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聖女様物語  作者: Elle


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44/44

その44

## 王子の侍従


ゼアル王子は、聖女様、ヘレナ嬢、スージー嬢、ニーナ嬢、ルナ嬢と楽しそうに歓談しておられた。


皆様、本当に楽しそうで何よりだ。


聖女様が何かおっしゃるたびに笑いが起こり、ゼアル王子も普段の王宮ではなかなか見せないような柔らかな笑顔を浮かべておられる。


しばらく子爵家のガゼボでお茶を楽しんだあと、皆様はそのまま王都へ出掛けることになった。


もちろん、私も少し離れた場所からお供する。


王都へ着いて最初に向かわれたのは、若いご令嬢方に人気の服飾店だった。


店へ入るなり、聖女様の目が輝く。


「これ可愛い~!」


早速一着の服を手に取られる。


「ヘレナ、こっちも似合いそう!」


「聖女様、それは少し派手では……」


「え~、絶対似合うって!」


「本当でしょうか……」


「本当、本当!」


聖女様を中心に、皆様は楽しそうに店内を見て回っておられた。


スージー嬢とルナ嬢も次々に服を手に取り、ヘレナ嬢へ当ててみたり、聖女様へ勧めたりしている。


ニーナ嬢も最初こそ少し離れて見守っていたが、いつの間にか聖女様に呼ばれて意見を求められていた。


その中に男性が一人。


ゼアル王子である。


女性ばかりの買い物など退屈されるのではないかと少し心配していたのだが、殿下は嫌そうな顔一つされなかった。


むしろ、時折感想を求められると、本気で考えて答えておられる。


「ゼアル」


聖女様が二着の服を持って振り返った。


「こっちとこっち、どっちがいい?」


「そうですね……」


ゼアル王子はしばらく真剣に見比べられた。


「聖女様でしたら、こちらの方がお似合いかと思います」


「じゃあ、こっち!」


即決である。


「もう片方はよろしいのですか?」


「ゼアルがこっちって言ったから、こっち!」


「……そうですか」


ゼアル王子のお顔が、少しだけ赤くなった。


ヘレナ嬢たちはそれに気づいたらしく、何やら楽しそうに笑っている。


私は何も見なかったことにした。


次に向かったのは、装飾品を扱う店だった。


髪飾り。


ネックレス。


ブレスレット。


小さな宝石を使った耳飾り。


店内には華やかな品々が並び、女性陣の目が一斉に輝く。


「これ綺麗!」


「こちらも可愛いですよ」


「この髪飾り、ヘレナに似合いそう!」


「私はこっちの方が好きです」


皆様が楽しそうに商品を見て回る中。


ふと気づくと、ゼアル王子も一つの陳列棚の前で、何やら熱心に品物をご覧になっていた。


珍しい。


そう思ったものの。


私は特に気に留めなかった。


……この時までは。


それからも何軒かの店を巡り、気がつけば空は茜色に染まり始めていた。


夕食は、以前からゼアル王子がお勧めされていた料理店へ向かうことになった。


名物はローストビーフ。


王族が利用しても問題のない格式を保ちながら、堅苦しすぎず、一般の裕福な商人や貴族たちにも人気の店である。


個室へ案内されると、ニーナ嬢はいつものように皆様から少し離れた場所へ控えようとした。


しかし。


「ニーナも座ろ~」


聖女様がすぐに声を掛けられた。


「ですが聖女様、私はお付きの者でございますので」


「今日はみんなでご飯食べる日なの!」


「ですが――」


「座ろ?」


「…………」


聖女様がにこにこと見つめる。


ニーナ嬢は数秒耐えていたが。


やがて小さく息を吐いた。


「……かしこまりました」


結局。


聖女様には敵わないらしい。


こうして六人で一つのテーブルを囲むことになった。


やがて料理が運ばれてくる。


その中でも大きな皿へ盛られたローストビーフが置かれた瞬間、ゼアル王子の表情が明らかに変わった。


「これです!」


殿下にしては珍しく、少し興奮した声だった。


「これが本当に美味しいんですよ」


「そんなに?」


「はい。お肉も柔らかいのですが、特にこのソースが素晴らしくて」


聖女様が早速一切れ口へ運ぶ。


もぐもぐ。


そして。


「おいし~!」


満面の笑みを浮かべた。


「ゼアル、これすっごく美味しい!」


「気に入っていただけましたか?」


「うん!」


たったその一言だけで。


ゼアル王子のお顔もぱっと明るくなる。


「よかったです」


本当に嬉しそうだ。


ヘレナ嬢も、スージー嬢も、ルナ嬢も次々に料理を口にしていく。


「本当に柔らかいですね」


「このソース、パンにつけても美味しそう」


「私、おかわりしてもいいですか?」


「もちろんですよ」


最初は遠慮がちだったニーナ嬢も、聖女様に何度も料理を勧められるうちに、いつの間にか自然と会話へ加わっていた。


笑い声が絶えない。


私は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。


何とも不思議な光景である。


聖女。


王子。


子爵令嬢。


市井で育った娘たち。


そして侍女。


本来ならば、身分も立場もまるで違う。


同じ食卓を囲むことすら珍しく、ましてやこれほど気安く笑い合うことなど、普通ならば考えられない。


それなのに。


今の六人を見ていると。


そんな違いなど、ほとんど感じられなかった。


聖女様が笑えば。


皆が笑う。


ゼアル王子が美味しい店の話をすれば。


全員が興味深そうに耳を傾ける。


