日陰選手
「久慈!!」
「河合!」
ホームで激しい歓迎、デカイ手によるグータッチ、まだ追いついたわけではないが、完全にシールバックが押している流れだ。
「おっしゃあーー!」
「しゃああ!」
投手と捕手の熱い関係。両者共に長距離砲である。
「YEAR!久慈サーン!ナイスバッティング!」
「ああ、嵐出琉!絶対勝とうな!!また頼むぞ!」
ムードはイケイケである。この良い気分なら4点差は追いつけそうである。
そして、5回裏の攻撃が本城で終わり、4点差ならばまだ追いつけるという選手達の希望の前に立ちはだかるのは先頭打者
「1番、ライト、鈴一」
6回表、この回をどう凌ぐかでこの試合の流れはまた流転する。
田中昌が7失点。それも被本塁打2本という、状況はペナントレースでもあったことはなかった。相手に流れは渡さないと、一層に集中しているのは確かであった。
「頼むぞ、久慈。旗野上」
こちらの使える今日の中継ぎは沼田と井梁のみ。他は軒並み打たれており、精神的にも体力的にも、この短期決戦では登板させづらい。(とくに今日は)
球数を気にするよりもイニングを見なければいけない。せめて、7回までは投げきってもらわなきゃならない。
実力差が明白に見えている投手と打者。それでも、
「ここまでの反撃とムード、流れを引き寄せたのは」
戦意、闘志の違いがあった。追いかける側がそれを全面に出すのはそう珍しい事ではない。
「新藤でもない。久慈でもない。阪東でもない。驚異的な追い上げの影に隠れるが、シールバックがギリギリで踏み止まれているのは……」
実況席ではこのシールバックの驚異的な追い上げのキーマンは、ショートを守る旗野上だと口には出さず分かった野際。
初回以降、懸命の守りでチームを最小失点で凌いでいるのは旗野上の守備があってこそだ。
「ふーぅ……」
久慈の息の上がり方が他の選手よりも酷い。打席での責務もある久慈にとっては、考えられないほどのアップアップだろう。
しかし、投げる球にはまだ力がある。
「打たせていけ、久慈!打たれても俺が捕る!!」
旗野上という強力なショートがいるから、久慈と河合は積極的に打者と勝負にいける。逃げるような投球ではなく、打てるものなら打ってみろと、全力で投げている。結果、それが久慈の快投を作っている要因である。
「ファール!」
新藤の守備範囲の狭さを考えれば、打たせるという選択は極めて危険だ。友田の怠慢な守備、尾波の危険を顧みない守備。河合の捕球技術の低さ。調べれば調べるほど、守備の粗雑さはハンパではない。
しかし、それらを旗野上という強力な守備が全てカバーしていると言って良いだろう。
カキィィッ
「引っ掛けた!ショート!高いバウンドだ!!」
走者を背負っても勝負にいける守備。小さなミスを減らし、とれるアウトを確実にとり、ホームを踏ませない。
「セーフ!」
「鈴一!ショートへの内野安打!!旗野上、投げられません!!」
打者を単打、あるいは最低限の進塁で留めている。
「悪い、久慈」
「今のはしょうがないだろ。投げなくて正解だよ」
俊足の鈴一を出塁させてしまった。しかし、思う以上のプレッシャーを感じない内野陣。これから先、流合と五十五に打席が回るというのにだ。
「2番、センター、伏世」
得点差は4。まだ安全圏にいるが、流れがシールバックにある。それを澤監督とオールビーの選手達は理解している。旗野上の好守もあって初回以降、まともに得点を挙げられていない。
流合と五十五の前に、鈴一を得点圏に進めたい。
「了解」
澤監督のサインに、伏世は送りバントの構えをとった。
「こ、ここでオールビー!送りバントのようです!!」
「積極的に攻める場面じゃないのか?」
「でも、1点は確実に欲しいでしょー」
シールバックの得点力を警戒している。これは向こうも自分達のやり方よりも、1点とって敵の勢いを確実に削ぎたいという表れ。
「阪東さん。送らせていいんですか!?」
「構わないんじゃないか?送ってもらおうか、アウトは欲しいし」
「ええっ!?得点圏で流合と五十五ですよ!?」
「ま、見ていろ。相手がバントするわけないだろ」
「え?」
絶対に送りバントじゃない。備えろ、河合。旗野上。
阪東はベンチから捕手、ならびに内野陣にサインを飛ばした。
阪東の予想は当たりであった。澤監督は久慈が交代するという可能性は低いと見て、簡単にアウトを上げたくはなかった。あくまで揺さぶるため、ここでアウトをくれてやりますと、敵を釣りたかっただけだ。
考えられなくはない。ここでとる1点は重要だ。
「走った!!」
しかし、オールビーが今まで強かった理由として、常に自分達のやり方を信じていたからだ。積極的な攻撃は大量の得点を生める。アウトを一つ、犠牲にするという考え方も大切だが、アウトをやらずに得点を絡める能力も問われる。
「鈴一!初球盗塁!!」
バットを引く伏世。久慈が放ったのはストレートだ。
『エンドランと送りバントはない!単独スチールだ!ストライクはもらっておけ!』
「ストライク!!」
