田中昌広
登録名、田中とか鈴木だとあんまり目立たない。
そこで名前の一つを付けたした登録名を選んだ。それ以外の理由はなし。
鳴り物入りの怪物投手。
「ピッチャーは田中昌」
6回表、神仏に代わってマウンドに上がったオールビーの大エース。
1点ビハインドという状況でも構わない。最高の投球をするのみ。
「牧くん、ライバルの登板ですよ~、今の気持ちどうです?」
「三振くらいとって欲しいですね。ここでは3つ。俺でも今すぐにできますからね」
さすがの毒舌っぷり。牧がゲスト解説なのはわりと面白い。
しかし、そんな毒の発言をすぐさま不可能と言い寄る徳川。
「お前、資料ばっか見てるからだよ。打者と状況が分かってんのか?」
神仏が6回表で降板したわけではない、ノックアウトという形だった。
この回、先頭打者の尾波にツーベースを打たれて一打、ダメ押しのチャンスが巡ってきた。こっからクリーンナップ。
「新藤、河合、嵐出琉だぞ。一打で得点が入るかもしれねぇのに、3者連続三振とか要求がたけぇよ」
リリーフ経験は少ない。先発しかやったことがない田中昌。しかし、そんな状況はどーでもいい。それが大エース。
「徳川さん。球界のエースってのは、一番の投手なんですよ」
「お」
「言っておくけど、この牧真一がトップです」
「牧くん、予防線張った!」
予防線というより、田中昌への否定である。トップでなければならない。
「欲しいところで三振。それができなきゃいけないんだ」
メチャクチャ心強いことを発言するが、同時にエースというのは本当に面倒なんだなと、気苦労をついつい感じる徳川は重たく受け止めた。
ともかく、見守る2つ目の山場。
「しゃあっ」
不本意な形で降板した5戦目から、中2日。しかし、敗戦を糧に異様な闘志が燃えていた。この場面でのリリーフを託されたのは、澤監督の要望であった。
『チームのピンチを救えるか?』
打たれたとしても、その高い実力を評価し信頼している。敗戦や失敗で転げ落ちる選手じゃない。むしろそれが田中昌を成長させる。悔しさを晴らすにはマウンドで暴れるしかなかった。
「3番、セカンド、新藤」
完璧なスライダーを打たれた打者からのスタート。闘志が燃えるのは当然。
しかし、新藤はその闘志を当然感じて、狙い球を絞った。熱くなれば初球からでも伝家の宝刀SFF。立ち上がりは決して良くない田中昌のSFFを狙い打つ!
リリースする際からその判断に迷いはなかった。
「!!」
しかし、このリリーフ。重要だというのは分かっている。
田中昌が闘志を燃やしながらも、野田の配球に首を一切振らなかった。
「カーブ?」
なんと、いきなり緩い球。これには新藤も予想しておらず、見逃すことしかできなかった。
「ストライク!」
最初の入りはそれで良い。まずは打者の打ち気を削ぐことである。
メラメラの闘志からそんな緩い球が来るとは想定できないだろう。SFFは攻略されているが、立派な武器はいくつもある。
新藤との勝負を、内角高め。インハイ一本に絞っている野田。
打たれるだけでもヤバイ。新藤は最悪、チームバッティングで尾波を3塁に進ませるだろう。河合には一発もあるし、犠牲フライもある。新藤だけは全体に三振が欲しかった。
スライダーとSFFは打たれている。変化球や直球ではなく、決め球は打者の胸元に絞った。田中昌が持っているコントロールに託す。
野田のミットは一ミリも動かさない。田中昌は熱した頭を結果で冷ましたい。晴らしたい一心。インハイへのストレートを嫌うわけがない。
綺麗に四隅へ決まったストレート。
「ストライク!」
新藤がストライクゾーンであっても見逃したのは、ヒットにするにも難しいから。カットで逃げる選択もとれたが、ここは追い込まれて良かったと思う。
三球勝負なら速球系。勝負は外で来る。
一球、内角に入れられながらもその読みを外した。基本的には最後には外、特に田中昌は右打者に対して外に決められる球が多い。天下逸品のコントロールもある。内角や高めは、釣り球。
三振の理想像。
「!」
田中昌の投じた三球目、これは先ほどよりやや内に寄っていた。これは入らない。新藤は余裕を持って見逃した。
「ストライク!バッターアウト!!」
