夢提供者
しょっぱなから追いかける展開となったか。2順目まで凌げるかと思ったが、そう甘くはないな。
「野田!ライトフライに倒れ、1回は五十五のツーランのみで終わりました!」
川北はその後、松嵩にツーベースを打たれピンチを招くも、持ち前の気迫で踏ん張って戻ってきた。流合と野田の不運に救われた結果だ。
正直、ベアストーンから獲れる点は2点がいいところ。奴が下がっても中継ぎは昨日の田中昌のおかげで、まだ誰一人も投げていない。
シールバックは初回からこの試合、断崖絶壁に立たされた状況に陥った。
「焦るなよ。じっくり攻めれば、ベアストーンは必ず打てることを忘れるな!」
消極的とも言えるか。初回、ベアストーンの投じた9球とは全て追い込まれてからの打撃結果だ。
「ストライク!!」
「これでシールバック、4者連続で初球を見逃しています。これは一体どーゆうことでしょうか?4球ともストライクですが……。打ちに行く河合ですよ!」
「ストライクでも手を出しにくいアウトローギリギリだぞ。見逃しは悪くねぇ判断だ。河合らしくねぇが」
友田、河合という自己中的な打者達が揃って見送りをした。
このことから解説陣も、オールビー全体も、シールバックが明らかな待球策をとっていることが分かった。
「三振には3球が必要。打たせて本当に捕れるなら1球で済むがの」
「どんな打者も1球目、2球目で振らなければ決してアウトにはならない。ヒットを打とうとするよりも、確実にベアストーンの球数を使わせる気だ」
キイィィンッ
「ファール!!」
「ふんっ!緩急がない分、タイミングは合いやすいぜ」
ヒットを打たせない投球に対し、阪東がシールバック打線に敷いた作戦は決してフェアゾーンに打球を運ばない事だった。簡単に言うと、全員粘れということだ。
「単純だが、ベアストーンにとっては厄介だな」
三振の欲がない、エースという自覚もそこまでないベアストーン。今シーズンは安定した投球でキッチリと試合を作り、後ろの投手陣にバトンを渡す投球を続けてきた。
「ベアストーンは故障の経験がある。それも大怪我の。ベアストーンの定期健診の時会って、病院で何回か話したな」
今シーズン、シールバックのケントからもらった死球によって、後半戦を棒に降った新田がベアストーンの経歴について教えてくれた。
「バリバリの速球派として名を売っていたが、オールビーに入団した直後に肘を故障。さらに半年後に肩を痛め、1年目は登板0。実力を期待されるも、登板できなかったことによってファンや球団関係者から強いバッシングを浴びたそうだ。怪我は本当におっかない」
また、自分自身もまったく投げることができず、野球に対する情熱や気迫という物が失ってしまったそうだ。
それでも彼が生き残る道は投手しかなかった。繰り返すリハビリは社会復帰ではなく、投手への復帰のため。機械を調整するような地道な、地道な……寂しい道をひたすら歩いて投げることができた球は。
「大怪我から復帰し、ブルペンで思い切って投じたのは100キロほどのストレートが限界だったという」
「そ、それって本当に怪我明けだったんですか!?子供並ですよ!」
子供のような投球しかできなかった当時のベアストーン。
「リハビリで精一杯だった上に、当時の精神状態では投球に対する恐れが強く残っていたそうだ。投手として必要な精神力がなくなったのはこの時からだろう」
速い球を投げる。手っ取り早くやるためには強く腕を振ること。それすらできないほど、強いショックが残っていた証拠。
大怪我から復帰したベアストーンにまた立ち塞がった難題はイメージ通りに身体を動かせなかったこと。経験してきた事がほとんどなくなり、プレイの一つ一つに枷があった。プロ入りしたというのに大怪我をし、その上自分の能力が著しく低下したことに対する衝撃は予想以上に重く、キツイモノだろう。
しかし、それでも彼は投手の道を進んだ。トレードにも出され、他球団で支配下登録から育成枠に一度落ちることもあったが、彼は再び支配下登録を勝ち取り、何もできずに一度去ってしまったオールビーに戻ってきたのだ。
経歴がかなり異色な投手だ。
「そ、壮絶な経歴ですね」
「プロ野球界では有名じゃないか。色々と」
どん底を歩みながら……。
ベアストーンが辿り着いた投球術がテンポの良い投球。アウトを重視した打たせて捕る投球へと変更。
かつてほどではないが、怪我をしないように投げることを続け、打たせて捕るための基本的な球威を取り戻し、変化球と直球のフォームにばらつきが出ないようフォーム強化に取り組んだ。リリースポイントの位置変更、そのために下半身の粘りを身につけるため、徹底的な下半身の強化を行った。
健康管理と体調管理にも気を遣った。そのための借金も作った。
『投手として活躍できなかったら、マウンドで自殺しようと思いました。あの時はそれだけの練習していた』
かなり前の野球雑誌に載っていたベアストーンの言葉だ。
初登板は3年目。その年、徹底した低めへの投球で東リーグで連勝を重ね、当時から無敵であったオールビー相手に、勝ち越した結果を残すほどの大投手となっていた。
