斎木学園騒動記5−2
「あんた、まさかFOS?」
緊張しながら問いかける弥生を見て、男はくっくっとのどを鳴らした。
薬で眠っているはずの一郎が目を開けたのはその時だ。
「FOSだとォ!」
がばっと身を起こすと、途端に全身に激痛が走った。
くう、と苦鳴をもらす一郎を見て、男はげらげら笑い出した。
その笑い声を聞いて、省吾はその男の正体が判った。
同時に、一郎も男の正体に気づいた。
「・・・てめえ」
傷口を押さえつつ、一郎は男をにらめつける。
にっと笑って、男はサングラスを外した。ジャン・ポール・ベルモントそっくりな顔のおっさんであった。それを見て、一郎の目に不思議な色が浮かんだ。
「くそ親父じゃねえかっ!」
一郎は傷の痛みも忘れ、ベッドの上に立ち上がっていた。
窓の外で一郎の父、相沢乱十郎は頭をぽりぽりと掻いていた。
「いいザマだなあ、一郎よ、それに省吾も」
乱十郎は言った。
「何だぁ? てめえ省吾と知り合いか? それに、何しにここに来やがった!」
「俺が“黒い風”のリーダーなんでな、省吾と沢村のことをよく知ってるのは当たり前だろうが、そして、何でここへ顔を出したかってのはな・・・」
ひょい、と乱十郎は下足のまま窓を乗り越えて、医務室の中へ入ってきた。すたすたと一郎に歩み寄る。
「てめえをぶん殴るためだ」
言いざま、乱十郎の右のパンチが一郎の顔をとらえていた。
本気の一撃だった。
一郎の身体が大きく吹っ飛び、ベッドから転げ落ちた。
「な、何しやがる!」
今の一撃も効いたが、それよりも一郎は親父の一言に驚いていた。
“親父が黒い風のリーダーだとお?”
「何しやがるもへったくれもあるか、あーっさりと和美を連れてかれやがって」
「何ィ、てめえ和美の事まで・・・」
乱十郎は肩をすくめて首を振った。
「当たり前だろーが、自分の娘を忘れてたまるかよ。一郎、お前まさか自分の妹を忘れたのか?」
─────一郎の頭の中は、しばらく真っ白になった。
「・・・何だと?」
目を点にして口をぽかんと開いた一郎、状況がいまいち理解できない。
「和美がオレの妹だあ??」
そりゃ確かに、名字が同じなのは気にはなっていた。
初めて会った時にも、何かを感じとったりはしていたけれども・・・・
「だってよ、和美だってオレのこと兄貴だなんて言わなかったぜ?」
と言う一郎に、乱十郎は片手で頭を押さえた。
「かーあ、ったくお前らそろいもそろって間抜けだな。いくらむかしの記憶を封じたからっていっても、実の兄妹ぐらい区別ができねえものか?」
言ってから乱十郎はまずい、と手で口を押さえた。
一郎の目が細まったからだ。
「親父ィ、記憶を封じたってのはどういうこった? それに大体何でてめえが黒い風とかのリーダーなんだ? 今まで知らなかったぞ!」
一郎は牙をむいて乱十郎につめよった。
「記憶を封じたのはお前ら二人を守るためだ。昔、どうしてもお前らを守りきれないって事件があってな、その時、お前らの母さんが提案したんだ。お前らの記憶を封じて、日本へ送ってしまおうってな。当時はアメリカにいたんだ、お前が小学校にはいる前だな。
母さんはこうも言った。どうせなら別々になっていた方がいい。あなたが一郎を、私が和美を、それぞれが責任もって見守ることにしよう。・・・・そしてオレたちは別れて、今に至るという訳だ。しかし、結局FOSは和美に目をつけてちまったか」
計算違いを見つけたように、乱十郎は首を傾げた。
「全然判らねェよ親父、FOSってのはいつからあったんだ? 和美をさらって何をする気なんだ!」
一郎は乱十郎にくってかかった。
「やつらは一九四四年、第2次世界大戦中にはもう存在した・・・・あとの質問にはノーコメントだ、時間がない」
「何をあわてているんだよ」
「もちろん和美を助けに行くに決まってるだろうが、早くしなけりゃあいつ、洗脳されちまうだろうからな」
乱十郎の言葉に一郎は唇をかみしめた。構わず、乱十郎は部屋から出ていこうとした。
「待ってくれ親父、和美はオレが助け出す。オレにやらせてくれ!」
父の背に向かって一郎は叫んだ。
「駄目だな」