誰かが冗談を言えば。


身分など関係なく、皆で笑う。


まるで。


ずっと昔から一緒に過ごしてきた仲間のようだった。


夕食を終える頃には、王都はすっかり夜の帳に包まれていた。


帰りは王家の馬車で、お一人ずつご自宅までお送りすることになった。


そして。


最初の方を送り届けるため馬車が止まった時。


ゼアル王子が、ふと思い出したように私へ合図を送られた。


「例の物を」


「はい」


私はすぐに用意していた包みを取り出す。


昼間。


王都の装飾品店で、ゼアル王子が密かにお買い求めになっていた品である。


あの時。


随分と熱心に商品をご覧になっていると思ったが。


どうやら、皆様への贈り物を選んでおられたらしい。


「今日はありがとうございました」


ゼアル王子は包みを差し出された。


「よければ、こちらを受け取ってください」


「えっ……?」


突然の贈り物に、当然ながら皆様は戸惑われた。


「そんな、いただけません」


「今日はお食事までご馳走になったのに……」


遠慮される方もいる。


しかし。


ゼアル王子は無理に押しつけることはなさらなかった。


ただ穏やかに微笑まれる。


「今日、ご一緒していただいたお礼です」


そして。


「私が差し上げたいと思って選んだものです。どうか受け取っていただけませんか?」


「…………」


そこまで丁寧に言われてしまえば。


強く断れる方はいない。


「……では」


「ありがとうございます、ゼアル様」


皆様、少し頬を染めながらも、嬉しそうに受け取っておられた。


ヘレナ嬢。


スージー嬢。


ルナ嬢。


そしてニーナ嬢。


ニーナ嬢だけは最後まで、


「私は侍女ですので」


と遠慮されていたが。


「今日、一緒に過ごしてくださった方へお渡ししたいのです」


とゼアル王子に言われ。


さらに聖女様から、


「ニーナももらって!」


と背中を押され。


とうとう受け取っておられた。


「……ありがとうございます」


その時のニーナ嬢のお顔が、ほんの少しだけ赤くなっていたことは。


私の胸にしまっておこう。


そして。


最後にお送りしたのは、聖女様だった。


神殿の前で馬車が止まる。


扉が開くと、聖女様は元気よく降りられた。


「今日は楽しかった~!」


大きく伸びをされる。


「ゼアル、また遊ぼうね!」


ゼアル王子も馬車から降り、穏やかに微笑まれた。


「はい。ぜひ」


「約束だからね!」


「もちろんです」


聖女様は満足そうに頷く。


するとゼアル王子が、最後に残っていた包みを差し出された。


「聖女様にも」


「私にも?」


「はい。今日のお礼です」


「わぁ……!」


聖女様は嬉しそうに受け取る。


「ありがとう、ゼアル!」


大事そうに胸へ抱えられた。


「家に帰ったらすぐ見るね!」


「気に入っていただければ嬉しいです」


「絶対気に入る!」


まだ中身を見ていない。


だが。


聖女様なら本当にそう言うのだろう。


「じゃあね~!」


「はい。お気をつけて」


「またね~!」


何度も手を振りながら、聖女様は神殿の中へ戻っていかれた。


その姿が見えなくなるまで。


ゼアル王子は、静かにその場に立っておられた。


そしてようやく。


「……帰ろうか」


「はい」


馬車へ戻られる。


その横顔は。


どこか満足そうだった。


私は何も言わず。


ただ静かに一礼した。


ゼアル様は第五王子である。


王位を継ぐ可能性は、決して高くない。


いずれ王家を離れ。


新たに公爵位を賜ることになるかもしれない。


あるいは。


有力貴族の家へ婿として迎えられる可能性もあるだろう。


今後。


どのような立場になり。


どのような人生を歩まれるのか。


それは、まだ誰にも分からない。


だが。


一つだけ。


私には分かる。


幼い頃から兄弟と比べられ。


王宮の中で。


ご自分は何者なのか。


何をすればよいのか。


どこに居場所があるのか。


それをずっと探しておられたこの方が。


今日。


心から笑っておられた。


王子として振る舞っている時の笑顔ではない。


礼儀として作られた笑顔でもない。


聖女様たちと一緒に美味しいものを食べ。


服を選び。


冗談を言い。


笑われた。


ただの一人の少年として。


楽しそうに。


嬉しそうに。


心から笑っておられた。


それだけで。


長年お仕えしてきた私には十分だった。


馬車の窓の向こうでは。


王都の灯りがゆっくりと流れていく。


私は向かいに座るゼアル様へ、そっと視線を向けた。


殿下はまだ。


聖女様たちと過ごした今日一日を思い返しておられるのかもしれない。


小さく。


けれど確かに。


笑っておられた。


私はその表情を見ながら、心の中で静かに願う。


どうか。


この方には。


幸せになっていただきたい。


王子だからではない。


王家のためでも。


国のためでもない。


ただ。


一人の人間として。


我が主――ゼアル様が。


これから先も。


今日のように笑っていられる場所を。


どうか。


失わずにいてくださいますように。


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以上で完結とさせて頂きます。

要望が多ければ、続きを考えさせて頂きます。

宜しければ他作品もご覧くださると幸いです。

それでは・・・

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