正解世界
成功が次に繫がれば良い。
布宮蹴持が、裏との取引に望んだように。その父親も1人の息子との対話に挑んだ。真に済まないことだ。
「社長室でスマンな」
現、オールビーというプロ野球球団の全権を握っているのは七瀬晴樹の息子、布宮蹴持の異母弟。七瀬拳功。
大々的に、会長である晴樹の息子として生まれて育った男。とはいえ、その姿は常に酷くやつれている肉体であった。老体の晴樹と異なり、拳功のは精神的な疲労を常に纏っていた。
「父さん、短く話してくれ」
「寝ていないのか?」
「2時間ほどだけだ」
今の拳功は追われている身である。
父親が築き上げた大企業を世襲して5年の月日が経った。拳功に清く仕える人もいれば、彼がこの先の未来をしっかりと作り上げられるかどうか疑問のような不信感を抱く人もいる。酷く嫌われるような人格の持ち主ではないが、それが逆に経営の行き詰まりを作っているような雰囲気だった。
世間での評価は、疑問の方が多いだろう。
拳功は、父親である晴樹を超えるまでには至らない。また並べられるかどうかのラインに入っている。
「私の跡が辛かったか?」
父親として、息子へ全てを託したい。それは親子という関係が離れるまでにやりたいことだ。世襲という取り決め故、上層部の不信感を知らないわけがない晴樹。あの時は、拳功の若さと未熟さをまだ理解しきれていなかった。
「……いえ、必ず。父さんと並びます」
まだ自分が父親と並べられない事を理解している。それでも、成長したいという意志はある。でも、勝てない。この大企業をギリギリで形を保っているようなもの。危険な綱渡りもしてやっとだった。
「そのような優しさがお前を苦しめる」
「え」
「そうやって、人を安心させる。そうさせたい。会社に携わる者として、立派な心がけである。しかし、」
拳功に欠けている大切な資質として、非情になれないことであった。
上に立つということは優しさだけではできない。批難あっての上層部。
「社長ってのはスーパーマンじゃない。誰かが落ち、犠牲を作らなきゃならん。ワシはここまでの地位を手に入れたものと、同じくらい捨てたこともある」
それはどうしたって、口で喋ることができないものがある。自分だけが知る闇の中。
「自分であーだこーだするんじゃない。もっと自分以外の者を頼れ、意見を通し、仕事をさせること。その代わりお前は全力で全ての業務に責任を持て」
頼りない人材ばかりであるのもしょうがない。これだけの大企業となれば、早々に終わることはない。安心ばかり求めた人間。薄い人間共。それらを誤って採用した拳功達に問題があろう。問題の提起ができれば決まる事。
「育成と教育のみならず、発掘。判断力と慎重さを欠けば、言わなくとも分かるな」
「…………」
結局は………
「私は父さんを超えられないと決まっているのですか?」
度重なるプレッシャーがあり、時代が変化しつつある中だ。
超えるだ、劣るだなんて。比べてどうする?現在を生きている拳功と、現在でひっそりと生きる晴樹。
「その答えはワシの歳になれば分かるよ。ここまで生きてれば分かる。同じ質問を、自分の息子にするもんさ」
比べたところで明確な判定は出ない。残してきた結果から評価がやってくる。
「じゃ、ワシは逝くよ。好きに生きてみると良い」
「父さん」
色々と考えると良い。自分がこれからどう生きるか、どう死ぬかまで。
ワシの造り上げた会社を護るもよし、新たに離れるもよし。何もしないこともよし。自分の道はもう自分で決めるが良い。
「長く嫌いだった、老害をやっておった」
父親の躊躇のなさを改めて間近で見た。その決断力は自分にはなかった。極端であるが、行動できる理念。拳銃の他にも携帯していた毒薬を躊躇わず飲み込んだ。それを止めることなど、できもしない。
「ふはは、ははっ」
大丈夫だ。ただの"老衰という結果"だけになる。自分の命を金に変えて、相続を拳功1人に全て預ける。色々な成功と失敗ばかり残してきた。もう死んだことをあれこれ考える必要もない。
「ただ一つ」
どうか、澤監督には伝えんでくれ。全国シリーズが終わるまで、生きていることを演じてくれ。
私が残した、野球チームが戦い抜くそれまで……。
「…………」
晴樹の身体が毒で死す直前に取り出したメモは、彼の希望なのだろう。
オールビーの優勝を信じるため、自分の死を伝えないこと。
七瀬晴樹、自殺に至る。
◇ ◇
「それにしても、随分と思い切ったことをするもんだ」
「?」
「ワシは賭ける人間を見てきている。遊び半分の目や、ジャンキーの目。どちらも多く見て来たが、あんたは最初から仕事で来ていた」
