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第294話 vs魔都⑧

「──ん? 今、何か聞こえたような……?」

「……少し前の叫び声みたいな? 私は気付かなかったけど……」


 最初のチェックポイントだった劇場での戦いを終え、次のチェックポイントに指定された建物を目指して魔都を進んでいた春葉アト。

 劇場での戦いの後、彼女達の部隊は悪魔達に完全に補足される事となり、ここまで数回程悪魔からの襲撃を受けていた。

 その都度悪魔を返り討ちにしつつも到着した次のチェックポイント……見るからに旅館を思わせる風貌のそれを前に、彼女達は連戦の疲れを癒すべく小休憩を取っていたそんな折、彼女はふと耳に届いた『ある声』に視線を向けた。

 彼女の疑問に耳を澄ます百合原咲は、しかしその言葉を否定するが、その直後──


「──ォマ、ヴィオレットオオォォォォォ……ッ!」

「っ! 聞こえた! ヴィオレットちゃんの名前を呼んでいたみたいだけど……」


 どこか耳障りなノイズが混ざった低い声が、彼女達が友人と認めるその名を呼びながら近付いてきているのが、その場にいた全員にも伝わった。


「──っ!」

「あ、ちょっと、アトちゃん!?」

「皆は休んでて! あたしはアイツを止める!」


 声の内容を理解した瞬間、春葉アトは反射的に立ち上がっていた。

 彼女の超常的な直感が『止めなければマズい』と警鐘を鳴らしていたのだ。

 そして、それと同時に直感していた。アレを倒すのは自分一人でも楽勝だ……しかし──『アレを倒してしまってもマズい事になる』と。


「──……っ!」


 その直感は休息をとっていた建物を飛び出し、声の主と直接対峙した瞬間に確信へと変わった。

 異常に肥大した筋肉と、それを覆う黒い鉄板のような装甲。それがひび割れたように全身に奔る発光するライン……そして、そこから漏れだし続ける莫大な魔力。

 以前、オーマ=ヴィオレットが配信で話していた事を、春葉アトは内心で反芻する。


『一度に多量の魔力を取り込めばレベルアップによる身体の変質も極端な物になりやすく、『求めていた以上の力を手に入れた結果、人でなくなる場合』や『目標の姿そのものになってしまい、結果的に種族も変わってしまう』という事も考えられます』


 あの時の彼女は、『基本的には無茶な探索やレベリングをしなければ、そう言う状況に陥る事も無い』というような事も言っていたが、例外としてこんな場合であれば別だとも言っていた。


『万が一保有魔力量が高い割にそんなに強くないなんて『生きた魔力タンク』みたいな魔物が居れば別ですが……居ませんよね?』

(居ちゃったよ、ヴィオレットちゃん……そんな相手が。しかも……!)


 通りの中心に躍り出て、その正面に立ちはだかった瞬間。春葉アトは理解してしまう。

 コイツを倒せば、自分は人間ではいられないと。それと同時に、その正体すらも……


「オマエ……春葉アト、ダナ……!」

「まさか……元・ダイバーとはね……!」


 彼女は彼が人間だった頃の名前を、特に意識して覚えていた訳ではない。

 しかし、いくら怪物に成り下がっていても直感がそれを教えてくる。それはまるで『俺を殺せば、お前もこうなる』と言われているようで──


「ねぇ……キミ、人間だったんでしょ? なんでヴィオレットちゃんを狙ってるのさ」

「オーマ=ヴィオレットハ仇ダ! オレノ妹ヲ殺シタ!」

「あの子がそんな事するはずないでしょ。それ、そもそもいつの話?」

「サッキダ! オレノ目ノ前デ殺シヤガッタ!!」


 どうやら彼の中では既に『それが事実だ』という認識で固定されてしまっている……そう理解した春葉アトは、アプローチを変える事にした。


「キミがヴィオレットちゃんに勝てると思う? あの子の強さくらいは知ってる筈でしょ?」

「勝テル! 殺ス! 妹ノマイガ言ッテイタカラ、勝ツ! 殺ス!」

「~~! あぁ、もう……ッ! 完全におかしくなってんじゃん!」


 破綻した論理、狂気的な妄信……こうはなりたくない。しかし、オーマ=ヴィオレットを守る為にこいつを倒せば、自分がこうなるのかもしれない。

 春葉アトにとっては随分と久しぶりに感じる恐怖に、頬を冷や汗が伝った。


「邪魔ヲスルナラ、オ前モ敵ダ!!」

「っ……!」


 全身に纏った黒い金属のような装甲は、実際相当の重量なのだろう。ズシズシと足音を鳴らしながら、鈍い体捌きで巨体が迫る。

 その辺の悪魔よりも鈍い動きで振り下ろされた拳を、当然の如くひらりと躱す春葉アト。

 地面に打ち下ろされた黒い拳が石畳を粉砕し、まるで水面に波紋を作るかのように石畳が波打つ。


(単純な膂力は驚異的だけど、こんな攻撃が当たる訳がない……!)


