9 冒険の手続き①
ラザニアの街は俺の知識にある異世界の街と全く同じだった。
中世ヨーロッパを思わせるようなレンガ造りの家、石畳の道路、その上を走る荷台付きの馬車。街の人達の服装も華美では無いシャツやズボンといった様子が多かった。
だけど、そんな予想範囲内の光景だったにも拘らず、俺は感動していた。今すぐ叫び出したい程にテンションが高まっていた。
(すっっっっげぇ!!!! 猫耳に狐耳に犬耳、あれはドワーフ!?
おぉ……おぉ!! ここは理想郷か!?)
街中を歩くケモ耳、ケモ耳、ケモ耳……ッ!!
日本、いや地球じゃ存在し得なかった空想上の美女美少女が、平然と街中を歩いているではないか!!
これは由々しき事態、メーデーメーデーメーデー俺の心臓は長く持ちそうにありませんッ!!
「……ライト君がどういった好みなのかは良く分かったよ」
っとどうやら内心で盛り上がっていたのが目線や表情に出ていたらしく、呆れた様子のルアンさんがポツリと呟いていた。バカな、俺の偽装は完璧だったはず……
「いやぁ、ライト君もイイ趣味持ってるな。これは俺と気が合いそうだ、今度一緒に娼館にでも────」
「デラ、下賤な話なら私の居ない所でして」
「おっとこれは失礼」
「ったくデラはいつもその手の話ばかりだね……お、あれが冒険者組合だよ」
苦笑するルアンさんが指差した先にあったのは、他の建物より何倍もの大きさを持つ、二つの旗を掲げる巨大な建造物だった。
中に入ると多くの男女が会話したり、掲示板の様な物を見つめていたり、カウンターの女性と話していたりしていた。よくゲームやラノベなどである様な光景が、そこには広がっていたのだ。
「さて、僕達が案内出来るのはここまでだね。
冒険者組合加入の受付ならこの左手のカウンターだから、そこで話を聞くと良いよ」
「何から何まで本当に有難うございました」
「良いって良いって。お金は僕に渡してくれるか、ギルドを介して渡してくれれば良いからね。
じゃあ、これから頑張ってね」
「ライト君、また今度飲みに行こうな~」
「また朝っぱらからする話じゃないでしょって……ま、程々に頑張りなさい」
「……また」
それぞれから激励の言葉を受け取り、ルアンさん達が上の階に上がっていったのを見送った俺は言われた通り左側のカウンターへと向かった。
カウンターは組合の入り口から見て一番奥の壁側全体に設置されていて、右寄りの三分の二程は人で絶えなかった。
対して残り三分の一の方のカウンターは人が少なく、前者と比べると若い人達の比率が圧倒的だった。
「ようこそ冒険者組合へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
取り敢えず手の空いてそうな職員の所に行き、冒険者組合に登録したい旨を告げると、「少々お待ちください」の言葉の後に奥の扉の方へと消えていってしまった。
少しして、書類やら水晶の様な物やら色々持ってさっきの職員が戻って来た。
「お待たせしました。二階の個室で登録をしますので、私に付いて来て下さい」
職員の後を歩きながら周囲を見て回っていると、カウンターの右側の壁に買取所、左側に依頼書が張り付けてある掲示板がある事が分かった。基本的には一階が仕事場になりそうな気がするな。
二階に上がると一階の賑やかさとは異なり、かなり落ち着いた雰囲気に包まれていた。そもそも人が少ないというのもあるのだろうけど、そこら中個室だらけで立ち話をする様な場所が無い事が一番の理由なのだろう。二階はそういう階だと憶えておこう。
個室の内の一つに職員が入っていったので俺も後から入ると、中はテーブル一つを挟んでソファが置かれただけの、簡素な部屋だった。
「こちらにお座り下さい」
「あ、はい」
先に座っていた職員の対面に腰掛けると、職員はすぐに書類の内の一枚を俺の方に差し出してくる。
聞けば個人情報の記入用紙らしいが、残念な事にこの世界の言葉の読み書きが出来ない俺にはただの記号の表にしか見えなかった。
ただ、その事を伝えると職員は驚きもせず、「では私の方で代筆致しますので、今からする質問に順に答えて下さい」と言ってくれた。こちらの世界では読み書きの出来ない人はそう少なくない様だ。
名前や年齢、出身や組合に加入する動機など、多種多様な質疑応答を繰り返すこと約十分。全ての質問が終わったらしく、職員が羽ペンを置いていた。
出身や今まで緊急時のお知らせ先などはどうやっても答えられなかったので空欄になっている。しかし空欄になっていても別に問題無いらしく、職員曰く最悪名前と年齢さえあれば登録は出来るのだとか。
「では次に、この水晶に触れてみて下さい」
そう言って俺の前に置かれたのは、占いか何かで使われそうな透明な水晶玉。言われた通り手を置くと、水晶玉は内側から濁り始め、透明だったのが真っ白な球体になってしまった。
「これは……」
「これは触れた者の犯罪歴を調べるマジックアイテムで、これが白になったという事は貴方に窃盗、意図した殺人等は行っていない事が分かりました」
「べ、便利ですね……もしこれが白以外だったら?」
「事情聴取をしてから、上の指示に合わせて登録するかどうかの判断を下しますね」
「なるほど」
「それでは登録を始めますね。登録料2000リンを頂いても宜しいですか?」
俺はズボンのポケットに仕舞っておいた巾着から銀貨二枚を取り出し、職員に手渡す。そう言えば初めに受付に行った時から目線が合わないんだけど、何か俺の顔に付いているのだろうか?
