好捕新藤
3点リードで迎えた後半戦の守備。ホモリンに四球を与えて、クリーンナップ。
打席に入る流合。
状況はオールビーにとって、最悪の一言である。
だが、ツキがあった。この打席、このイニングで点がとれればまだ分からない。逆転の目はある。
「…………安藤の準備はできているよな、津甲斐監督」
「はい。交代ですか?」
「いや、ピンチになったらだ」
終盤は未知数なところがある。相手から与えられた情報によって、対策をまた練り直せるところだ。
配球や投手起用でも、拭いきれなくなるのが実力差。
オールビーの打者達が対応力に優れていることを逆手にとって、6戦目以降は抑えていたわけだが、すでにその対策は再びされようとしていた。弱点が少なすぎる選手にとってはもっと早くにだ。
「ケントに託す」
ここまで流合を比較的抑えているのは、研究の成果であろう。シールバックが新藤を抑えられて得点が止まったように、流合が打てなくなればチームに悪影響を与える。チームワークが存在する野球であるが、やはり核となる人物はいる。
そーいった意味で多少打たれているとはいえ、大きな活躍をさせなかったのはオールビーの歯車を狂わせたと言って良いだろう。
しかし、そのまま終わる打者ではないのが分かる。
ケント VS 流合。ここが重要な場面であることはお互いに知っているが、積み重ねた物と、その意思が大きいのは流合の方であった。
様々な感情が高く、強く、本心がキッチリとしている。一方で、ケントは故意の危険球や球数制限など、球団に対する要求のみならず自分中心な性格。金と福利厚生の重視。
その差が生まれたというか……。ハッキリ言えば、実力の差もあった。あまりの実力差を埋めるにしても、その代替が何もケントが持っていなかったというのもあろう。一年間通して安定して、分かりやすい成績の方が上から好まれる反面、一時的に大活躍してもあとがサッパリだったり、好不調の波が激しければ認めてもらうことは難しい。
ケントはどちらかいうと前者。だからこそ、そーいった面には強いのだが、ここ一番という場面での活躍ができないという脆さも併せ持つ。全力を出し切ったとしても、その出力の差がケントと流合では開きがあった。
失投ではないのだが、そもそもケントが格上の打者を抑えられるビジョンがあまりにも少なすぎるのが、要因でもあろう。ケントのドロップカーブを綺麗に流し打ちし、ライト線を破った。
「流合選手、ツーベース!ノーアウトながら、3塁2塁のチャンスですわ~」
精神的な負担が掛かる場面で、それでも強いプレーができる者とできない者。ケントは、こーいった大一番にそこまで強くないことを把握しきれなかったのが、阪東のミスであっただろう。
ワンポイントリリーフとしては優秀であるが、絶対的なリリーフエースを任せられないとは思っていた。
「五十五は敬遠だな」
「ど、同点のランナーですよ!」
「満塁の方が守りやすい。五十五は怖いしな」
ノーアウト満塁。オールビー、この試合初めて大量得点の機がやってくる。
「ピッチャーの交代をお知らせします、ピッチャー、ケントに代わりまして、安藤」
この大ピンチで登板する、ベテラン安藤。間隔は空いたが、出番があるならいつでも気持ちは作れていた。ケントは無念の降板。
3戦、4戦。捨石となって登板後の、大事な火消しを託されたベテラン。
「安藤さん!」
この場面でも、安藤は絶対的な安心感を内野陣に伝えてくれる。
「心配するな、お前等だからピンチには慣れている」
井梁は確かに凄いが、安心感や実績ではこの人を多く薦めるだろう。それは井梁自身ものはずだ。あの時は打ち込まれたが、その後の休養はありがたかった。
肩も肘も体調も良い。
「確認すっぞ」
おかげでこの舞台、最終戦を望んで投げさせてくれるならテンションが高まって当然。早々、立てないマウンドだぞ。
「松嵩には引っ張らせないつもりでいる。ホームゲッツーを狙う必要もねぇ」
ノーアウト満塁とはいえ、3点差のアドバンテージを有効に使っていく。ここは最小失点で切り抜けていく場面。無理しない。
配球を確認し、守備位置をしっかりと調整する。やれるだけの手は打った。
5番、松嵩との勝負。
「ふーっ」
分かっていたことだが、敬遠の確率が高い五十五。それが間違いであることを証明するのが次の打者の仕事。舐められていると怒りに震えたり、チャンスに震えず。平常心。
できねぇだろ。
3点ビハインドで満塁だろ。ここがどれだけ重要か。ターニングポイントじゃねぇか。
「5番、ファースト、松嵩」
持ち味を忘れるな。いつもの内角打ちを見せれば良い。
緊張が走っているという表情が松嵩から迸る。安藤だって、小さくではあるが状況を曇らすような、涙が出てきている。どっちに転んでも泣きそうな場面は、ベテランの自分でも同じだ。引退でも、自由契約を言い渡されたわけでもないのに、
「あ」
自然に、間をとる形でロージンを手に取っていた。
さっき決めた事が忘れそうだ。振り返りながら、投手が使える自由時間を活かす。このヤバイ経験が降りかかってくる既視感は、投手人生がこの安藤を呼び止めてくれる証拠。第六感は信じるタイプ。
冷静さがないからじゃない、これは足りてない。なにが、
「結果を見る覚悟、決まってねぇ」
安藤のタイムに、松嵩も打席を外して一回素振りを行なった。間が長かったことが、念の一押しの再確認を促した。そのスイングを安藤が見逃すわけがない。
映像から見た松嵩の綺麗な内角打ちのスイング。そりゃそうかと、息をホッと吐いた。同じくらい緊張してんだ。好きなところに投球が来たら、楽だよな。
好きにさせねぇよ。
当然だった。そのスイングを見たら、松嵩は内角待ちだ。初球は特に。
「ストライク!」
まず、ストレートでストライクをとりにいく。松嵩は手を出さなかった。ヤマが外れたところであったが、緊張をこの打席の中で解すような面。身体が固いか?
