第一夜
「 a castle in the air.」
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〜……言わずと知れた、それは“壊疽”。〜
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ご主人は、病気なんです。
もう、何秒も、何分も、何時間も何十時間も何百時間も何千何億────。
「ご主人様」
囁きは、扉の先へとは届かない。この重たい扉が、擦り抜けることさえ赦さず分厚く塗り潰してしまう。
「まだやっていたのかい?」
「……。あら、来たのね」
わざとらしく、私はいけしゃあしゃあと背後に言い放った。
「 道化師 」
後ろでクスリクスリ笑うその存在は私が知る限り道化師だった。
ご主人がそう呼んでた気もするし、私が自ら呼び出したのかもしれない。……私が?
それはおかしい。それは妄想だ。そう、ファンタジーだ。そう、ファンシーだ。
「あなたは相変わらずですね」
道化師はまた一つくすりと笑った。そのたびに笑みの色は濃くなるばかり。ついには底が知れない。
けれど、知っているの。
道化師が何を言いたいかも。
……[何]を面白がっているのかも。
「いきましょう」
「どこへ?」
「そんな、へばり付いていてもあなたのご主人はその扉を開けない。意味は無い」
やけに真面目な表情に切り替わったと思えばそんなわかり切った言葉を。要らないわね。
……そもそも道化師の言う“いきましょう”は、
果たして
『行きましょう』
なのか
『生きましょう』
なのか
はたまた
『逝きましょう』
なのか
まったくわからないわ。
私は、放そうとしなかった。扉に押し付け続けた耳を、手を膝を。その直角に在る床についてる足も。もう随分そうしていたから、生まれたときからこうしていたかのようだわ。
「いつまで、そうしているんだい? ドーリィ」
「うるさいわ、道化師。私はご主人在っての『私』。誰にも覆せない」
私は、耳だけでなく頬も右半分の額も閉じた目もぐっと擦り付けた。
その様を観て、道化師は溜め息をくれた。
ちょっとめずらしいから、ちょっと得した気分。それでも、この閑散した空しさを晴らしてはくれない。
「────しまったんですよ、あなたのご主人は」
「だから?」
「だから、」
「私は“人形”。私はご主人のためだけに在る」
きっぱり宣した私に呆れたのか、道化師は掻き消えた。
“亡くなってしまったんですよ、あなたのご主人は”
知ってるわ。
この閉ざされた向こうは何も無い。どんなに耳を押し付けようと擦り付けようと音も存在も感知出来ない。
だって在るのはベッドと他の家具と
ご主人の、抜け殻よ。
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