「え?」
その判定に納得が行くわけもないが、怒りよりも唖然。少しは訊いたのだ。入ったのかと
「2球目と同じだよ」
「………それも、そうですか」
審判も渋い顔をしていた。確かに微妙過ぎる。これは審判と選手の見方の違いといったところか。見逃し三振にとれた要因に、野田のミットずらしもあった。
ストライクゾーンの規則は、WIKIより、
「打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限とし、ひざ頭の下部のラインを下限とする本塁上の空間をいう。このストライクゾーンは打者が投球を打つための姿勢で決定されるべきである」
実際のとこ、微妙だった。その空間内を静止した状態で見ているわけでもない。あまりに2球目と似ているようで、似てなかったような。新藤の見逃しを見ればボールだったかもしれないし、あるいは手が出なかったのかもしれない。
しかし、審判は野田のミットの位置が2球目と同じであったところを少し見て、コールした。
鬼門である、得点圏の新藤に対して、バットを振らせることなくアウトにさせた。
「新藤選手、見逃し三振~~!1アウトで~す!」
「手がでねぇよな」
「あれは審判がストライクゾーンを広げたからでしょ?新藤の選球眼は確かだよ」
「身も蓋もねぇこと言うなよ」
そこから田中昌はエンジンがさらに掛かった。調子付いたと言って良い。新藤に対して、SFFを使わなかったことで決め球をストレートに変えたのかと思った。特に、ストレートが大好物な河合にとってはだ。
ドパァァンッ
「ストライク!バッターアウト!」
SFFを見せられたらあっという間に手玉にとられる。河合があまりにも、田中昌を不得意にし過ぎている。速球系でなおかつ、これだけキレる球を放れる選手がとんでもなく苦手とは……。
「あぁ~っと!ゴリラが空振り三振!!」
「セナ譲、何言ってんだ!!ちゃんと選手名で実況しろーー!」
「え~っ?家靖がグチグチ、目につく選手はニックネームで言ってたじゃない?他の選手にも平等に言おうか?」
「止めて!!ホントお願い!!俺、野球できなくなる!」
本当になんでこの人を妻にしたんだろうかと、隣にいる牧は本当に不思議そうに思っていた。幼馴染ってそんなに強いものなのか?練習ばかりだったから、よく分からないものだ。
「それにしても」
やってのけるか。残りアウト1つとなったこの場面で決めるか。
田中昌の闘志に、三振という頭はなかった。ただただ相手をねじ伏せるだけに変わっていた。全力で投げ込むことでしか、今年の敗北を消せる鬱憤はない。
「ストライク!バッターアウト!!」
「田中昌選手!三者連続三振!!圧巻の、大エースの投球でーーす!!」
「ほら、徳川さん。エースってのはこーゆう奴なんですよ」
「マジでやるのかよ。お前等は……」
確かに不甲斐ないところはあった。調整不足だったという言い訳も通じない。
しかし、大エースであるのはこの場面で証明できたみたいだったな。
ピンチを切り抜けてみせた、3番手の田中昌。
試合は進む。
短期決戦ではあることだったりする。
主力選手には徹底的なマークをすること。特に新藤と河合、友田はかなり警戒されていた。
そんな中で警戒されていない選手が、ポンッと打つのであった。
6回裏。
植木に代わって、上がったのは二木であった。阪東も、澤監督も、延長の頭はなかった。投手をつぎ込むしかなかった。
阪東はここから二人一組でのワンポイントリリーフを行なった。
「投手交代多いから、CM入りすぎ」
「いや、実況席とか占拠しちゃったから、CMとか入らないからね。そのまま映っているから」
なんていうか、野球が好きじゃない奥様らしいことを言うセナ譲であった。
阪東はすでに川北、須見、吉沢、植木という4投手をつぎ込んでいた。これほど細かくなったのは、オールビー打線が中継ぎを攻略するためかなりの研究を行なっていたことが他ならない。
川北のイニングを伸ばすという作戦もなくはなかったが、植木や吉沢、ケントなどが走者を置いた状態で打たれていたことから、川北がピンチを招いたときに投手を投入し辛いという面があった。
