試合振出
「ストライク!」
オールビー、皐月は150キロのストレートと、打者から消えるようなフォークボールを武器とする投手。特にフォークは驚異的な落差だけでなく、スピードも140キロ以上を計測する事が多く、球界一打てないフォークであると言われる。
そもそも、フォークは狙って打つ球じゃない。見送れば多くはボールになる。
「林!皐月のフォークを狙うような空振りです!」
「来ると読んでても打てる球じゃないな」
「皐月のフォークはストレートと見分けがつきにくい」
皐月の投球は当然の全力投球。肩の消費も少なく済んでいるこの全国シリーズ。今日勝てばそれで終わりだ。
「林ちゃん、塁に出てくれーー!」
「ボールちゃんと見てー!」
「フォークは捨てろ!!」
カウントを獲りに来るストレートを打ちにいくのが、皐月攻略の基本だろう。追い込まれたら終わる。また、ストレートも攻略し難いのも事実だ。
カット技術に優れていない林にとって、2ストライクはアウトと同じ。
「ストライク!!バッターアウト!!」
「くっ、全球フォークか……」
普段は大人しいシールバックの下位打線の中で、気を吐いている林を完璧な三振で抑えたのは大きい。
抑えられたら、こちらも抑えるという投球。大事な先頭打者を切って、
「9番、ショート、旗野上」
代打かと予想された中、阪東は打撃に期待ができない旗野上を打席に送った。これは仕方がない。旗野上がグラウンドから去ってしまえば、投手の力だけでオールビー打線を抑えなくてはいけない。せめて、8回か9回の負けている状況の時だ。
旗野上の次が今日ノーヒットの友田であったことも、この選択をとったのに納得がいくだろう。
「ボール!」
打撃を期待されていない旗野上。本人も重々承知しているが、一人の打者としてホームベース付近で構えをとった。
林と違い、少しはカット技術を持っている。皐月のストレートを粘り、低めは仕方なく見送ることしかできなかった。ボールになってくれと祈る見送り。
カウント2-2。6球目。
「雑魚が粋がるな、うっとうしい」
旗野上の粘りに皐月は苛立った。今度こそ、フォークで空振り三振にする。
イメージはしっかりと見えている。打者の旗野上が地面に転がる様。
「!!」
リリースポイントがずれた。投手としての安定感が崩れるのは一体なんだろうか?シールバックにまだ残っていた流れがそうさせたのだろうか?
確かに皐月のイメージ通り、旗野上はグラウンドに転がったのだ。
ドカァッ
「っっ……」
「デッドボール!!」
大事な商売道具である身体に球をぶつけやがって、ただの出塁とは釣り合わない。右足に直撃したフォークボール。
痛みでグラウンドに転がる旗野上、帽子をとりやっちまったと反省よりも後悔の表情を作る皐月。まさかの安牌に対する最悪な投球をしてしまった。三振の欲が作ってしまった死球。ストレートをストライクゾーンに投げるだけで抑えられる打者だろう。
「皐月、旗野上にデッドボール!!シールバック、上位打線の前に大事な走者を置きました!!」
「なんだそりゃーー!?つーか、フォークはいらねぇだろ!!」
「旗野上ってこの前のセンゴク戦の打席でも、意味が分からない貢献をしてるよね。ラッキーボーイとは違った何か。ある意味、打撃も侮れない」
「こりゃとんでもないラッキーだな」
シールバックが流れがそうさせたのだろう。フォークの失投など、ペナントレースでもそうはなかった皐月がやったのだ。大舞台のプレッシャーもあったか。
「1番、センター、友田」
旗野上が痛そうにしているところにやってきた、今日ノーヒットの友田。なんで先に選手放送しているんだよ。
「どけ。俺の邪魔だろ、旗野上さん」
「友田!死球の痛さをしらねぇとは……」
なんつー辛辣な言葉を発するクソ生意気な後輩だ。お前、今日良いとこねぇんだから少しくらいやれ。
ゆっくりと歩きながら一塁へ向かった旗野上。痛いが、骨などには異常はない。オーバーなアクションをとって、痛みが引く時間稼ぎをしているだけだ。
「続けよ、天才野郎。いい加減よ。気分屋め」
旗野上の、予想外の出塁に場内は驚いている。今度こそ、友田が続いて欲しいところ。左打席に入り、旗野上の方に少しを目を向けた……
「……本当の天才か」
いや、その奥で守る、ライト鈴一の姿を見ていた。史上最高の野球選手と称されるだけの走力、打撃、強肩、守備。また、単純な野球要素だけでなく人間的にも完璧に備わっているだろう。
これは友田が感じて信じて決めている"天才"と、一般世間の"天才"の齟齬。
どちらも天才であるのは間違いない。種類が違うことくらいだ。
友田が鈴一を気に入らないのは自分と違う"天才"だから。
そして、友田の打席。こちらも皐月から粘り、カウント2-2。その7球目。空振りを狙ったフォークが投じられた。
タイミングが合っていても、恐るべき落差でバットに掠らせもしない。完全なボール球であり、河合のようなパワーでヒットにできる打者でも無理なコース。見送るしか手段はない。
バギイィッ
「打ったーー!鈍い音!叩きつけた!」
しかし、友田は皐月のフォークを当ててみせる。その動きはまるで鈴一と重なるような、ボールに合わせて上手くヒットにする技術であった。
