10 冒険の手続き②
「研修プログラム?」
冒険者組合で聞くにはかなり業務的なその単語に首を傾げていると、職員が頷いて話し始めた。
「はい。いきなり冒険者と言われても、実際何をすればいいのか分からず戸惑う方が毎年数多くいます。
その為、組合が去年から採用しているシステムで、一週間だけ組合の監視の下で冒険者の活動をして貰おう、という内容のものが存在するのです」
「な、なるほど?」
「具体的には一週間組合から出されるクエストや講習を受けて貰って、冒険者に必要な基礎知識を手っ取り早く身に着けて貰おう、という話です。
これを受けられる場合、手数料として1500リン必要になりますが、宿泊部屋の提供と食事が朝と夜の二回分用意されています。
費用は掛かりますが、実際多くの冒険者が受けられていますし、いかがでしょうか?」
話を聞くだけだと、所謂新人研修のそれに似た感じの事を冒険者でもやっている様だ。正直右も左も分からない俺に寝床と食事を提供して貰えるのは非常に有難いので、二つ返事で受ける事にした。
巾着から銀貨二枚を払い、職員から大きい十円玉の様な銅貨を五枚お釣りとして受け取る。
「はい、では研修プログラムに登録という事ですのでこの書類にサイン……は書けないんでしたっけ。代わりに書いておきますね」
親切心なのか、俺が言いだすよりも先に職員が代筆を申し出てくれた。
善意で行動してくれている人の前でこんな事を考えるのは失礼なのかもしれないが、読み書き出来ない今の俺って書類詐欺に簡単に引っ掛かりそうだよな。
真面目な話、早く読み書きが出来る様にならないと生きていく上でマズいのかも知れない。後でそういうスキルが無いかポイントカードで調べておこう。
「……はい、これで組合と研修の登録が終わりました。今後の流れを説明する為に、一旦受付まで戻りましょう」
書類と水晶玉を手に持ち立ち上がった職員の後に続き、再びカウンターまで戻って来る。
カウンターの裏に一旦引っ込んだ職員は、今度は大きめのリュックサックを持って俺の前に現われた。
「それは?」
「こちらは組合加入特典の初心者冒険者用セットになっています。リュックサックの中には捕縛縄、剥ぎ取り用ナイフに極小の魔法鞄が一つ入れられています」
「魔法鞄?」
「魔法鞄とは魔法によって中を別空間へと変化させた鞄の事で、収納量が増えるのと、入れた物が形崩れしない事から冒険者御用達のマジックアイテムとなっています。
稀に収納魔法という非常にレアな魔法を覚えられる方がいて、そう言った方はこれを必要とされないのですが……」
「……あぁ、自分は習得していないですね」
「かしこまりました。ではこちらはそのままお受け取り下さい」
カウンター越しにリュックサックを受け取ると、思いの外ずっしりとした感触が手に伝わってくる。後で必ず中身の確認はしておかないとな。
「そしてこちらが宿泊部屋の鍵となります。宿泊施設は組合を出て左手の隣接した建物ですので、まずはそちらをご確認して来て下さい。その後、本日の研修内容へと移らせて貰います」
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研修プログラムの七日間は、正直あっという間だった。密度が濃すぎたし、俺の中で常識というものが崩れ去ったように思えた。
一日目。この日はラザニアの街周辺のマップを持たされて、薬草採取の依頼を行った。
薬草といっても目で見て分かるような特徴は無いらしく、実物を持たされての採取訓練だったのでまだ簡単だった。道中何度か猪にタックルされそうになったが、上手く避けながらクエストを達成した。
二日目。この日は薬草採取を朝の内に済ませた後、組合の地下にある訓練場でモンスターとの基本的な立ち回り方の訓練を受けた。
モンスターを発見した際の行動やポーション等の使用タイミング、そして攻撃を受けた際の受け身の取り方など、知っていれば間違いなく役に立つ様な訓練を一日中受けた。ここまでは良かった。
三日目と四日目。この日は昨日と同じ訓練に加えて魔石の採取という訓練も追加された。
魔石という名前だけを聞けば鉱山の壁や地面にでも埋まっていそうな感じがするが、現実はそう甘くなかった。
魔石とは所謂”モンスターの心臓”の事で、それを採取するという事は、死んだモンスターの身体を抉って心臓を取り出す事を指していたのだ。
ハッキリ言おう、メチャクチャ吐いた。だって生き物の身体を捌くんだぜ? 畜産業をやってたのならまだしも、ただの一般人だった俺にはかなりハードなだった。
しかし指導していた職員に「魔石や他の部位の剥ぎ取りが出来なければ冒険者として致命的ですよ」と、何とも手厳しいお言葉を投げつけられた。ちくしょう。
五日目と六日目は武器や防具についての講義だった。
自分の戦闘スタイルを見つめ直し、どういった武器で戦うのが一番効率的なのかを考えるいい機会だったけど、結局剣が一番良いという事になった。防具も動きやすさを重視した物の種類を知れてよかったと思う。
担当の職員がやたらと鞭を勧めてきたのだけど、あれには一体どんな思いが込められていたのだろうか……迷宮入りだ。
七日目。最終日は総仕上げという事で、村があった方とは反対側の森に生息しているフォレストウルフの魔石と牙の納品クエストを受けた。
フォレストウルフは日本で見られる狼よりも一回り程大きな体躯を持つ狼で、見た目以上に素早い動きで敵を翻弄する事で有名らしい。そして何より単独で行動し、緊急時には遠吠えで近くの仲間を呼び寄せる厄介なモンスターだ。
拳による打撃よりリーチの長い剣の方が倒しやすいという話を聞き、事前に組合でアイアンソード(価格:1500リン)を購入してから討伐に向かった。これで巾着の中は空っぽになってしまったが、仕方のない出費だろう。早くルアンさんに返さねば。
森に入ってすぐお目当てのモンスターとは出会えた。習得しておいた索敵スキルのお陰で何となくのモンスターの位置は把握していたので、奇襲される事無くこちらから先手を打つことが出来た。
フォレストウルフの毛は一本一本が針金のように硬く、毛の濃い場所への斬撃は通らない事が多々あった。さらに厄介な事に、身体強化や体術スキルを習得しているのにも関わらず、相手の攻撃が素早過ぎてギリギリ躱すのがやっとな程だった。
思いの外苦戦を強いられる事約三十分。増援を呼ばれる前に何とか倒せた俺は重い体を引きずりながらナイフで牙と、魔石を剥ぎ取っていく。
先に魔石を取ってしまうと身体が溶けてしまい地面に吸収されるので、先に牙を取らなければならない。初心者はこの手順を忘れて素材を無駄にする事が多いらしいので、頭の中でその事を反芻しながら剥ぎ取りを行った。
ここまでは割と順調だったのだが、ピンチを迎えたのは剥ぎ取りを終えた直後だった。索敵に複数体のモンスターが引っかかったのだ。
タイミング的にフォレストウルフなのだろうと思い一度は応戦を試みようとしたが、一体を狩るのですら三十分近くかかるのに五体も六体も相手に出来る筈が無いと思い、即座に撤退した。後ろから獰猛な眼差しを受けた時は流石にヒヤッとしたな。
こうして七日間の研修プログラムを終え、晴れて立派な初心者冒険者となることが出来たのだった。
ただ一つ、どうしてもこれだけは言いたい。宿泊施設で提供された朝食夕食共にメチャクチャ不味かった。本当に地獄だったと言わせてくれ。




