敗因勝因
「決着だな」
布宮は結果を知り、言葉をもらした。まだ野球賭博場の雑居ビルにいる。
「腹、くくったかい」
「向こうがな」
「?向こう」
胴元は試合ではなく、布宮が別のことを言っていた。
「あんた等にはあとで分かることさ」
雑居ビル周辺にはパトカーとは違うサイレンが響いていた。それらが布宮に届いた、なんらかの合図だったのだろう。サイレンを鳴らす車が4台ほど、雑居ビルの入り口に止まった。
一つの車の中にいたのは、布宮付き添いの秘書と、
「光一さん。ここです」
「ああ。ったく……」
ボディガードとは思えないが、そこらの喧嘩をするおっさんよりも明らかにオーラが違う。武闘派のヤクザもんという言い回しが的確だろう。小さく獅子の刺青を手の甲に入れ、タバコを一本吸ってから雑居ビルを見上げる、光一と呼ばれるおっさんは何者なのか?
「だりーな。勝手にお宅の社長さんが、賭けごとしてんだろ?」
「しかし、社長がいなかったらあなた達との"取引"は中止なんです!」
「だからなんだよ。俺は昔、そのスジにいたからな。賭けをぶっ潰すのは性に合わねぇの」
◇ ◇
「私はプロ野球チームを譲渡する」
一方で、オールビーの社長。七瀬拳功は腹を括っていた。
その決断をさせたのは自分の父親である、七瀬晴樹の死にあった。
「まだ優勝争いをしている試合中ですよ!」
「だからこそだ」
今の自分では、今の企業の体質では絶賛黄金期を迎えているプロ野球チームを保有するのは厳しかった。それは成功し続けたプロ野球チームと、失敗し停滞を続けている母体。あまりに相応しくないからだ。
拳功はすぐに球団関係者と話し合っていた。
「もう、細かい遣り繰り、節約をする我々ではチームからすれば不釣合いだろう。不満がない人などいないが、見過ごせる不満は少なかった」
もっと言うなら、
「我々が不甲斐ないから悪いのだ」
スター選手を生み出し続け、その夢を作ったことだろう。ロマンを作るのは良いが、現実を受け入れることができないのなら捨てざるおえない。私達はそーいった社会人だ。
プロになれない、クビにもされた人がいるように。
「彼等はもっと凄い選手、監督になる。だからこそ、ファンも含めて、応援しがいがある企業が経営してもらいたいだろう」
大胆に人員の削減を敢行することも、腹の中で決めた。甘い職場作りはもうしない。自分達の、プロ野球選手のように勝つ事、成功する事、諦めない事を掲げられる人々だけで、また再建しようと思う。
「"オールビー"という名前を残してくれるか分からないが」
拳功にはある手段があった。
「この球団を引き受けてくれるアテが、一つあってね」
そのためにどうしても、譲渡するための多額の資金や運営の新たな手引きなどが必要であった。チームにいる選手達、スタッフ達のための、仰天な手段。
「アテって……言っちゃなんですか、選手達を扱えたのは我々だったからですよ!」
「実際には父、晴樹だよ。大丈夫、ちゃんとしているところだ」
「ちゃんとしているって。プロ野球チームを持っていなくて、我々の企業なんてそうあるはずが。話もあるわけじゃなしに……」
プロ野球球団を買収するにしても、圧倒的な強さを持つ球団を買い取れるだけの資金力を持った存在が……
「日本企業じゃない」
「?」
正しく回るか分からないが、
「アメリカだ」
◇ ◇
シールバック VS オールビー。
試合はまだ進んでいた。終わっていないということだ。
五十五の当たりはあわやホームランといったところであったが、フェンスを越えることができず、直撃した。
センターオーバーのツーベースで生き延びたシールバックだった。
しかし、そのことをホッとする。間をおける存在がいただろうか?ほぼ全員がオールビーの最後の底力の前に、萎縮しかけていた。もう一点もやれない状況。
「……………」
もう、やれる手はない。
そう決め付けて望み、整えた9回裏の守備であった。
阪東はやれるだけの手を……
【あー、やべっ】
その時、あの。悪びれた声と共に起こった偶然?阪東にとってはとても懐かしい声をベンチの上から、聞いたのだ。
「タイム!」
「ん?」
打席には5番、ファースト、松嵩。井梁はコントロールが定まらず、0-2と苦しい投球をしていた。鈴一と流合、五十五にやられた影響だった。
一つだけでも間が欲しかったところに起こったアクシデント。
「えっと、どうやらシールバックのファンがメガホンをグラウンドに落としちゃったみたいです。一旦中断し、回収していますね」
「珍しいね。興奮する試合だからしょうがないけど」
「ファンはマナー守れよ」
ほとんどの人が騒動をやらかしたっぽい、ツインテールの女性の方に視線を向けた。まったく、空気を読まない。
しかし、そんなファン(なのか?)よりも阪東はグラウンドに一歩足を踏み出し、スタンド内を見た。今の声はまさか………。
【見なかったことで、な】
「…………」
周りの人間は一切気付かないような、薄いオーラであったが。位置的には見下ろしていても、お互い対等な気持ちで野球に向き合っていた。
シールバックの野球帽を被っていても、そのどす黒い存在感は消えていない。あの頃とあんまり変わってないじゃんか。この悪魔。
【時間、惜しいだろ?】
「終わる前で良かった」
その再会はとても短く、求めていた言葉を言い合ったわけでもない。もう少しゆっくりとした時間が欲しいなんて思っていられなかった。
どうすれば良い?何ができる?悪知恵をくれ!