打った瞬間に走る動作は特に重なった。
打球はサード、流合のところ。高いバウンドと打球の勢いが弱かったせいで、捕球するまでに手間取る。まず、二塁は刺せない!迷う事無く、一塁送球を捕球前から決められた。
「松嵩!!」
捕球すると同時に即、ファーストの松嵩に送球。シールバックの林に負けない守備を魅せる流合であったが、それよりも速く
「セーフ!!セーフ!!セーーフ!!」
審判も分かっていることを何度も伝えるほど、恐るべき走塁だった。内野安打でこれほど興奮させてくれる打者は早々いない。
「友田!ようやくこの試合、初ヒット!!サードへの内野安打!!2塁1塁とチャンスを広げます!!」
「メチャクチャ速ぇっ。ありゃ誰にもアウトにはできねぇ」
「カインの杉上や鈴一さん、伏世さん、指折りの俊足に入るだけあるねぇ」
圧倒的なスピードで一塁を駆け抜ける友田。足の速さと技術を天性的に持っていることを証明し、人が到達や完成に至るまでどれだけの器量と鍛錬が掛かったか、それらを全て一笑するだろう模倣。
一塁を駆け抜け、鈴一を挑発するような表情を作る友田。言葉も送ってやる。
「鈴一さん、あんたにできる事は俺にもできるぜ」
「クソ生意気だな。本当に(守備はやる気ないで誤魔化すんだろ?)」
出会い、ぶつけていけない気がする天才同士。同じ1番打者だ。タイプは違えど、意識するのも無理はない。
「よーしよーし!いいぞ友田ーー!」
「これで2塁1塁!続け続けーー!」
「尾波ー!ゲッツーだけは止めてくれーー!」
ファン達もシールバックの怒涛の追い上げにテンションは物凄く上がり、塊となってグラウンドを揺らす声援となった。
5回裏に続いての、シールバックのビッグイニングの予感。
「2番、ライト、尾波」
打席に入った尾波。旗野上に対しても、友田に対してもフォーク。立て続けにフォークが原因によっての出塁だ。
『尾波、皐月のフォークを狙え』
マジ?
打席に入る前、尾波に対しての阪東からの助言であった。
これは阪東が先を見据えているからにある。皐月はフォークをメインの武器としている。早い段階でフォークを投じることに躊躇してもらえれば、尾波の後ろ。新藤と河合、嵐出琉、久慈の4人が続きやすい。また、リリーフ陣を先に引きずり出せる。
勢いがあれど、4点差は現実的に見ても遠い。1点ずつでは足りない。ここで追いつく、ここで逆転する。そーいった、大きな流れであると阪東は掴んでいた。
フォークを狙えって言われても、先ほどの友田のように内野安打を打てるわけがない。皐月のフォークは打てないコースに投げられる。
「ボール!」
だが、この助言が実は的確だった。投球時にはストレートかフォークかの判別が困難なほど、キッチリしたフォームを持つ皐月だ。どのタイミングでフォークが来るか、読むのは困難。
カウント1-2からの4球目。
ここまで見送りを続ける尾波。フォークを打つため、慎重な姿勢を作っている。あえてフォークも見送っている。少しでも落差を確認し、ストレートとフォークの区別を見極めるためだった。
つーか、投げられてバットを振ってから分かるレベルだ。見送って分かることだ。
「くっ……」
しかし、これが皐月と野田のバッテリーを苦しめた。旗野上と友田の出塁はハッキリと開き直ってみれば、運が悪かった。それで済む。
この尾波で1アウトは欲しいところだ。特に三振が良い場面。自慢のフォークを見られると厳しい。
「…………」
ストライクを獲りに来るストレートを狙っていると、見て良いだろう。チャンスを迎えておいて意外に冷静な打者だな。フォークを見極められると、配球に苦労する。
しかし、実際は手が出ないだけである。振るなと指示すればこれが悟られただろう。尾波は慎重に、慎重を重ねてボールを見極めた。真剣な擬態であった。
走者を2人置き、ここから先が新藤と河合という強打者。アウトをとるという意識は強いが、尾波は足が速いし1塁走者は友田だ。ゲッツーを狙いにいくには成功確率が低い上に、フィルダースチョイスは絶対に避けたい。
内野安打をやられたイメージもある。
三振が良い。となると、やはりフォークだ。捕逸は絶対にしないという自信がある野田。それは試合中だからこそ、自分を過信している。頼りにできる者、自分に縋るときだ。
そのためのフォークを真剣な見送りで潰される。
「ボール!」
カウント1-3。
ストライクゾーンにフォークを通すか?高めにボールがいき、長打を浴びれば2点は確実。かといって、ここまでの見送りがフォークを捨てて、ストレートの一本狙いだとすれば……。
どのストライクが正しいか。2択。
「入れてくるぞ、尾波」
フォークは落差が大きい。それは確かに厄介だが、見切れることができれば怖い変化球じゃない。
もう皐月のフォークの球筋は見えてきたはず。次を見送れば、打つのは至難だ。良い感じにストレートを狙っていると感じさせる見送りだった。
ストライクに入るフォークが来ると決め付けておけば、待ち構えておけば良い。
「!!」
ストライクになるフォークを待っていたのか!?馬鹿な!?打てると思っているのか!?
