敗戦引受
「いやーーー!!凄かったわね!暁くん!あの先制点はさすが!!」
そうやって呼ぶのは河合の奥さんであった。
「それに比べて正幸の奴は~~~!!確か、3三振だっけ?渇入れておくわ!」
「いえいえ。正幸さんがいるといつも心強いって言ってますから。助け合いでいきましょう」
シールバック応援団。全国シリーズで1勝に酔いしれるパーティーを開いていた。東リーグ最強のオールビーに勝つというだけでお祭となるのも無理はない。
「残り3勝だな」
「まだ早いことだが、神里がまさか田中昌に投げ勝つなんて誰も思ってなかっただろう」
「井梁、安藤、沼田をワンポイントリリーフに回した起用にも驚いた」
「いや一番驚いたのは、1軍登板が一度もなかった二木が打者5人を完璧に抑えたところだろ!?普通するか!?この大一番で投げさせるなんて!」
「しかも、その采配全てがドンピシャだもんな」
当たっていなければ相当やばかった采配だろう。勝ちパターンを崩しての作戦だったのだ。
しかし、それをしてきた阪東の指揮は相当勝ちたいという気持ちがあるということだ。どんなに言われようが、自分の勝ち筋を信じている。
「明日の先発は川北さんか」
「その次、移動日で明々後日の3戦目はやっぱり久慈か?」
「いや、登板予定によると3戦目は須見になっていた。久慈は4戦目だろう」
「登録している先発投手は4人だったから、5戦目に神里か」
「神里が2勝、川北と久慈で1勝……須見は5回まで投げてくれれば良いぐらいだな」
夢を見る。
いいじゃないか、ファンなんだから。好きなんだから。現場にいられず、声援を飛ばすだけ、期待を送る。自分にできないことを、プレイする選手に夢を見たい。
「シールバック、勝ったな」
「ああ。俺達のチームが勝って良かったな」
全国シリーズ不参加の選手。戸田と海槻など。たとえ、自分が何も力になれなくてもこのチームの凄さ、可能性に希望をもらえた。同時に負けろと、来季のチャンスを狙った相手への応援もしていた。
小さいな。人が、落ちぶれていくことで自分が繰り上がると考えている。
こりゃレギュラーにも、ましてやベンチにも入れるわけがない。
◇ ◇
一方で先勝したシールバックの、戦力である選手達。
勝利の余韻に浸ったのは応援していた者達よりも短かった。それは嬉しい。東リーグ最強……いや、総合力で見れば12球団一の実力がある球団に勝利したのだ。しかし、まだ1勝に過ぎない。
宿泊しているホテルにある多目的室を使い、選手全員を集めてミーティングをする阪東。ペナントレースでも週に2回。多いときは4回はしていた。
「今日の反省会と明日への予習だ」
阪東を含め、選手達全員が明日の試合に意識を向けていた。
「田中昌から9回までに6安打。2得点……確かに田中昌が東リーグ最強の投手と言える。しかし、なんてザマだ。なぁ?」
チャンスは2度か1度か、それほどの投手を相手にチャンスを作った回数は
「3度の好機で活かせたのは1度だけか。それも1得点だけか」
投手陣に対しては文句の付けようがない。今日は投手に勝たせてもらった試合。
阪東の計算にはなかった、今日の勝利。
「好き勝手やっていいのはお前だけだ。しかし、3三振はねぇな。河合」
「悪かったな」
こーいった切り込みから入ったのは第2戦で登板するであろう投手への対策であった。
「SFFが来るといったろう。ストレート狙いで崩せる奴じゃないぞ」
「ちっ」
「データはしっかりと把握し、活かしてくれ。短期決戦では情報の差が大きく分けることもあるんだからな」
次、田中昌と戦う時。2得点では話にならない。
初戦だからこそオールビーに掛かるプレッシャーと、情報量の少なさがあっての1失点だっただろう。2戦目以降は乱打線に持ち込みたいのが阪東の構想にあった。
「とまぁ、次に登板するであろう。オールビー、ベアストーン。この選手にだけは河合にも、友田にも協力してもらう。2番手とはいえ、田中昌や牧に並ぶ屈しの好投手だ」
東リーグでノーヒットノーランも達成した事のある名投手だ。
ただし、ベアストーンには不思議というか、投手としては欠落している面があった。もちろん、彼にもしっかりとしたバックボーンがある。
"決してエースにはなれない精神力"の持ち主。
「5回……遅くても6回には、ベアストーンをマウンドから引き摺り下ろす」
2戦目の戦い方を阪東から聞かされた選手達。野球をするためじゃない。勝つための布石であることを思い知る。阪東に限らず、監督などの指揮官の力というのは劣勢の中でどうやって難題を振り払うかを問われる。計算、作戦の緻密さ。イレギュラーに対しての対応力。
4勝を手に入れるため、どうやって戦って負けるか。
そこまで、阪東は選手一同に告げた。
◇ ◇