バントしやすい球を見送った伏世。しかし、そこはどーでもいい。河合はすぐに二塁にいる旗野上に送球した。クイックや牽制といった技術が久慈に乏しい以上、捕手が補う必要がある。
「旗野上!!」
鈴一にある確かな盗塁技術と久慈のクイックの標準さ。下手じゃないが、上手くないこと。そして、河合の送球が決して安定していないこと。
この盗塁が成功する確率は極めて高い。また成功すれば、大量得点を期待できる。失敗してもまだ4点差ある。
つまり、ダメ押しするかしないかの盗塁。
「おっし!!ナイス送球!」
勝算はオールビー側に高くあっただろう。いくら備えていても、クイックを速くすること、鈴一のスタートを抑えることは難しい。しかし、
パァァンッ
河合の超好送球が生まれ、鈴一をギリギリのところで刺した!!もうここしかないという送球、二塁ベースへ素早く入った旗野上のミットにドンピシャ。低くて良い送球だ。
「アウト!!」
「河合が鈴一を刺したーーー!!ホームからの好返球!!」
「元々、捕手としては1・2を争える強肩だしな。送球が上手ければな」
「今の送球はペナントレースでも決まらなかったんじゃない?」
旗野上以外にも好守が生まれる。
攻めていったオールビーにとっては痛いアウト。最も成功率が高く、なおかつ流れを変え、最小限のダメージで抑える。そういった総合的な調査から出た盗塁であったが、失敗は失敗。
「……流れが好守にもあるということか」
10%くらいの確率を引かされた。クイックが速くない久慈、河合の送球が荒れるという、相手を甘く見た私の判断ミスか。
いや、それだけではないか。この盗塁を瞬時に見切り、内野陣をしっかりとコントロールした。向こうの……阪東が素早く見切った反応と判断の良さ。正しいベンチワーク。
突き放すのが難しいな。
この後、2番の伏世をセカンドゴロに打ちとり、3番、流合。
「さぁ、ここは三者凡退には終わりたくないところです!」
「鈴一がヒットを打っているけどな」
このイニングの山場。流合まで気は抜けない。3人で抑えて攻撃に繋げたいシールバック。
この時、流合の頭には引っ張りという選択肢を消していた。幾度となく、壁となって立ちはだかった旗野上の存在。ここは1,2塁間を狙うべき。
五十五に回せば何かがある。巧みなバットコントロールでチャンスメイクを狙っていた。
「っ!」
流合が打席で身を引いた。厳しく攻められる。
「ボール!」
「久慈!流合に対して、内角を中心に攻めて行きます!」
だが、流し打ちは止めてくれと伝えるような弱い気持ちも見えている。
徹底して右打者である流合の内角を突いていく。ボールとなってもいいから、厳しく厳しく。攻める。
「ちっ、もうワンスリーじゃねぇか」
ショートを守る旗野上の守備位置は深めで、大きくセカンドベースに寄っており、ピッチャー返しにも対応できる位置だった。
勝負球はアウトコースには来ない。徹底してインコース。おそらく、四球にもなっていいから攻めて来る。
流合は経験から久慈の投球、さらには対策をとる守備陣形に流し打ちは意味がないと判断した。2アウトであり、五十五が一発を決めれば変わりない。出塁をとるならば、四球か、セカンドを庇うあまりにがら空きとなっている三遊間に打球を運べば良い。
久慈の5球目。タイミングを外す程度のシンカーがインコースに放られた。
少し内に来ているが、関係ない。このままぶっ飛ばす。
流合が積極的に打ちに来たのは慣れや癖のような物だろう。四球を選べないわけではないが、勝負ごとに対して熱くなれば攻撃的に行く。実際、この程度の球を打てない打者ではない。
内角捌きは球界一とも評価される打撃センス。
真芯で捉え、三遊間に打球を運んだ。ここまでは流合のイメージ通りだった。
「っ!」
新藤をカバーする旗野上にはこの打球は捕れない。
広く空いてしまった三遊間を守れるのは、
パアァァンッ
「サード林!飛び込んで止めたーー!!」
旗野上より守備範囲は狭いが、サードとしてならば今シーズンもゴールデングラブ賞。鉄壁のサード、林が定位置からショート寄りに守っており、危険を顧みずに打球へと飛び込んで止める。
「引っ張りすぎた!」
三遊間は確かに広く空いているが、思った以上に狭い三遊間であると証明させた。
決して流合に落ち度はなかったが、見送れば四球の可能性は高いし、まだ三振にもならなかった。林のファインプレーを在り来たりな結果のみ記せば、難しい球を打っての凡打という結果だ。
「オールビー!三者凡退!!久慈、鈴一と流合を抑えました!!」
「どっちかっつーと、二人を抑えたのは守備だけどな」
「上位打線から始まるこの回を0で抑えたのは大きい。ここからは後半戦だ」
6回裏のシールバックの攻撃。
前の回でヒットを放ち、今日2安打と当たっている林からの攻撃。
「ピッチャー、田中昌に代わりまして、皐月。ピッチャー、皐月」
ここで澤監督は中継ぎの3本柱の一人、皐月を投入する。残り4イニングの守りを皐月、富士海、上草の3人に託す采配であった。シールバックに勢いがあるとはいえ、一つ間違えば流れを折られる。それだけの実力がある。
しかし、この6回裏。誰も予想していなかったことが起きる。




