盗賊・3
「迷子にでもなりましたか?」
男を火のそばまで促した後、男が落ち着くのを待って、旅人が尋ねました。
「そうなんだ。森の中をずっと一人で彷徨ってたら、ここの明かりが見えてね。暗いし寒いし心細いし、本当にどうしようかと思ったよ」
「災難でしたね」
旅人は、リュックから新しく取り出したカップにお茶を注ぐと、男に差し出しました。
「ありがとう」
礼を言って、男がカップを受け取ります。
熱い中身が湯気を立ち昇らせて、周囲にトウモロコシの柔らかな匂いが広がっています。
カップを受け取った男は、すぐに口を付けようとはしませんでした。
なにやら思い詰めたような顔で、じっとカップの中を見つめています。
「別に毒なんか入っていませんよ」
自身のカップを傾けつつ旅人が言いました。
「いやっ、ごめんっ。そういうわけじゃないんだ。そういうわけじゃ……」
慌てたように男が取り繕います。
「なんか、あったかいなぁと思って……。こんなに温かいものは久しぶりな気がするよ」
困ったように小さく笑うと、男はまたカップの中に目を落としました。
旅人は何も言わず、またカップを傾けました。
その隣では、黒猫が退屈そうに大きなアクビをかいていました。
パチパチと焚き火の鳴らす音だけが聞こえる静かな時間が流れます。
ややして、
「僕はこの先にある街に行く途中なのですが、あなたはその街の方ですか?」
旅人が尋ねました。
男は小さく横に首を振りました。
「俺の街はこの先の街じゃない。ここからだとちょっと遠いかな。あっ、でも、その街に用があってここまで来たんだ」
「……そうですか」
少しだけ男を眺めたあと、旅人はなんでもない事のように返しました。
「あ~、それでなんだが……。もし旅人さんさえ良ければ――」
「勿論、ご案内しますよ」
「本当か!? ありがとう! 助かるよ。ほんとに」
感極まったのか、男がやや前のめりになって旅人に感謝の言葉を延べました。
あまりに男が感謝するので、旅人はちょっとむず痒い気持ちになると同時に、その様子が少しおかしくて口元を綻ばせました。
そうしたあと、旅人は少しだけ真面目な顔に戻して言いました。
「出発は明日の朝、陽が完全に昇りきってから街に向かいたいと思います。それで構いませんか?」
「ああ」
男が頷きました。
「ところで、気になっていたのですが、あの黒猫はあなたの猫ですか?」
言って、男は自分の事をじっと見つめる黒猫に視線を向けました。
真っ直ぐ自分を見つめる黒猫は金色の瞳を持っていて、揺れる焚き火の灯りも相まって宝石のように輝いて見えます。
黒猫の瞳を惚ける様に見ていた男の様子に、得意そうに黒猫が小さくノドを鳴らします。
黒猫は、自分の美しい瞳が大好きだったので、男が見惚れた事が嬉しかったのでした。
「僕の、というより勝手に着いて来ている、と言うのが正解ですね。彼は薄情なので小枝拾いくらいにしか役に立ちませんから」
旅人の言葉に、黒猫は得意気だった顔を僅かに曇らせ、尻尾でペシッと旅人の体を叩きました。
「事実じゃないか?」
当然の様な顔をして旅人が言います。
腹を立てた黒猫は、プイッとそっぽを向いてしまいました。
「ははっ。面白い猫だ。まるで人の言葉が分かるみたいだ」
男が笑いました。
「ええ。一丁前に」
それから二人は、男が聞きたいと言うので少しだけ旅人の旅の話をしてから眠りにつきました。