09 メイド騎士
時は少し遡る。
窓を閉じ元のように鍵をかけた私は、次なる扉の前で仁王立ちをしていた。
次なる扉。それは、クローゼットと名のつく未知の世界である。
部屋の清潔さと先程の新品の本を見る限り虫が湧いている、なんてことは無いだろうがやはり少し怖い。
意を決して取手に手をかけ、ばんっと開いた。
けれどそこには何も無く、ただぽっかりと空間だけが広がっていた。
……次にあの近侍が来たらここに隠れようかな、なんて考えが浮かぶ。
その時だった。
コンコンコン、と丁寧なノック音。誰かが来たらしい。今度は誰だろう、いっそ本当に隠れてしまおうかとも思ったが、ちゃんとノックをしてくれているのに隠れるのは失礼だ。
私が会いたくないのはあの近侍だけ。別人格であろうと今彼に会うのはちょっと嫌だな…どうか彼でありませんように祈りながら返事をする。
「はっ、はい!」
声をかけるも入ってくる様子がない。何かいけなかっただろうか、と思いつつ「どうぞ…?」と言うとやっと扉が開かれた。
ちらり、と除くように部屋に入ってきたのは薄い金色の髪を長く伸ばし、毛先でふわりと巻いた大人しそうな少女。洋風の風呂敷のようなものを抱えている。
カツン、という音が響く。
かかとを揃え、背筋を伸ばし、そして敬礼をする。
「はじめまして!私はこの度貴方様の身の回りのお世話をさせていただくことになりました、白薔薇聖騎士団員兼メイドのニーネであります!よろしくお願い致します!」
そしてザッという音が聞こえそうな勢いで頭を下げる。大人しそうに見えたのはどうやら外見だけのようだった。
だがこちらももう負けてはいられない。
「あっ、は、はい!こちらこそっ…よろしくお願いします!」
そして勢いよく頭を下げる。
あの近侍の顔が浮かぶ。
脳内では、第一印象!第一印象!という言葉が警報の様に響いていた。
「そんな、おやめください聖女様!」
顔を上げるとニーネなる少女は服の裾が床に着くのもものともせず、手を胸に当て跪く。
「私たち白薔薇聖騎士は聖女様に絶対の忠誠を誓う身。頭を下げるような事はなさらないでください。」
と言い、顔だけ上げ微笑む。
……信じられるか。
それが私の中に浮かんだ最初の言葉だった。
彼女には申し訳ないが、そうやすやすと信じられるほど、私の心は広くない。
それもこれも、あの近侍が原因だ。彼とニーネとでは対応の仕方に天と地ほどの差があり、どう接すればいいのかさっぱり分からない。
姿勢、口調、表情。
どう考えてもニーネのほうが好感が持てるのだが。
…逆に、何を考えているのかわからない不気味さがあった。単に私が人間不信になっているだけなのかもしれない。だとすればそれも原因は自らを近侍と言ったあの男だ。
ともかく返事をしなければ始まらない。
「はい……」
「わかって頂けたようで何よりです!」
そう言ってニコッと笑い、何を言わずとも立ち上がったニーナを見る。すると抱えていた風呂敷を私に見せながら訳の分からないことを言い始めた。
「実はお召し物をお持ちしたのです。今晩は貴方様の生誕祭として晩餐会を執り行う予定となっております。ですので、堅苦しい正装はやめてドレスなどいかがでしょう?」
…ちょっと待って。
生誕祭?私の?
頭が痛くなってくる。
そんな私をよそに、ニーネはせっせと荷解きを始める。そして持ってきた服をベッド上に広げた。
「どうですか?聖女様。気に入って頂けるといいのですが……」
そのドレスは素人目でもわかるほど素晴らしかった。淡い青と白が混ざりあった優しい色合い。ふんわりとして薄いのに弾力を感じさせる絹のような素材。それが何重にもかさねられている。極めつけは決して派手でなく、清楚に抑えられた金の装飾。
…装飾はやはり、薔薇だったのだが。
少し苦笑いを浮かべつつ「素晴らしいと思います」というと「そうでしょう!」と笑顔が返ってきた。
「絶対に似合うと思ったんです!早速着替えましょう!」
え?
小さく漏らした声がスイッチの入ったニーネに届くはずもなく、私はなすすべなく着せ替え人形となったのだった……




