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聖女様物語  作者: Elle


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その01

私の名前はエレナ。


プリン王国にある子爵家の次女です。

家族は両親と、お姉さま、それから弟。

爵位はいずれ弟が継ぐことになる。

だから私は、適当な年齢になればどこかへ嫁ぐのだろう。

貴族の娘としては、ごく普通の人生だ。

それにしても。

プリン王国。

変な名前だと思う。

だが、この辺りには似たような名前の国がいくつもある。

ショコラ王国。

タルト公国。

シュークリーム帝国。

だから、誰も特に気にしていない。

もっとも、この世界には食べ物や動物の名前が付いた国がいくつもあるので、誰も気にしてはいない。


プリン王国は、周辺国と比べてもかなり大きな国だ。

国土は肥沃。

交易も盛ん。

街道も整備されている。

それでも、他国から攻め込まれることはほとんどない。

理由は一つ。

この国には、聖女様がおられるからだ。


聖女様は王都にある大神殿に住み、この国全体を巨大な結界で守っている。

結界は外敵だけでなく、魔物の侵入まで防いでくれる。

私たちが毎日安心して暮らせるのは、間違いなく聖女様のおかげだ。

魔物は結界へ近づくことすらできない。

私たちが安心して生活できるのも。

商人が安全に街道を行き来できるのも。

農民が魔物を恐れず畑を耕せるのも。

すべては聖女様のお力によるものだ。

そんな聖女様が。

なぜか私を、ひどく気に入っている。

私は一度、大神殿で行われた礼拝に参加したことがある。

聖女様とお会いしたのは、その時だけ。

それも、遠くから一瞬見かけただけだった。

会話すらしていない。


それなのに数日後。

聖女様の使者が、我が家を訪れた。

『エレナ嬢を大神殿へ招待したい』

最初は家族全員が何かの間違いだと思った。

父も母も大慌てだった。

一度きりなら、たまたま目に留まっただけと思えたかもしれない。

しかし。

翌週も。

その次の週も。

聖女様から使者が来た。

お茶会。

食事会。

庭園の散歩。

新しい菓子の試食。

理由を付けては、私を大神殿へ呼びたがる。

最初は光栄なことだと思っていた。

だが、聖女様に気に入られているという事実は、必ずしも良いことばかりではなかった。

上位貴族の令嬢たちから、目を付けられたのだ。


その中でも。

ある伯爵令嬢は、露骨だった。

私のドレスへ飲み物をかける。

取り巻きに悪口を言わせる。

誰もいない場所へ呼び出して、身分の差を分からせようとする。

「子爵家の娘のくせに。」

「聖女様へ取り入って、何を企んでいるの?」

私は何も企んでいない。

そう説明した。

だが、信じてもらえなかった。

私は子爵令嬢。

相手は伯爵令嬢。

真正面から逆らうのは難しかった。

だから、なるべく関わらないようにしていた。

我慢すればいい。そう思っていた。

しかし。私が知らないうちに。

聖女様の影と呼ばれる者たちが、すべてを見ていたらしい。

そして。伯爵令嬢が私へしたことを、聖女様へ報告した。

その日のうちに。大神殿から、伯爵領のすべての神殿へ通達が出された。


『これより3日後、伯爵領を神殿の加護から除外する。』

『領外への移住を希望する領民については、神殿の保護のもと、安全な移動を認める。』

『移住先での住居・職業・生活についても、神殿が責任を持つ。』

『希望者には、神殿領への移住も許可する。』

『移住を望む者は、三日以内に最寄りの神殿へ申し出ること。』


通達から三日後。

伯爵領を覆っていた結界が消えた。

正確には。伯爵家と、その関係者が所有する土地だけが、結界の外へ切り離された。

伯爵領は王都に近い。

国の中央部にあるため、これまでは魔物の被害などほとんどなかった。

伯爵家の領地から、聖女様の結界だけが消えた。

本当に、伯爵家の領地だけだった。

隣の村には結界がある。

近くの街にも結界がある。

なのに、その伯爵家が治める土地だけが、綺麗に切り取られたように守りを失った。

伯爵領は王都に比較的近い。

だから、多少結界がなくても、すぐには問題にならない。

誰もがそう考えた。

だが、その日の夜。

地面から魔物が湧いた。

森からではない。

洞窟からでもない。

領地の地面そのものから、次々と魔物が現れた。

さらに空からは、翼を持つ魔物の群れが押し寄せた。


塀も。屋敷も。私兵も。ほとんど役に立たなかった。

伯爵家は、あっという間に滅びた。

伯爵本人は王都へ逃げ込み、国王陛下や王妃殿下を通じて、何度も聖女様へ慈悲を求めた。

王様と王妃様も大神殿を訪れ、聖女様へ何度も頭を下げたという。

どうか結界を戻してほしい。罪のない領民まで巻き込まれている。

伯爵令嬢にも十分反省させる。どんな条件でも受け入れる。

しかし、聖女様は一切許さなかった。