「へっ」
お互い、姿勢が違っていた。
松嵩は自分が持っている最高の力を発揮するため、安藤は自分が持っている力に、相手を見極めることに精を尽くしていた。
もう一球、ストレート。これを再び外に投じたが、これはやや外れるように投じた。松嵩がわずかに見せる動きを見るためにだ。
「ボール!」
それほど見分けがつき難いが。今の松嵩はまだ、大きな当たりを狙っている。内角や外角を待つといったことじゃない。どんなスイングをするかの予想である。ステップと、バットの初動を見ての判断。
強く引っ張りたい。その意図を、松嵩の見逃しから察する。観察眼の研ぎ澄ませ。
3球目、安藤はそれでも松嵩が待っているだろう内角に投じる。フルスイングをしてくるという読みで、さらに低めへ落とすシンカー。
待ちに待ったとばかり、フルスイングしてみせる松嵩であったが、低く外れるシンカーには届かない。
「ストライク!」
追い込んだ!相手の打ち気を上手く、かわして辿り着いた2ストライク。
「っふーっ……」
これで松嵩がどう、自分の打撃をイメージするかを読んで行く。ゲッツーの目がある場面でフルスイングしてくるか、それともコンパクトにヒットを狙っていくか。後者なら変化球を待っている可能性がある。
遊び球、もしくは様子見が必要だ。外か内かのヤマでも見極めができれば良い。
大きく外れたところから、内に入ってくるカットボール。これで松嵩の様子を見る。ボールをくれてやった方が、勝負か、もう一球外すか迷わせられる。
「ボール!」
松嵩の動きは外を待っていたというより、打ちに良くゾーンを広く待っていたように動いていた。際どいところかアウトコースはカットするようにも見えた。
そうだよな、と安藤も頷く。それで良い。出来ることしか、大舞台じゃできない。ただ、今の動きで三振は避けたい雰囲気は伝わった。
フルカウントの押し出しが怖いのでは、勝負球は放れない。徹底的に外を攻め込もうとした。外れていい。また一球、外へ。
「ボール!」
外に3つボールを外したとなったら、押し出しが怖い。となれば、ボールが内側に寄ると打者は無意識にでも考える。内角をまた張りやすくなる。逆に、外にはもう積極的なスイングはできなくなる。フルカウントの魅力だ。
安藤の投じた、外一杯のストレート。
「!」
目論見通り、外一杯の良いボールに松嵩が少々面を喰らったのは事実。
そして、三振を嫌って手を出す。ゲッツーのイメージも沸く中で、恐れずに振りにきた。
カーーーンッ
そのスイングは精一杯の力で当てたに過ぎなかったが、飛んだところが面白かった。
「ピッチャー!横!」
「っ」
投手の足元に速く転がった打球であった。松嵩と安藤の自力の差が出たような当たりであり、安藤も反応するも
「抜けたーー!」
打球は抜ける。ショートの旗野上が打球を追いかけているが、二遊間といってもセカンド側に打球が寄り過ぎている。
「っ!」
「お」
その時だった。松嵩の引っ張りを阻止するという言葉で守備位置を変えていたこと、外と外が続くことを理解していたからこそ、セカンドベース寄りに守っていた新藤がいた。
パァァンッ
打球をセンターに運ばれまいと、走って、飛び込んだ。元々、守備範囲だけが悪いだけで捕球する技術などは悪くはない。
「止めたーーー!!」
グラブに収まったボール。飛び込んだまま、倒れこんでいる新藤。華麗な守備を魅せるには無理がある身体の問題。
「新藤さん!」
旗野上の呼びかけに新藤は、セカンドベースに足をつけて送球を待っている旗野上を視界に入れた。ここから普通の送球はできなかった。ボールよ、飛んでくれと思いながら、人生初めてやったグラブトス。
これが上手く旗野上に渡される。
「アウト!」
新藤が懸命に止めて、送球したのだ。旗野上もここで決めなければならない。松嵩には悪いが、潰れてもらう。全力疾走を無にしてしまう、一塁への送球。
パァァンッ
「アウト!!」
「新藤選手のファインプレイで、4・6・3のダブルプレ~で~~す!凄いプレイがでました~~!」
抜けてもおかしくない打球を、まさかの新藤が捕球し、ダブルプレーにしたこと。
「1点詰められたが、理想的なゲッツーだ」
「守備の穴を侮っちまったところかな?」
安藤は捕れなかったが、打球がそこまで早くなかったのが新藤が捕れた要因でもあろう。ギリギリのところで最大の勝ちを得たのはシールバックであるのは間違いない。
続く、キングランドもレフトフライに抑えてこの回1失点で切り抜けた安藤。
安藤の投球術と新藤のファインプレーがチームのピンチを救った。