そして、1日も待たずに再び両チームがスタジアムに集結する。1戦目の熱戦そのままの空気を引き連れ、ファンも選手も、審判も、両監督も。
「野球の時間だ」
シールズ・シールバック。
1番.指名打者、友田
2番.レフト、千野
3番.セカンド、新藤
4番.キャッチャー、河合
5番.ファースト、嵐出琉
6番.ライト、尾波
7番.センター、本城
8番.ショート、東海林
9番.サード、林
先発.川北
RTBオールビー
1番.ライト、鈴一
2番.センター、伏世
3番.サード、流合
4番.レフト、五十五
5番.ファースト、松嵩
6番.キャッチャー、野田
7番.指名打者、キングランド
8番.セカンド、白原
9番.ショート、ホモリン
先発.ベアストーン
オールビーのスタメンは変わらない。また、シールバックも野手の主力5人は何も代わらず。木野内から千野へ、本城が7番に入り、ショートには日向ではなく東海林が入ったオーダーであった。
「えー、本日のゲスト解説は西リーグの"AIDA"より、選手会長の新田選手。エースの石田選手!そして、野球狂こと水嶋さんでお送りいたします!」
「あははは。こんな形で再登場するなんてねぇ~……。来シーズンから活躍できるよ。怪我も治りかけている」
「下の名前。決めていなかったとかふざけんな」
「石田か根岸、白石のいずれかがマウンドに上がらんのか?我が血筋の者を応援したいのぉ~」
あ~~。また、人選間違えたな~~。
野球中継をお送りするために働いている人達は、いつもの野球解説を行なう人材のミスに頭を抱えた。なんというか、解説する気がねぇ親子2人を呼んでしまった。新田さん。あなただけが頼りです。
「え、えーっと。新田さんは今日の全国シリーズの見所についてどう思いますか?」
「先発は川北、ベアストーンの対決。双方、タイプがまったく違う投手ですが、やはり先制点が大きく左右するでしょう。両チームの打線がいかに先発を崩すきっかけを作れるかも、ポイントとなりますね」
細かいを説明を省き。川北もベアストーンも、エースではないがそれに匹敵するだけの力量があることを明確に示す。その上で……
「昨日の試合は両投手がよーやっていたな」
「かかかか、大エースが投げれば必要ないんだよ。小細工というのはそもそも名投手の器にはないぞ」
投手の話になるとなぜだか盛り上がりを出す親子。やっぱり投手なんだなって、相方の新田と実況の担当者は思う。
「今日の見所となる打者は双方の四番。河合と五十五でしょうね」
「両打者共に球界で肩を並べられる長距離砲。絶対的なエースじゃない投手戦なら、ホームランは大きく差を分けるだろうな」
「昨日みたいなガチガチの投手戦になることはないな。オールビーがそろそろ本来の力を出してくる頃合だろう」
解説を務める新田達の予想では本来の野球らしい、得失点差が生まれるゲームだろうと予想している。守ると攻めるの野球、その両方が生まれる展開になるのは間違いない。
「1番、指名打者、友田」
左打席に入った友田。今日戦う投手、ベアストーンは投手らしからぬ上から目線は一切なかった。
「クールに行こうか」
イニングの先頭打者と向き合う時、ロージンを必ず3回弄る癖。
視線はバッターの方にしっかりと意識するも、投げる右手は握ったボールを細かく確かめていた。
ベアストーンは非常に繊細な投手なのである。
自分の状態、ボールの状態はもちろん。グラウンド、天候、野手の状況なども把握している投手。毎回、選手やスタッフの誕生日にはお祝いの品物を送るそうだ。1週間に1度の回数で病院に赴き、徹底的に自分の身体の異常を調べてもいる。ちなみに奥さんと娘さんにも1ヶ月に1度、定期健診に通わせている。
物凄く繊細。
「ストライク!!」
150キロ以上を連発し、伝家の宝刀SFFを持つ田中昌と違い、ベアストーンは140キロ台前半の直球が主体。変化球は田中昌と同じくSFFを投げるが、抜群のキレがあるわけではない。スライダーもそこそこ。
「ファール!!」
直球、変化球、体力、……そして、制球力も田中昌には劣る。本人も認めている。エースとしての風格はそこまで感じ取れない。
それでも彼が田中昌や牧と並ぶほどの実力を誇るのは、球界で最もストライクゾーンで勝負できる投手だからだ。
「やべっ」
もう追い込まれた。情報通り、ストライクゾーンでガンガン勝負してくる。テンポが速いし、考える暇なんかくれない。なによりストライクゾーンに投げ込むのに、厳しいところばかり投げて来る。低めが鬼だろ。
強気の勝負というと少し違う。ベアストーンの投球一つ一つは田中昌より劣る。
基本的な配球としてある。外スラや、低めに落ちるフォークといった。バットに当てさせない配球を使わないベアストーンだからこそできる、完全なストライク重視の投球。彼がボールを出すときは大抵、審判の感覚がベアストーンと合っていない時だけである。
