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聖女様物語  作者: Elle


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37/44

その37

## 大神官


「んとね……アーンがしてほしい」


聖女様のその一言に、私は一瞬だけ固まった。


「……は?」


珍しく聞き返してしまう。


聖女様は、そんな私の反応など気にした様子もなく、自分の口元を指差した。


「私がね、こうやって――」


そして、小鳥の雛のように可愛らしく口を開ける。


「あーーーん」


「…………」


なるほど。


本当にやるらしい。


私は恐る恐る第五王子殿下を見る。


殿下はすでに耳まで真っ赤になっていた。


「し、失礼します……」


小さくそう呟くと、テーブルに置かれていたプリンをスプーンですくう。


そして、手を震わせないよう慎重に、聖女様のお口へ運んだ。


「はい……どうぞ」


「ぱくっ」


聖女様が嬉しそうに食べる。


もぐもぐ。


ごくん。


そして次の瞬間。


両手を頬へ当て、ぱぁっと顔を輝かせた。


「これ、すごーーーい!」


「え?」


「すごーーーい! 本の通り!」


大広間中に聞こえそうな勢いだった。


「何これ! すごい! 幸せ!」


「そ、そんなに喜んでいただけるとは……」


第五王子殿下は、困ったような、嬉しいような笑顔を浮かべている。


どうやら聖女様にとっては、プリンそのものよりも、


『誰かに食べさせてもらう』


という行為そのものが新鮮で仕方ないらしい。


「本当に幸せな気分になるのね!」


聖女様は大満足だった。


そして。


私は気づいた。


聖女様が、隣に座るヘレナ嬢へ視線を向けたことに。


嫌な予感がする。


「ヘレナ!」


「……はい?」


「ヘレナもやってもらって!」


「えっ!?」


ヘレナ嬢の顔が一瞬で赤くなった。


「わ、私は結構です!」


「どうして?」


「どうしてって……その……」


周囲を見る。


国王陛下。


王妃殿下。


有力貴族。


令嬢たち。


大勢の人間がこちらを見ている。


「こんなに人がいるところで……」


「大丈夫よ! すっごく幸せになるから!」


「そういう問題では……」


しかし。


聖女様の勢いを止められる者など、ここにはいない。


第五王子殿下もヘレナ嬢へ柔らかな笑顔を向けた。


「もし、お嫌でなければ……」


「…………」


ヘレナ嬢は逃げ場を失ったような表情を浮かべた。


やがて覚悟を決め、小さく頷く。


「……お願いいたします」


そう言って目を閉じる。


そして。


「あ……」


本当に少しだけ。


恥ずかしそうに口を開いた。


第五王子殿下はケーキを小さく切り分けると、


「失礼します」


と断ってから、そっと差し出す。


「ぱくっ」


ヘレナ嬢が口にする。


ゆっくり噛み。


味わって。


静かに目を開いた。


その頬は、見事なほど赤かった。


聖女様が待ちきれない様子で身を乗り出す。


「どう? どう?」


「……聖女様」


「すごいでしょう?」


ヘレナ嬢は胸元へそっと手を置き、少しだけ呼吸を整えた。


そして。


ふわりと微笑む。


「……はい」


「でしょ!」


「不思議ですね。普通にケーキをいただいただけなのに……」


少し照れくさそうに続ける。


「なぜか、とても大切にしていただいたような気持ちになります」


「そうなの!」


聖女様は我が意を得たりと何度も頷いた。


「胸があったかくなるの!」


「ええ。本当に」


「やっぱり本に書いてあったことは本当だったのね!」


私は少しだけ遠い目をした。


その本の著者へ言いたい。


余計な知識を聖女様に与えてくださったものだ、と。


しかし。


聖女様は完全に火がついていた。


「じゃあ、みんなもやってもらいましょう!」


「…………」


誰も返事をしなかった。


だが。


何故か。


その数分後には、スージー嬢が第五王子殿下の前へ座っていた。


「それでは……失礼します」


第五王子殿下が小さな焼き菓子を手に取る。


スージー嬢は普段通りの笑顔を作ろうとしているが、頬が少し赤い。


「……あーん」


「どうぞ」


「ぱくっ」


一口。


スージー嬢が固まった。


「…………」


「スージー?」


聖女様が首を傾げる。


スージー嬢はゆっくりと口元を手で隠した。


「……これは反則ですね」


「反則?」


「はい」


何故か商売人の顔になっている。


「私は商売人として、こういうものには冷静でいようと思っていたのですが……」


「何の話?」


「優しく食べさせてもらうだけで、こんなに嬉しくなるものなのですね」


第五王子殿下が照れたように視線を逸らす。


スージー嬢は真剣に考え始めた。


「女性向けの飲食店で、こうしたサービスを取り入れたら……」


「スージー?」


「かなり流行るかもしれません」


「商売の話になってる!」


聖女様が笑い出した。


スージー嬢も最後には笑う。


「でも、本当に分かりました。これは人気が出ます」


どうやら一人だけ別方向の可能性を見つけたらしい。


次はニーナ嬢だった。


「……私も、でございますか?」


「もちろん!」


聖女様は満面の笑みだ。


ニーナ嬢は小さく息を吐くと、騎士らしく背筋を伸ばした。


「承知いたしました。お願いいたします」


