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アザレアにくちづけをー4ー

 陛下の御前で頭を垂れながらルーチェは静かに混乱していた。

 確かに此処に来る前、馬車の中で婚約披露と聞いた。陛下の御前とも聞いた。

 でもそれが自分とヴェラノの、とは聞いてない。

 思い返せば可笑しなことはたくさんあった。廊下ですれ違ったやつらの男泣きとか、奥方様の言葉とか。いつもより増して別人すぎる自分とか。

 ……ということは、みんなグルだった?

 そう思い至った瞬間、ブチッと自分の中で何かがキレる音がした。


「ふっざけんなぁああああ!!!」

「ちっ、思ったよりも早かったな」


 王の御前と言うことも忘れて立ち上がったルーチェの耳にヴェラノの舌打ちが届く。


「ヴェラノ!アンタいったいどういうつもりだ!」

「ずっと隣にいろと言っただろう」

「はぁ!?だからいるつってんだろ!

 なんでそれがこんなことになるんだよ!」

「まだ教え足りないか?お前が誰のものかいい加減自覚しろと何度言えば理解する」

「私はあんたのものだけど、あれ?」

「そうだ。お前は俺のものだ。なら問題ないな?」

「うん?問題ない、のか??」

「陛下、失礼しました」


 いいのかな?と混乱するルーチェを横目に、ヴェラノは遠い目をしている国王にしれっと挨拶を済ませる。


「えー、次代の夜闇候とその伴侶に幸多からんことを祈っておる」


 正直もう関わりたくないのでさっさと帰って欲しいという気持ちがにじみ出た国王が戸惑いながら祝福を口にした。


「ありがとうございます」

「やっぱりよくない!!」


 にっこり笑って御前を辞そうとしたヴェラノの隣でルーチェが叫ぶ。

 ギロリと睨み上げた先でヴェラノが小さく息を吐いた。


「ルーチェ、いい加減認めろ。お前、俺の事ちゃんと好きだろ」

「は?」

「俺に触れられるの嫌か?」

「……べつに、いやじゃない」

「そういうことだ」

「でも、だって、」

「俺はお前以外を欲しいと思ったことはない。

 後にも先にも俺の妻はお前ただ一人だ。愛してる」

「~~~~~~っ!」


 混乱と羞恥から振り上げられたルーチェの手をたやすく掴んで頭を下げる。


「では陛下御前失礼いたします」

「ああ、もう好きにせい」


 疲れ切った陛下の声に見送られて気づけば、馬車の中だった。


「……なぁ、ヴェラノ」

「なんだ」

「あたしのこと好きなの?」

「死んだくらいじゃ手放す気はないくらいには愛してるが?」

「……」

「お前は?」

「……わかんない」

「この期に及んでお前は!」


 青筋を浮かべたヴェラノにルーチェは涙目で訴えた。


「だって、だって、あたしは、ずっとアンタの隣にいるつもりだったんだもん。

 結婚しても、あたしの1番はアンタだし、ずっと、ずっと、そうだと思ってたんだもん」


 ずっとずっと、そう思っていた。そうなんだと信じて疑わなかった。


「……はぁ。ルーチェ。よく考えて想像してみろ。

 結婚してもということはだ、俺の隣にお前じゃない女が立つということだ。

 逆もしかりだな。お前の隣に俺じゃない男が立って、俺じゃない男がお前に触れる」

「やだ!そんなの嫌だ!」


 ヴェラノの隣に知らない女が立つのも、自分にヴェラノ以外の男が触れるのも。

 ヴェラノだから、許した。訳が分からなかったけれど、ヴェラノだから嫌じゃないかった。


「それが答えだ。分かったか?」

「……うん」

「お前は俺のものだ。死んでも離してもらえるだなんて思うな」

「ヴェラノも、あたしの?」

「俺の全てはお前の思うがままに」

「なら、いいや。あたしの全部、あんたにあげる」


 気づいてしまったら、抵抗なんて出来やしない。

 ルーチェだって最初から手放す気なんてなかった。

 ただ、理解していなかっただけで、誰にもヴェラノを譲るつもりなんてなかった。





 黒歴史と共に蘇った甘酸っぱい記憶にルーチェは苦々しく顔を歪めて、あの頃と変わらない瞳で自分を見下ろす男の襟を引っ張った。近づいた唇に自分のそれを押し付けてニヤリと笑う。


「私の全部はとっくに旦那様のものなんだからちゃんとご機嫌とりもしてくださるだろう?」

「随分強かになったものだ」


 苦笑いとともに落とされた口づけにルーチェは心底幸せそうに笑った。


お付き合いくださり、ありがとうございました。

楽しかったです。



アザレアの花言葉

「あなたに愛されて幸せ」「愛で満たされる」「充足」

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