また、先攻という面もあって、中盤での起用が最も被害がなく、無傷で乗り切れる保障が高いというのもある。8回や9回は沼田と井梁、そして、安藤で乗り切るのが良い。
「…………」
ケントを6番手に持ってきたのは、彼に関して見れば打たれているという印象は少なかったからだ。敗戦処理というモチベーションが高まらない場面での起用による点もある。
彼に少しでも投げてもらい、安藤に繋ぎ、沼田と井梁。
最終地点までの投手起用は描かれていた。それ故に、ミスが怖いのだ。
それもお互いに。
二木は下位打線を無難に抑える。弱点をしっかりと見抜けば、丁寧にそこへ突いていく。三振は必要ない、どんな形でもアウトで良い。役割を果たすための、慎重に慎重を重ねた。
ヒットになってもおかしくない当たりを打たれても、後ろの守備が救ってくれる。
野田にライトを超えそうな当たりを打たれるも、地花の好守に助けられ。俊足である田岡のサードゴロは名手の林がキッチリアウトにする。
「あとは、たのまー」
「オウゥッ!」
役者には役者ということで鈴一との勝負は、二木の後を継いでケントに託す。
2アウトとはいえ、打席には鈴一だ。ここで彼が打てば流れが変わるかもしれない。しかし、鈴一もまた変わる事はなかった。
元々、選球眼は優れていても彼のストライクゾーンは広いからだ。彼にはクリーンヒットにできる打撃だけでなく、芯から外れてもヒットにできる打撃も使い分けることができる。ボテボテのゴロでも、自慢の足で内野安打にできる。
阪東の仮説ではあるが、この打撃が生まれたのは常に厳しいコースを投げられ、それでもヒットにしようという鈴一の考えたものではないかというもの。
ヒットにできるゾーンが広くなれば、当然にバッテリーからしたら抑えるのは困難。しかし、鈴一は考えていなくても体が対応できないのではと?
50%の確率に賭けた、大博打だった。
ケントの力のあるストレートをなんと、ど真ん中に要求することだった。無論、ど真ん中の打率だって滅法高いのだ。しかし、状況は大舞台。セオリーが誰よりも安牌だと思う中で、鈴一にだけはあえて真ん中付近の甘い球を投じた。
打たれたらおしまいである。
しかし、鈴一は打ち損じたのだ。
「っ!」
6戦目の神里にも、同じような配球があった。打者を抑えるため厳しいところを狙うのは当たり前。ましてやこの大舞台で甘い球が狙って来るなど、思ってもいない。当然、手が出るが反応は厳しいコースに投げられるより遅れ、鈍っている。
この打ち損じが、これで3度目だった。甘い球を打ち損じることは大きく、心理状態にも影響する。とんでもなく嫌な打ち取られ方。
「おおっし!」
正直、賭け。やらなきゃいけないリスク。それをクリアした、シールバック。
6戦目から鈴一の不調は大きな痛手である。直しようにもこの土壇場では……。
そして、悪い事にシールバックの下位打線が予想外の機能を起こした。
「ピッチャー、田中昌に代わりまして、富士海」
7回を富士海に託した澤監督。ここまで好リリーフしている彼を信頼しての登板。田中昌は中2日の上に回跨ぎまでさせたくはなかった。ある意味、当然の判断だった。
ところが、6番の地花を順当に抑えるが、5戦目でサヨナラタイムリーを放った本城の打席だった。
パワーのある地花と違い、本城は好打者タイプ。
力のあるストレートで押し通せるという判断は間違ってはいなかった。しかし、本城がこの打席でかなり粘っていた。そーゆう面での打撃能力の高さも知っていたが、ストレートでは空振りを奪えない。
タイミングも合ってきた。
確かにここで変化球を要求するのも一つの手であった。ただ、富士海の場合は圧倒的なストレートが武器であるため、変化球の信頼はそこまで高くはなかった。ストレートの圧力が感じない球は、逆に捨てていた。
「ボール!」
緩急の目的もあろう。しかし、富士海は変化球でストライクをとれる確率は低かった。特に低めに変化球を集める事はなかった。カウントが悪くなれば変化球で四球もありえる。後手に回った形となり、投じたストレート。
これをジャストミートし、ヒットにする本城。1アウトながら、1塁。
「8番、サード、林」