布宮と胴元は話をしていた。何も布宮ができぬよう、明日の試合終了までこの野球賭博が行なわれる雑居ビル内で過ごすことを課せられた。中立の立場である胴元は、布宮を護り余計な手を出させないことも仕事だ。
とはいえ、仕事をしながら私情を吐露する面もある。
「そーいう奴は強いんだ。勝つ大事さを知り、命のあり方を分かっている」
「……仕事なきゃ、生きれない世の中だろう。私の場合、勝つことが仕事だ」
「ふははは。なるほど。こりゃ、誰にも勝てんの」
とはいえ
「オールビーに不利は確かにある。田中昌を使えず、伏世も出られない。それでも戦力は五分以上のものだ。布宮さん、シールバックの負ける要素は多い」
「野球は知らん」
よくそれで賭ける気になった。何かしらの期待があるわけか。
それは明日になるか、今日になるか。楽しみだ。
「それはそうと、賭けるにしちゃ大き過ぎる。なんか金でも要るのか?」
「そーだな。ひとまず、くだらねぇことに金かける奴等からの徴集目的でもあるが、ま、金はあって困らん」
布宮は知っている。ネット上などで調べても出るはずはないが、自分の父親である七瀬晴樹の自殺のことである。企業の不振の責任をとったわけではないが、遺産の金がはした金くらいにはなるだろう。彼が残していた物は、布宮でも詳しくは知らない。
七瀬拳功の、経営ではギリギリが精一杯だろう。よくはやっているだろう。だが、やはり今の時代に生き残れる器ではない。
保守的というか、保留的?
「業績を伸ばすには悪にでも、違法にでもなろう。筋が通れば正論も悪」
ここまで盛り上がってくれれば、双方の野球チームがもたらした金と人は相当なことだろう。やはり、双方の代表チームはガッツリとぶつかりあって長くもつれ込んで欲しい。分からないという行方を作るだけでも、人々は金を動かす。そして、心をも動かす。
多少の金を使い、多少の扇動を起こしたが、結果的にそれが人を楽しませているだろう。
とにもかくにも、野球チームとしては双方、選手達の結果のみならず。球団として十分な利益を作り上げた。だいたいマイナスばかりだ。悪く言えば、勝利せずに野球を盛り上げて欲しい。(選手やコーチの年俸を抑えられる)
布宮が今、金が欲しいのはまた別のこと。
『シールバックと、オールビーを両方買収することである』
とはいえ、それはプロ野球の規則上、一つの企業が2つのプロ野球チームを所有することは禁じられている。布宮はこの野球賭博を運営する金を根こそぎ奪い取り、ゆかりのある表向きの第三者にオールビーの企業に運営を託す考えであった。
1人の息子には全ての遺産を渡して、1人の息子には全ての後始末を頼んだり。
随分と不公平であるが、愛や金をつぎ込んだからの理由もあるか。出来の悪い子の方が愛着が出てくることだ。
「お」
当然ながら、大きな賭けの対象となっている全国シリーズ。彼等、プロ野球選手達にとっては迷惑なことでしかない。その放送は当然行なわれている。
試合はもう中盤戦。
1回表の尾波のセーフティスクイズ以降、両チーム無得点。互いの凶悪打線を投手が、守備が懸命に奮闘し、ホームを踏ませないのであった。
◇ ◇
1-0という予想以上の投手戦。なにより、要であるのは先発投手の2人。
「ほっ!」
打者の微妙な変化を見抜き、徹底的にリスクを避けながら、神里の投球は多彩な変化球とキッチリ決めてくるコントロールで、完全に打者の打ち気を逸らしながら三塁を踏ませない快投。
一方でベアストーンはヒットを何本も打たれながらも、長打は0。シールバックの勢いをかろうじで流していた。決める場面では三振をとり、決めたいところで注文通りの併殺打。
「神里!この回も無失点!未だに1安打のみでオールビー打線を封じています!」
休養十分のみならず、オールビーのデータをより入念にチェックして望めた6戦目だった。自分自身が対決し、2戦目~5戦目でのデータをさらに詮索すれば1戦目以上に戦いやすかった。
ショートに旗野上、友田が指名打者という状況で、より抑えやすくなっているのもある。
「ナイスピッチ!」
「おう!」
球数も節約している。
元々、頭を使って小細工を弄するタイプの投手であるため、相手を嵌めさえすれば一方的な投球が可能な神里。短期決戦の怖さを一番持っている投手といえよう。今日の出来は完封ペース。
「あーっ、たく。正直、追加点してくれよ」
ベンチに帰ればスポーツ飲料を飲み、汗を拭っている神里。
スコアボードを見れば、安打数に明らかな差が出来ているのに得点差はわずかに1。好投している時に限って、打線が打ってくれない。打ってはいるんだろうが、得点を挙げてくれ。
シールバック打線がベアストーンを攻略しかねているのには彼の投球もあろうが、シールバックの積極的な強攻策が裏目に出ているだろう。