振り向きもせず、乱十郎は言った。
「一郎、おまえはもう自分の身を守る事はできるだろう。だが、他人を守るのはそれよりずっと難しいんだ。今回の事で身にしみただろう? まあ、それはそれでいい、さらわれたって和美のことだ、そうやすやすと利用されたりはしねえさ、俺の娘だからな」
そう言って、にやりと笑う。
「親父、オレにやらせてくれ!頼む」
乱十郎は答えない。
「どうしても駄目だっていうなら、てめえを殴り倒してでもいくぜ」
低くつぶやいた一郎の髪が逆立った。乱十郎は後ろを向いたまま、
「面白い、やってみろ」
と言った。その途端、雄叫びをあげて一郎は殴りかかった。
背を向けた乱十郎の後頭部に、パンチがめり込む。
と思った瞬間、一郎の身体は開いた窓から放り出されていた。
さすが乱十郎は一郎の「父」である。 強い。
外の地面に叩きつけられた一郎に向けて、乱十郎は窓から跳んだ。寝っ転がった一郎にたたみかけるように攻撃する。
ギリギリ一郎はよけた。
地面を転がりつつ、一郎は舌を巻いた。兵藤なんてもんじゃない。乱十郎の強さは一郎をはるかに凌いでいる。
どうにも反撃のしようがないのだ。悪ければ最初の一撃で失神していた。
スピードもはるかに上である。
乱十郎の蹴りが一郎の腹にめり込んだ。まるでサッカーのシュートを見るように一郎の身体が吹っ飛び、校舎の壁に叩きつけられる。
ずるずると一郎は崩れ落ちた。どだい、動き回れる体調ではないのだ。
その一郎めがけて乱十郎が走る。とどめとばかりに、飛び蹴りをくらわせた。
「くっ!」
間一髪、一郎はその蹴りを上に流してよけた。
壁にめり込むほどのすさまじい蹴りだったが、乱十郎の顔面にわずかなスキができたのを一郎は見逃さなかった。
満身の力を込めたパンチを叩き込むと、乱十郎の身体が大きく宙へすっとぶ。
「やったか!」
一郎、会心の一撃であった。
しかし、乱十郎はきれいに宙返りをして、地面に降りた。
こきこき、と殴られたあごをマッサージしながら、その顔は満足そうに笑っていた。
「ふん、まあまあ強くなったな、一郎よ」
一郎は仏頂面であった。ばかにされていると思ったのだ。
ふふん、と乱十郎は片方の眉をつり上げた。
「やってみるか?」
「あぁ?」
一郎は最初、その言葉の意味が判らなかった。
「お前の力で和美を助け出してみるか、と聞いてるんだよ」
「親父・・・それじゃ・・・」
目を輝かせる一郎を見て、乱十郎はくっくっとのどを鳴らした。
「自分の不始末は、自分で責任とらなきゃいけねえよなあ。これが、俺の息子に対するしつけだ」
にやり、と笑って片目をつぶる。
「ありがたい! 親父、礼を言うぜ」
一郎の顔にもあの、ふてぶてしい笑みが戻ってきた。
燃えるような瞳。
知らず知らずのうちに、一郎は牙をむいていた。
納得出来ないことは、まだまだ多すぎる。今度の事件は判らない事だらけだ。
だが、とりあえずそれは後回しだ。くよくよ悩むのは一郎の性分じゃない。今、頭の中にあるのは巨大な敵を打ち破ることだけだ。
和美ィ待ってろよ、オレが必ず助け出してやるからな。
謎の組織“FOS”。
「一郎、FOSは手強いぞ、倒せるか貴様に?」
乱十郎が聞く。
「おお、やってやる! 相手がどんなに強大でも、必ず和美を助け出す!」
それは新しい一郎の決意であり、その言葉に込められた「力」にその場にいた者は共鳴を起こした。
今まで黙って相沢親子のやりとりを見ていたが、金縛りが解けたように言葉が出た。
「一郎、オレたちも手を貸すぜ、親友だもんな」
と、明郎。
「そう、大丈夫でござるよ、天下無敵の斎木学園・相沢一郎ここにあり」
と、陽平。
「その通り、大体悩むなんて器用な真似、あんたにゃ似合わないっての」
と、弥生。
一郎は仲間の方へ振り返った。
省吾、『笑い猫』と呼ばれる少年も、にっこりと微笑んでいた。
「オレも忘れちゃ困るなあ」
一郎は一人一人の顔を見回した。
「よおっし、お前ら、オレたちは絶対に勝つぞ!」
おおっ!と力強い掛け声があがった。
その通り、斎木学園は二度負けない。
─────そして、相沢一郎も。