ここでこのシリーズで当たりに当たっているとも言える、林に打席が回った。一発もある長打力は警戒するべきところ。ゲッツーと欲を出したいところだが、足が遅くても林の打球はフライが多い。
「……………」
林は集中していた。ここで自分が続けば、この試合まだノーヒットとはいえ、友田に回る。富士海の球もこのシリーズでかなり見て来た。間近で見ると確かに速く、ノビも重さも、球威もハンパじゃない。
富士海の高めのストレートはボールになりやすい。つーか、打てる気せん。かといって、変化球も早々甘くは来ないだろう。
林は高めのストレートは捨てていた。富士海が、井梁と同じくコースよりも豪腕でねじ伏せるタイプ。必ず、凄いストレートでも甘いコースか、ヤマを張った方には来る。虎視眈々だった。
野田の配球は、林のヤマを予想していた。していたが、彼が正確に投げるわけでもなかった。結果論。
「!」
球威で押していくというスタンス。バットをへし折ったことも何度かあった。
ストレートが林の待っていた内角に入っていった。振り負けていない、この試合の真向勝負ぶりを表した静止画であった。
身体がスイングのみに集中しており、球が自分に向かってくる内角でも臆していなかった。繋いでいく打撃をしようとした打席前であったが、本能で一発をかましていた。シールバック元4番。
完敗としか言いようがない、会心の当たりは高々と上がりながら、グラウンドに落ちることはなく、右中間を越えていった。
「林選手!2ランホームラン!再び、シールバック突き放しまーす!」
「牧。お前も林に打たれたよな?ちなみにだけど、俺と林は同期だ」
「あの人、なんでエースと当たる時だけ打撃が良くなるんですか?事前のデータがアテにならないじゃないですか」
予想外の伏兵というわけではなかったが、これをやってのけるがシーズン男か。
痛すぎる一発。それも、中継ぎエースの富士海が許した2失点。
「林さん!ナイス一発!」
「……ああ」
ホームで出迎える本城の手を未だに慣れない感じでタッチする。せっかくの打った感触がなくなってしまう。とはいえ、ベンチに帰れば嬉しい袋叩きであった。一番良い形での追加点。
「ナイスホームラン!」
「これで4-1。この中盤で3点リードは大きすぎる!」
「頼りになります、林さん!」
あんまり褒めるな、照れるだろ。そう顔に書いてある表情を見せる林。照れてるな……。
そして、林の一発を誰よりも喜ぶのは彼の先輩。木野内である。後ろから背中を叩きながら嫉妬を入れて、褒めまくる。
「林ちゃんだけずりーぞ!活躍ばっかで!俺にももっと良い場面くれてもいいじゃねぇかよ!」
「ぐふっ」
「俺なんか、さっきのタイムリーツーベースくらいだぞ!この、この!シーズン男め!」
「木野内さん。……木野内さんが先制したおかげですよ」
「そーいう優しい後輩は林ちゃんだけだぜ!!次、頑張れるぜ!」
ちなみにだが、代打で登場した木野内は当然ながら守備交代でもう試合には出場できない。
そして、試合はオールビーの攻撃になる。
7回裏、2番、ホモリンから。投手は引き続き、ケントがマウンドに立っていた。できるだけ、アウトを稼いで欲しい続投。実際に鈴一としかまだ対戦していない。
しかし、この続投が波乱を呼んだ。
「ボール!フォアボール!」
ホモリンがボールを見極めて、四球で出塁するのであった。
「鈴一さんのバットで僕を返して欲しかったですけど、鈴一さんのため、チームのため、誰でもいいかな」
鈴一のような打撃技術は持ち合わせていないが、確かな選球眼でボールをじっくり見たり、カットも上手い。四球をキッチリと選べる選手はホモリンぐらいだろう。足も速い。理想は鈴一のような1番打者だが、ホモリンの性質は鈴一とは異なる物であった。
「なーんか、俺の扱い、悪くね?」
一戦目以降、確かにその恐ろしさが描く事ができなかった。少し反省している。ヒットシーンとか面倒で省いていた。
しかしながら、打者という面ではやはりこの人物は欠かせない。
「3番、サード、流合」
鈴一は最高の野球選手という取り扱い、五十五は怪物スラッガーという扱い。しかし、打者という面ではその2人を押しのける男がいる。"史上最強打者"と、認められるほどの打者。
流合 満広。