ここまでヒットを重ねているも、送りバントは0。友田が初回の2盗塁と足攻めはしっかりとできているかに見えるが、友田を除いた選手に盗塁という選択肢は難しく、あと一本というところでゲッツーを打たされている。
今日の神里の出来が良い。確かに何でも良いから1点は欲しいところ。
「ゲッツーマシーン。しっかりしてくれ」
「んだとこらあぁぁ!?」
今日の河合、2併殺。(一つはピッチャーライナーの併殺のため、厳密には一つだけであるが)
強打者が揃っているシールバックであるが、上手く回らないときは本当に上手くいかない。ホームランが出ると気が楽だが、ベアストーンの失投はストライクゾーンには一切成し。向こうも向こうでしっかりと対策をしてきた。
6回表、5番、嵐出琉からの攻撃。
初球攻撃という思い切った攻めで打球をセンターに飛ばす。
伏世というキープレイヤーを欠いたが、その穴をキッチリ埋めてきた。センターの重要性を当然ながら理解し、スタメンは守備力重視。今日スタメンの田岡の守備範囲は伏世に匹敵するほど、広範囲に渡る。
とにかく俊足であり、危険や一か八かのプレイにも勝算を持って行なえる。
後ろに逸らせば長打確定の中、田岡はなんの迷いもなく。捕れるという自負を持ってスライディング。美技連発のセンターのスペシャリスト。
「捕ったーー!これで田岡、2つ目のファインプレイ!!伏世の代役を好守で応えてみせます!」
田岡の強力な守備がシールバック打線をあと一歩のところで食い止めている。
ファインプレイをしたいという甘い気持ちではなく、全力で捕球するという魂の込められた、真剣な無茶。
「失敗したら大変なプレイばかりですよ!ええ!」
今日の解説者も驚くほどの、田岡の好守。伏世の代役であるのがとても思えないほどの守備力。
「おーし、先頭打ちとったぞー!」
驚異的な身体能力に、外野手として高いレベルにある捕球技術、そしてその両方を活かせる不屈の精神力。鈴一、伏世、五十五という反則染みた外野手達と争おうという闘魂。
様々な逆境をプロ入りする前から味わってきた。
叶わなかったプロ入り、大怪我、周囲との実力差、自信喪失、……そういった挫折を味わって、入団テストから這い上がってやってきた社会人野球選手だった。
「澤監督、田岡の起用は正解でしたね!」
「チーム事情が厳しい中だからな」
田岡スタメンは澤監督の最終判断であった。
言葉通り、伏世の離脱とサヨナラ負けを喰らっての本拠地への帰還。重い空気に浸らない心を持てる選手を送りたかった。
今日の神里の出来があまりに良すぎるため、攻略の糸口を掴むのに苦労しながら1点差に持ち込めている。
だが、続く地花、そして、本城。
第五戦で最後に活躍してみせた2人の調子も良い。
「地花!本城!2者連続ヒット!1アウト2塁1塁と再びチャンスを作りました!シールバック、追加点なるか!?」
粘っているベアストーンであったが、スタミナ切れがそろそろ露呈しようとしていた。それでもこのイニングだけは護り通す。
「8番、サード、林」
チャンスの場面で回って来たベテラン。ベアストーンのコントロールが少しずつ乱れてきた予感は察している。好球必打の姿勢を見せ、低めは徹底的に捨てていた。わずかに浮ついた球を叩く。
そのボールをしっかりと待ち、捉えてみせる。
打球はセカンドの頭の上を軽く越え、さらに伸びていく。
「いったーーー!」
「走れ、地花!本城!」
林の打球は5戦目の地花の打球と重なった。一気に2点はとれる当たり。それを放った地花が止まらなかったのは仕方ないのかもしれない。
「!」
田岡の守備に恐るべきところは、スタートの速さであった。打者がよく飛ばす方向に守備位置をずらすことはよくあろう。だが、田岡のスタートは打者の打撃フォームと投手の投球から打球の方向を先に予測できており、スタートしているのであった。
その先読みからのスタートと、伏世ばりの俊足を備えているとしたら、
パァァンッ
「捕ったーーー!?フェンスギリギリィィィ!」
もし、あの場面。田岡が守備固めで出場していたら、シールバックが敗北していたかもしれない。それほどの好守。
「戻れ!地花ーー!」
「え?」
大きく飛び出していた地花。一方で田岡は捕球からすぐに送球できる体勢へと変えていた。素早い身体の切り替えしであり、ここからキッチリとアウトにできる返球。
「アウト!!」
「今日スタメンの田岡!2つのスーパープレイでチームを救います!こんな選手が今まで控えだったのか!?凄すぎるぞ、オールビー!!」
いくつもの得点チャンスを潰されるシールバック。
オールビーの総合力はこーいった勝負では必ず、活きて来る。