まるで任務を受けるような態度である。


第五王子殿下も苦笑しながら、ローストビーフを一切れ取った。


「では……失礼します」


「はい」


「あーん……」


「ぱくっ」


ニーナ嬢が食べる。


もぐもぐと咀嚼し。


飲み込んだ。


そして。


「…………」


何故か俯いた。


「ニーナ?」


聖女様が心配そうに覗き込む。


「いかがなさいました?」


第五王子殿下も少し心配そうだった。


しばらくして、ニーナ嬢が静かに口を開く。


「戦場では……」


「はい?」


「誰かに食べ物を口元まで運んでいただくことなど、まずありません」


騎士らしい話になってきた。


「自分が誰かを守る側ですから。食事も素早く済ませ、常に周囲を警戒する。それが普通でした」


「……」


ニーナ嬢は自分の手を見つめる。


「ですから」


ほんの少しだけ声が柔らかくなった。


「誰かに大切に扱っていただくというのは……こんなにも安心するものなのですね」


聖女様が優しく笑った。


第五王子殿下も、少し照れながら答える。


「普段、誰かを守っておられる方ほど、たまには誰かに大切にされてもよいのだと思います」


「…………」


ニーナ嬢が顔を上げる。


「ありがとうございます」


その笑顔は、普段の凛々しい騎士のものとは少し違っていた。


そして最後はルナ嬢。


「わ、私は別にやりたいわけじゃないですからね!」


一番大きな声で言っていた。


「ただ、皆さんがやったから!」


「はいはい」


ヘレナ嬢が笑う。


「興味本位だから!」


「分かったわ」


スージー嬢まで楽しそうだった。


どう見ても。


一番緊張している。


ルナ嬢は第五王子殿下の前へ座ると、何度か深呼吸した。


「では……お願いします」


「はい」


第五王子殿下が小さなケーキを一口分だけ取る。


「どうぞ」


「……あーん」


「ぱくっ」


口に入った。


そして。


ルナ嬢は固まった。


「…………」


「ルナ?」


聖女様が顔を覗き込む。


ルナ嬢はしばらく何も言わなかった。


やがて、小さな声で呟く。


「私たち旅芸人って……」


「うん」


「移動中の食事なんて、いつも急いで食べていたんです」


荷馬車の中。


道端。


興行の合間。


ゆっくり食卓を囲める日ばかりではなかったのだろう。


「だから、こんなふうに……誰かが私のために食べ物を持ってきて、口元まで運んでくれるなんて、初めてで……」


ルナ嬢は少し照れたように笑う。


「なんだか……家族が増えたみたいです」


「……」


第五王子殿下は一瞬驚いたようだったが、やがて柔らかく微笑まれた。


「そう思っていただけたのでしたら、僕も嬉しいです」


「……はい」


ルナ嬢も笑った。


気がつけば。


聖女様。


ヘレナ嬢。


スージー嬢。


ニーナ嬢。


ルナ嬢。


五人全員が、第五王子殿下を囲むように座っていた。


そして。


皆。


何故か頬が赤い。


「…………」


私はその光景を少し離れた場所から眺めていた。


先ほどまで。


第五王子殿下は一人でプリンを食べておられた。


それが今や。


聖女様を含む五人の女性に囲まれている。


人生とは分からないものだ。


そして、その中心にいる本人が一番困惑しているようにも見える。


聖女様だけは、とにかく楽しそうだった。


「ね!」


皆を見回しながら嬉しそうに手を叩く。


「すごいでしょう!」


「……確かに」


ヘレナ嬢も笑う。


「少し分かった気がします」


「でしょ?」


聖女様は今度は第五王子殿下へ向き直った。


「ねぇ、王子様!」


「はい?」


「今度、みんなで一緒に町へ遊びに行きましょう!」


第五王子殿下が目を丸くする。


「僕も、ご一緒してよろしいのですか?」


「もちろん!」


「ヘレナもスージーもニーナもルナも一緒!」


聖女様は指折り数えてから、嬉しそうに笑った。


「六人で行きましょう!」


「……」


第五王子殿下は少しだけ驚いた顔をした。


けれど。


やがて、嬉しそうに微笑まれた。


「はい。ぜひご一緒させてください」


「やったー!」


「王都でしたら、美味しいお店をいくつか知っています」


「本当!?」


「はい。ケーキだけでなく、焼き菓子や料理のお店も」


「全部行く!」


「一日では無理だと思います」


「じゃあ何日かに分ける!」


「ふふっ。それが良さそうですね」


五人が楽しそうに顔を見合わせる。


そして第五王子殿下も、その輪の中で自然に笑っていた。


私はそんな六人を眺めながら、静かに思う。


第五王子殿下は。


容姿の華やかさでは第四王子殿下に及ばないのかもしれない。


社交界で大勢の令嬢に囲まれるような方でもない。


だが。


食べ物の好みを楽しそうに語り。


相手の話をきちんと聞き。


誰に対しても優しく接する。


そして、目の前の相手を自然に笑顔にできる。


それは案外。


派手な容姿よりもずっと強いものなのかもしれない。


私は口元を緩めた。


(……どうやら)


今日のお茶会で。


第五王子殿下は誰よりも静かに。


そして本人すら気づかぬうちに――。


(皆様の胃袋から、しっかり心まで掴まれたようですな)


……少なくとも。


今度は王子を間違えてはいない。


それだけで。


私は心から安心できたのであった。


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