ギィィンッ
遊び球や振らせる球はほぼない。奪三振の多くは見逃しというデータまである。
1人の打者を終わらせるためには3球が理想と本人は語る。
「アウト!」
「友田!ベアストーンのスライダーをひっかけ、ファーストゴロに倒れます!」
上から目線。鼻っ柱が強く、剛速球で打者を圧倒。時にはキレのある変化球で相手を惑わし、打者と打球をグラウンドに転がせる。野球の守備位置の中で唯一、高く立っている投手であるのだが、ベアストーンにはそれらの矜持や理想像などがない。奪三振に対しての意欲はない。
古いとは言わないが、自分には合わないと。
根性や自覚はなくても良い。過程にも結果にも興味はない。
「俺はただ自分のできる最高の投球をするだけ」
自分が、本当にやり切れるところまで投げるのが自分の仕事。
プロ野球選手は野球をすることだ。
仮に自分がやり切れるところまで投げるのなら、100失点しても良いだろう。味方のエラーも、悪天候などいくらでも良いだろう。
そこに三振はなかったが。
「千野!新藤までも、内野ゴロで仕留めるベアストーン!!今日も健在!"ゴロクマー"の実力を見せつける、わずか9球の投球!!シールバック、無得点!」
「圧倒的ではないが安定感抜群じゃんかよ」
「ストライクで勝負できるセンスは超一流だ。ボールがよく手元で動いているから打者にとっては芯で捉え辛いタイプだね」
しっかりフルスイングする打者に対し、短い変化でバットの芯から外してくる。緩急をそこまで使わないことでストレートか、SFFか、スライダーか、打者にはまったく悟らせない。フォームもしっかりと固めている。
オールビー守護神の上草が先発をしているイメージか。
「鉄壁の内野陣だからこそできる、打たせて捕る投球だのぉ。しかし、エースらしからぬ投球だ。相変わらず。爺にとっては嫌いだ」
三振は投手の華。野球の華とも言えるのに、それを狙う気がない。
ベアストーンは投手と守る野手の仕事はアウトと考えており、三振はアウトにさせるための一つの手段としか考えていない。古臭くないが、新しくもない発想。
「ワシは川北を応援してやるかの~。あーゆう気合が入った投手は見ていてスカッとするわい」
「じゃあ、俺はベアストーンを応援するか。シールバックの河合が嫌いだし」
「お、お二人共。解説者なんですよ。個人の応援を宣言するのは止めてくれませんか?」
「はははは、いいじゃないか。実況さん。私が中立にいますから、ね」
なんのかんので盛り上がっている実況席。一方で試合はオールビーの攻撃が始まる。
「1番、ライト、鈴一」
2戦目の先発を任された川北。シールバック投手陣の中で最も高齢であるが、熱気の篭った強気の投球を持ち味とし、ストレートとカットボールでゴリゴリ押していく。この歳でもエースという自覚を出している、血気盛んな投手だ。
「おりゃああぁっ!!」
2戦目とはいえ、全国シリーズで投げられる事を光栄に思っている。
気合、気迫、根性、熱意。ペナントレースで投げる以上の、魂が湧き上がっている。
だが、この日は……
ガコオォッ
「バウンドが高い!!ショート!東海林、間に合うか!?」
「今のは鈴一が使い分ける打撃の一つだ。絶対に無理だ」
ベアストーンに合わせるかのように積極的な早打ちで川北に襲い掛かるオールビー打線。
鈴一は2球目のストレートを叩き、ショートへの内野安打で出塁を果たすと。
「走ったーーー!!」
「完全にモーションを盗んでいる!!」
伏世がしっかりとボールを選び、川北と河合の2人の意識をバッター集中にさせた状況を作った。4球目で盗塁を敢行し、成功させる鈴一。
そして、伏世が進塁打を放って1アウト3塁という絶好の先制機を作り上げて、3番、流合。
バヂイィィッ
「っっ……なんて打球だ。痛いな」
流合はシールバックの内野陣で、その守備範囲が極めて狭い新藤を狙ったような強襲ライナーを放つも、
「良いカットボールだ。狙いがずれちまったよ。右中間に運んでやろうと思ったのに」
「アウトになったのに清々しい顔」
「良い当たりで残念がってどーする?まー、お前が決めてこい」
新藤の真正面という不運に終わる。これは後にラッキーだった。
「4番、レフト、五十五」
相性という物がある。五十五にとって川北は絶好の投手であった。
パワー勝負なら望むところ。気迫に加え、ノビがあり、キレもある投手の球を全力で打ち込むことが4番打者の役割。打者としての器量が試されるところ。
真向勝負してきた川北に応えるように五十五もフルスイング。その当たりはスタジアムにいる全ての人達が見上げるほどの超特大の当たりだった。
もう少しで場外に行くような圧倒的な飛距離を叩き出す打撃は絶対に間違えないだろう。
「入ったーーー!!先制はオールビー!!五十五のツーランで2点先制!!」