「……はい、2000リンちょうどいただきました。ではこの組合証に血液を一滴お願いします」
差し出されたプレートと一本の針を受け取るも、俺は中々行動に移せなかった。たとえほんの少し痛いだけだったとしても、自分で自分の身体を刺すのはメチャクチャ怖い。こんなので怖がっていたら切腹なんて出来ないな、昔の日本人は本当にクールジャパンだぜ。
といってもやらないと話が進まないので、意を決して小指に針を突き刺した。あぁ、涙が零れそうな程に痛かったよ。
じわじわと出て来た血を、貰った金属プレートに落とす。直後、プレートは一瞬だけ強い光を放った後、何事も無かったかのように元に戻ってしまう。
「はい。これで登録完了となります。その組合証は身分証明書になりますので、肌身離さずお持ちください。
それでですが、まず冒険者とここ組合について簡単な説明をさせて頂きたいと思います」
そう言って職員は淡々と話をし始める。
冒険者は基本的には『単発クエスト』と『常設クエスト』の二種類の仕事から好きなものを選んで受注し、仕事を始める。
単発クエストは掲示板に張られていた紙に書かれている依頼の事で、誰かが一度受けてしまえばクエストが失敗しない限り他の誰も受けられないという、一回限りの依頼の事である。
対して、常設クエストは採取依頼や特定のモンスターの素材集めなど、カウンターで尋ねれば何時誰でも受注可能な依頼の事である。
二つのクエストの大きな違いは報酬で、単発クエストの方が数段と良い報酬が貰える。しかし、その分リスクが高まり、失敗した場合組合からの補填は何も無い。常設クエストの方は失敗してもその働きに応じた額を貰えたりする。
また、掲示板は左右に分けられ、右側が高ランクの冒険者用、左側が駆け出しの冒険者用となっている。
次に、冒険者にはランクというシステムが存在し、依頼数やその実力に合わせて昇格、もしくは降格する。
ランクの種類は下から順に灰、紫、青、赤、銅、銀、金、白の八段階に分かれ、灰~青までが初心者、赤~銅が中級者、銀~金が上級者となり、白に至っては怪物呼ばわりされるらしい。過ぎたる強さは罪、か……
因みに俺は灰ランクからのスタートらしく、貰ったプレートの色は灰色である。これもランクが上がる度に色が変化する仕組みらしいので、結構楽しみだったりする。
また、お世話になった『昼花』の人達みたいに、冒険者は基本的にはパーティを組む。基本的には4~5人なのだが、時にはペア、トリオで組む所もあるという。上限は七人組までで、それ以上となると”クラン”という組織を立ち上げる必要があるらしい。今の俺には関係の無い話だ。
組合の三階は組合公認の売買フロアとなっているらしく、そこで売られている冒険者用の商品は、組合証を見せれば割引されるのだとか。一階の買取所が人で溢れていた場合は、ここでも買い取りをしてくれるらしいので憶えておいて損は無いだろう。
二階の個室は職員立会いの下で使用するのが決まりだが、申請さえ通れば冒険者達だけでも使用可能になるらしい。これはまぁ……別に知っておく必要も無いだろう。個室なんてそう使う機会は無いだろうからな。
「……以上で大まかな説明を終わりますが、何か質問等ございますでしょうか?」
「あーいえ、特に無いですね」
「かしこまりました。では最後に初心者冒険者の為の研修プログラムについてお話します」