最後には、伯爵様自身が私の家へやって来た。

以前の威厳など、どこにもなかった。

床へ額を付け。涙を流しながら。

どうか聖女様へ取りなしてほしいと頼まれた。

私も、このままでは被害が大きすぎると思った。

だから大神殿へ行き、聖女様にお願いした。

「聖女様。」

「どうか、もう一度だけ結界を戻していただけませんか?」

聖女様は、優雅に紅茶を飲みながら答えた。

「駄目よ。」

「でも、領民の方々まで……。」

「住民には、各地の神殿から避難勧告を出したわ。」

「移住先の生活まで神殿が保証すると伝えた。」

「それでも残った者のことまでは、知らないわよ。」

「たぶん、土地や権利を手放したくない既得権益持ちが残っていたんじゃない?」

「普通に暮らしている領民なら、安全と生活を保証されているのに、

 危険な場所へ残る理由なんてないもの。」


「エレナ。」

聖女様は私の頭を優しく撫でた。

「あなたは優しいわね。」

「だから好きよ。」

「でも。」

その笑顔は、とても美しかった。

同時に。

少しだけ怖かった。

「優しい人間が我慢し続けなければ成り立たない平和なんて。」

「私は平和だとは思わないの。」


結局。私のお願いで、聖女様の判断が変わることはなかった。

そして。可愛らしく微笑みながら。

とんでもないことを言った。

「一人くらい馬鹿が出ると思ったのよねぇ。」

「あなたが私のお気に入りだと知っていて。」

「それでも手を出す馬鹿が。」

聖女様は楽しそうに笑った。

「だから今回は、徹底的にやるわ。」

「次に同じことを考える者が現れないように。」

「見本は分かりやすい方がいいもの。」

私はもう一度お願いした。

だが。何を言っても無駄だった。


謁見の間で頭を下げる伯爵を、冷たい目で見下ろしながら言ったという。


「お前の娘は、権力を使って私の友人をいじめた。」


「だから私も、権力を使ってお前たちをいじめることにした。」

伯爵は青ざめた。

聖女様は静かに続けた。

「因果応報という、東方の言葉を知っているか?」

「善意には善意を。」

「悪意には悪意を。」

「私は、この言葉が大好きでな。」

「常にそのように行動することを心掛けている。」

王妃様が震える声で言った。

「しかし、そのような振る舞いは……聖女らしくはございません。」

すると聖女様は、不思議そうに首を傾げた。

「聖女?」

「私はいつ、自分のことを聖女だと言った?」

大神官や枢機卿たちへ視線を向ける。

「お前たち。」

「私が自らを聖女と名乗ったことはあるか?」

大神官たちは一斉に頭を下げた。

「いいえ。」

「聖女様がご自身を聖女と称されたことは、一度もございません。」

「だろう?」

聖女様は伯爵へ向き直った。

「私は、周囲から聖女と呼ばれているだけの人間だ。」

「そして私は、お前がいなくなっても何一つ困らない。」

「娘を見れば分かる。」

「目を見れば、なお分かる。」

「お前もまた。」

「民や、自分より弱い者を虐げる。」

「中身の腐ったリンゴだ。」

伯爵の顔が青ざめる。

「娘の教育を誤ったな。」

「いや。」

「お前を見て育ったから、あのようになったのか。」

聖女様は淡々と言葉を続けた。

「お前たちが滅びても。」

「私は何一つ困らない。」

「むしろ。」

「滅びた方が世のためになる。」

「せいぜい後悔しながら、自分の行いの結果を受け入れろ。」

「謁見は以上だ。」


聖女様は最後に、王と王妃へ向き直った。

「それから。」

「王と王妃にも言っておく。」

「今後、くだらない貴族を私の前へ連れてくるな。」

「貴族たちを、きちんと教育しておけ。」

「私たちは民の上に立っているのではない。」

「民に支えられ、生かされている。」

「それを忘れるな。」

王と王妃は、ただ頭を下げるしかなかったという。


結局。伯爵家は取り潰された。

領地は王家の直轄地となり、結界が戻された。

魔物も消え。生き残った領民たちは、少しずつ元の生活へ戻っていった。

伯爵令嬢がその後どうなったのか。私は知らない。

聞く勇気もなかった。

ただ。それ以来。

私に直接嫌がらせをする貴族は、一人もいなくなった。

廊下ですれ違えば、皆が道を譲る。

お茶会では、私の隣の席を誰も取りたがらない。

笑顔で話しかけても、顔を青くして逃げていく。

おかしい。

私は何もしていないのに。


今日も聖女様から使者が来た。

『新しいプリンができたから、遊びに来てほしい』

とのことだった。

私は招待状を見つめながら、大きなため息をつく。

聖女様は、私にはとても優しい。

優しすぎるほどに。


ただし。

私を傷付けた者には。

冥界の女王よりも恐ろしい。


それに。なぜだろう。

聖女様と一緒にいると、初めて会ったはずなのに。

ずっと昔から知っている友達と話しているような。

そんな不思議な気持ちになるのだ。


挿絵(By みてみん)

【聖女様】

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