓の外を眺めてつぶやく。
「一郎のお父さんからはあれから連絡ないの?ここから出てどこへ行ったのかしら。そもそも仕事は何やってる人なのよ?」
「親父の仕事はフリ−のカメラマンで、世界中を巡りながら難民の様子や、戦場の様子を追っかけてる──と、オレは聞かされてたんだがな、ここしばらくはロクに顔を合わせた事もなかった」
「しばらくって?」
「最後に会ったのは中学卒業の時だったかな。その前は中一の夏休み」
「実の親の顔をも忘れそうな生活環境でござるな」
それだけ肉親とかけ離れた生活をしているならば、洗脳などしなくても家族の事を忘れてしまったかもしれない。
しかし、今までの人生で、一郎の身を狙う組織が現れなかった所をみると、両親の策は成功していたと言えよう。
その分、乱十郎は一郎の知らない場所で、息子をかばうための戦いをしてきたのだと思われる。
そして息子と会う時には、その凄まじい人生をみじんも感じさせず、ただの放浪親父として振る舞ってきたのだ。
────親父は強い。
今、一郎は感じていた。
そして、強く思う。
“強くならねば”
親父よりも、誰よりも。
今でも一郎は常識離れしたパワ−を持つ超人である。肉体的に見れば『強い』といえよう。
しかし、今一郎が求めているのはそれとは違う意味での強さであった。
言葉ではうまく言い表せないもの。
だから、単純頭の一郎は一言で、
“今よりもっと強くなりたい”
と、念じるだけだった。
『強い』ということが、どんなことか判らない。
ただ判っているのは、今の自分には何か足りないものがある───ということである。
一郎は自分の手のひらをじっと見つめた。
強く、握りしめる。
────その時、
「あの〜、相沢一郎さんいますか──?」
白衣を着た一年生が、おどおどしながら新聞部の部室をのぞき込んだ。
「玉置部長が、例のものができたので呼んでくるようにと」
「例のもの?何だい?」
首をかしげる明郎。
その後ろで窓の外を見ていた一郎が振り向いた。
「よし判った、すぐ行く」
「?」
弥生、陽平、明郎の三人は話が見えず、顔を見合わせた。