奪三振は少ないが、それ以上に少なかったのが四死球であった。ガンガンストライクを獲っていくがどの球も厳しいコースへの投球。打者の技術を問われるほど、厳しい投球で勝ち星を重ねていた。
「確かに派手さはほとんどいってない。ですが、エースにしろ投手にしろ。それ自体は特に意味はありません」
この場はプロ野球。プロというだけあって、野球を続けて来て金を頂く場。上手くなくてはいけない。
大怪我からの復活を遂げたベアストーン。武器はテンポの良い投球という、一見じゃ分かり辛いモノであるが、結果と実績をしっかりと見れば分かるもの。
「しかし、奴は確か完投をそこまでせんだろ?球数が放らないのは先発としては失格だな。中4日どころか中5日もできんし……男じゃないな」
「水嶋さんの言い分も分かります。ベアストーンは100球前後が限界の投手です。事実、彼自身も認めているでしょう」
「親父。投手は"抑えれば"、そんなリスクは関係ないんだよ。事実、抑える投手なんだからな」
テンポ良く投げ、球数を抑えたいのも怪我を防止するため。大怪我という恐怖を知ったベアストーンにとって、無理や無茶、根性という表現はなくなった。
彼はそれらを実体験しているからだ。
限界を知れば誰でもできることが限られる。そう知るのが限界への挑戦なのだ。
大怪我の時、励みになったのは病室で過ごす病気の子供達だとベアストーンは新田に語っていた。
こんな怪我や病気になってなんて可哀想な僕なんだって……って思う子供達の前で、自分は凄い投手だということを証明するような投球はしない。凄い投手というのは誰が見ても分かるモノだから。格差を知るからだ。
だったらね。俺は限界まで頑張れば、ここまでやれることを証明するような投手を理想像とするよ。
大怪我を乗り越え、プロのマウンドで堂々と打者と勝負していく投手。そこに150キロの速球もなければ、切り札となる変化球もなく、ただただテンポ良く低めに集めるだけ。ハデさがなくても、みんなで守って勝ち上がる投手。
乗り越えて手に入れた物がどれだけ素晴らしいかを伝える。
プロ選手が子供に夢を与えるのは、エースや4番、スター選手じゃなくても良い事だろう?
精神論は嫌いだけど、否定はしないさ。ただ、その意ができない者。あるいは過酷を知ることで前に進もうとしない者。そんな彼等に一歩だけでも踏み出せるような、プレイをしていきたい。
「うらああぁぁっ!!」
「!」
コントロールだけに注いだ投球をするベアストーンに対し、打者の河合は小細工を粉砕するようなフルスイングで、相手の希望を壊そうとしていた。
同じく練習で培った肉体なのであろうが、持って生まれた肉体の大きさは才能としか言いようがない。
ポーーンッ
「シールバック!!初安打は河合!」
「だせぇポテンヒットじゃねぇか」
「いや、芯から外されていてもあそこまで弾き飛ばすのは相当なパワーが必要だぞ。河合らしい当たりだよ」
ベアストーンを降板させるためにも、ただボールを見送るだけでなくヒットを重ねるのも効果的だ。というか、打たなきゃ得点することができない。
「嵐出琉ー!尾波ー!手加減いらねぇぞ!!ガンガン打ってけ!!」
塁上で、ここまでオールビーに抑えられている不満をぶつけるような檄を飛ばす河合。そろそろ打線が爆発しねぇと、マジで勝ち目がない。
焦りもある。
「言われなくても分かってマース」
全国シリーズ、1戦目。打っているのは友田と新藤のみ。
重量打線と言われながら後ろが足を引っ張っている状況だ。短期決戦は一戦集中だ。
「5番、ファースト、嵐出琉」
「どーするかな」
ノーアウトのランナーは大事にいきたいところ。とはいえ、走者は河合。ベアストーンが投げていればゴロを打たせて、ゲッツーという結果も見えてくる。
かといって、打ち上げていっても河合みたいにポテンヒットが生まれるとも限らない。
阪東が普通のチームを率いていたら、ここは確実に1点は獲りたいところだ。大量点を獲れるような投手じゃない上に、打たせて捕れるベアストーンの投球が与える、攻めの選択肢の狭まりは采配を縛ってくる。
自由に打たせてヒットが続くのが理想だ。しかし、川北が初回で2失点した以上この試合はもうかなり不利だ。このイニング、得点を挙げられなければ……。
戦力差が大きくあることを把握している阪東。先手をとられればやり返す術はほぼなかった。変わらず一貫。徹頭徹尾。この試合は仕方ない。
川北に一任している。
見切りの良さ。揺らいでいる勝利の気持ち。慌てる、急ぐような、不安走る気持ちを握り締めての黙認。ダンマリだ。それもまた指揮官の仕事。
「嵐出琉!SFFをひっかけ、6,4,3のダブルプレー!!チャンスを活かせず!」
ベアストーンの注文通り。内野ゴロを打たせての併殺。東リーグで最も併殺を打たせた投手、ここでキッチリと仕事を決めた。
続く尾波もファーストゴロに倒れ、2回の攻撃も無得点に終わるシールバック。
せっかくの好機を活かせず!
静かに打ち捕っていくベアストーンに突破口はあるのか?