尾波がスイングした瞬間に意図を感じ取った野田。この打球がファールになれば、配球を変えて尾波を潰せただろう。ストライクになるフォークを引き出した。冷静に慌てずフォークボールを芯で捉え、打球はライナー性となってライト方向へ飛んでいく。
「打ったーーー!尾波、クリーンヒット!!」
自分でも驚くほど、皐月のフォークを捉えていた。いくら落差があってもコースが甘かったというのはある。
「止まれーー!旗野上!!」
「おっとっとっ……」
並のライトだったらホームに突入していただろう。しかし、飛んだ方向はライト。そして、驚異的な強肩でホームに送球する鈴一。三塁コーチャーが懸命になって、旗野上の走塁を止めた。行けばアウトになっていた。
「あ~~、惜しい~」
「でも、これで満塁ですよ!」
「よく続いた、尾波!」
多くのファン達が綺麗な打撃を褒め称えた。
「正直、マグレ。出来過ぎ」
1塁上でホッとしている尾波。コースが甘くても、あれだけのフォークをヒットにするのはそうそう上手くいかない。流れがいいのか、技術的に良くなったか。
9番、1番、2番。この3者が続いていき、シールバックの重量打線に繋いだ。
「3番、セカンド、新藤」
ここで先ほど3ランホームランを放った新藤が打席に入る。ここから河合、嵐出琉、そして、新藤と同じく3ランホームランを放った久慈へと繫がる。
この場面での新藤は、十中八九繋いで来る。2塁走者は友田となり、ワンヒットでまず2点は固いだろう。
難しいコースには手を出してこない。浅いカウントならば様子を見てくるだろう。ストレートを外角低め。内野ゴロならゲッツーはとりやすい。
「…………」
旗野上、友田、尾波。この3人が共にフォークによる出塁が完全に効いた。やはり、シールバックで最も頼れる打者。阪東の助言なしに、やって欲しいことを一発で決めてくれる。
フォークが投げ辛くなれば、もうストレートしかない。コースもフォークを予想させて、見逃して欲しい低めのストレート。ここまで絞りきれる。
今度のは集中力ではなく、完全な理に基づいての強振であった。無理矢理引っ張り、打球を強く上げる。河合、嵐出琉、久慈と続く場面で慎重に繋いでいくと思ったか?
「まず同点だろ?阪東さん」
一発攻勢。しかし、ソロホームランや2ランホームランがない。走者を溜めて、打者が一気に返すという理想形の攻撃だった。
ドオオォォンッ
初球から。どー、新藤が打っていくか。多くが思考している間に決めてしまう勝負強さと決断力。ちゃんとした結果を残す実行力。まとめて返した、自分もろとも。全てが興奮前に唖然や失神を通した。
「なっ、な」
しばらく、言葉が出ない実況さん。解説としている野際達も同じだ。
「ここで満塁本塁打だーー!!新藤、2打席連発!!それも3ラン、満塁弾と、わずか2打席で7打点!?ここまで勝負強い打者がいるか!?」
打球がレフトスタンドに入ったことも、得点が加算されるところも全て、興奮する前に行われてしまった。
「おいおい!一気に追いついちまったぞ!!ここでホームランかよ!?」
「11点差が確かにあったんだよ!新藤と久慈だけで追いついた!?」
「普通、追いつくかよ!?普通じゃねぇか、こいつ等は!?」
解説陣も、もう興奮しながらこの異常なシールバックの攻撃力と破壊力に動揺しまくっていた。いくら新藤が飛び抜けていた打者だからといって、不調や相手からの対策を突破しただけで、ここまで止められない化け物だとは思わなかった。
警戒していた度合いがあまりにも薄かった。
「ぎゃーーーーー!!」
「新藤神すぎるーーーー!!」
「ここ一番の勝負師だ!!」
「試合を振り出しにしてくれた!勝てるぞ、この試合!!」
「なんて試合を観られているの!!」
「11点差が、あの11点差が……なくなった……」
「オールビーに追いついた……」
尾波がヒットを打ったと思った次の瞬間には追いついていた。家で見る野球中継中、ちょっとトイレ行ってくるとか、飲み物をとりに行くとか、それほど短い間に決まった同点弾。
現地にいるファンの多くが一瞬で表情が変わった。あまりの嬉しさに大号泣するほどの、劇的過ぎる同点弾。一部のファンが気絶しそうになるほどだ。
「シールバックの応援を続けて、良かった……」
涙でもうグラウンドが、選手達の姿が見えなくなるファンが大勢いた。
声が別の意味で出なくなった。それが嬉しくてたまらない。まだ、本当に勝ったわけじゃないのに、強いチームを相手にこの追い上げを決めてくれたこと。