【まだ阪東さんには腕の良い投手がいるだろ?】
「………!」
その言葉が表情や姿勢に表れて、しっかりと広嶋に伝わったのだろう。彼は質問の一切を省き、疑問文を乗せながらも答えをかなり伝えていた。
それを阪東が間違ったり、勘違いするわけでもなかった。一旦、ベンチの中に戻って。グラブとボールを手に持ってから、広嶋がいるスタンドをもう一度見た。
「やっぱり、いないか」
そこに彼がいたことすら否定するような、無しか見えなかった。だが、野球をしていればいつかまた出会える存在なんだと、もう一度思えた。いつでも、広嶋が戻ってくることを願っている。
「福岡、ミットを持て」
「へ?」
広嶋への感慨は勝利してからにしよう。
阪東は走り出していた。捕手である福岡を連れてだ。
「あ?」
ベンチの外を飛び出し、福岡とキャッチボールを始めた。チームが攻撃中、投手がキャッチボールをしている光景と同じ。
「え?」
「ちょっとちょっと!」
「阪東さん!?」
あなた、選手登録はされてないでしょ!?
そんなツッコミを津甲斐監督がするよりも早く、阪東は福岡に注文する。
「座れ、福岡」
「え?」
この奇想天外のアピールに福岡も驚きながら、その場で座る。しかし、審判団などが抗議をしようとしていた。遅延行為ギリギリであったが、
阪東がいきなり投じた、どう考えても
パアァァンッ
アドバイザーとか、監督とかやっているのが、おかしいとしか思えない。プロでも十分通じるだろう高速スライダーを福岡に投じたのだ。
「ナイスボール!」
思わず、褒めて阪東に投げ返してしまった。なんつーか、自分の見せしめにされているんだよな。
そんな気持ちを忘れさせようと、阪東はクイックモーションでまた同じスライダーを投じるのであった。
「ちょっと!遅延行為ですよ!」
「あなたは投手じゃないでしょ!」
審判団が阪東に詰められようとしていた。そして、その光景を見ていたシールバックの全メンバー。阪東の仰天の行動に、目も耳も、全て彼に向いていた。
そして、審判に捕まる前に言ってのける。
「シールバック!」
守っている9人の、落ち込んだ雰囲気をぶっ飛ばすような声であった。
「俺が選手になんねぇと、ダメか!?」
河合も、新藤も、井梁も、林も、嵐出琉も、旗野上も、
地花も、本城も、千野も、
ホントになんのためにキャッチボールをしたのか、あのスライダーを魅せたのか。よー分からなかったが。
「アホか!阪東!!」
河合がまず怒った。新藤はおかしく笑っていて。井梁はさすがにそう思われるだけの投球をしたと。
「テメェが投手なんかしたら!」
林は×サインを阪東に向けて飛ばし、旗野上はそれより河合と阪東が代われと2人をチェンジしろと右手を動かし、嵐出琉はジョークだろと新藤に確認する。
「俺達が!」
地花は俺の方が凄いとアピールしたいように、オーバースローを一回みせ。本城は投手出番を心待っている地花にも阪東にも無理だと伝えるよう、首を横に振る。千野はポカーンと、口を開いていた。
「お前がいなきゃ」
ベンチに入る友田と尾波は阪東の球を打てますと、伝えるようにバットを握ろうとしていた。
「何もできねぇと言ってるもんだろ!!」
この時、全員。ほとんどが言っていた。
それを求めていた。そんだけ暗い顔をしてたか。悪かったな。
「お前はベンチに座ってやがれ!!あとでテメェの作戦聞いてやるからな!!無策だったらぶっ飛ばすぞ!!」
ファンのトラブルに続いて、河合が怒声を上げて阪東のはしゃぎっぷりを諌める。
「はははっ。確かに、阪東さんの作戦を聞くまでね」
新藤は河合の怒りが当然だと笑いつくした。サヨナラが決まりそうな場面で、こんな止め方、元気付け方があるんだね。こりゃちゃんと、無事にベンチに戻らなきゃね。
「いいな!!阪東!お前は俺達を勝たせることだけ教えろ!!」
河合はこの言葉を最後に、キャッチャーマスクを被って怒りを閉じた。
「もう良いだろ、審判。プレイしてくれ」
「あ、ああ」
自らキャッチボール、スライダーまでみせて登板宣言。どんだけふざけた鼓舞だよ。元気になったのは事実だよ。それに相手なんか、自分達が作った勢いを見失った顔がベンチまで広がっている。
すんごい演技だよ。
「オラ、井梁!」
「お、おう!」
「阪東なんか登板させんなよ!残りはお前が投げきるんだぞ!!」
サヨナラが決まるギリギリのところで起こった、シールバックの活気。緊張感と負けん気を引き出させ、不安を吹っ飛ばしてくれた。
試合はまだ終わらない。