 当然それは春葉アトではなく、彼の本命、オーマ=ヴィオレットを相手にしたとしても同じ事だ。

 ましてオーマ=ヴィオレットは春葉アトよりも強く、更には空も飛べる。何故勝てると思うのか……いや、勝てると思わされているのか。

 彼の内包する魔力と、オーマ=ヴィオレットの性質を知っている春葉アトは理解する。


(こいつは、()()()()()()()()()()()()()()()……! なんて、惨い……!)


 言ってみれば爆弾なのだ。この元・ダイバーは。

 その脅威からオーマ=ヴィオレットを守るには……『誰かが先に爆発させるしかない』。


「オォッ!! オォッ!! アノ春葉アトガ、俺ヲ恐レテイル! ヤッパリ俺ハ強クナッタンダ!! オーマ=ヴィオレットモ絶対ニ殺セル!!」


(勝手な事ばっかり言ってくれるなぁ……こっちの気も知らないで……!)


 勿論、元とは言え人間をその手にかける忌避感は強い。しかし、それすらも凌駕する『人間でなくなる恐怖』……何よりもそれが彼女に攻撃を躊躇させていた。


「いい加減目を覚ましなよ! 今のキミは悪魔に利用されてるだけだ! 全部まやかしなんだよ!?」

「違ウ! 妹ノ事ハ真実ダ! アイツノ願イヲ叶エルノガ、俺ノ役目ダ!」


 説得による解決を図っても、会話が成立しない狂気。その姿が更に春葉アトを怯ませる。

 オーマ=ヴィオレットは言っていた。レベルアップの影響は、自分の心の奥底で抱く理想像によって決まると。

 だがそれは表面上の心で考える『夢』や『理想』とは異なり、コンプレックスにまで及ぶ無意識の領域の話だ。

 だからこそ、過剰なレベルアップは人間を止めさせる原因になる。しかし、自分の理想が──心の奥底で、無意識に願う姿が『高潔な騎士』だったなら……


(イチかバチか……人間のままでいられるかもしれない、か……)


 あまりにも危険な賭けだ。

 自分でも認識できない心の奥底の形……それに自分の未来全てを賭ける事になる。

 春葉アトが不安に揺れる心を何とか押しとどめ、覚悟と決意にハルバートを強く握りしめた──その時。


「──ちょっと待ったァーーーッ!!」


 横やりに介入した小さな影が、薄紫色の長髪を靡かせながら元・ダイバーに飛び蹴りを食らわせた。

 その一撃で黒い金属の装甲に覆われた巨体は吹っ飛び、その先にあった建物に直撃。大穴が開いた事でガラガラと崩れた建物の、瓦礫の下に消えた。


「な……っ! あなた……は……?」


 突如として春葉アトの前に現れたのは、薄紫色の髪と小柄な体格。そして、両手にレイピアを握った女性。

 それらの特徴から、一瞬オーマ=ヴィオレットかと思った春葉アトだったが──


(……誰?)


 その顔立ちをよく見れば、オーマ=ヴィオレットではない事が直ぐに分かった。

 本物よりも引き締まった口元、キリッとした眼差し、すらっと通った鼻筋……本人に言うのは憚られるが、本物を三割増しでカッコ良くしたらこうなりそう。そう思わせる女性だった。

 当然彼女の姿を春葉アトは見た事が無い。しかし──


「オーマ=ヴィオレット、ただいま参上! 春葉アトちゃん、アイツは私が相手します! それでは!」


 そう一方的に告げて、先程蹴り飛ばした元・ダイバーの方へと向かっていくオーマ=ヴィオレットを自称する謎の女性。

 声も表情も微妙に違えば、もはや口調も彼女に対する呼び方も違う。物真似やコスプレと表現するにしても、あまりに低品質。

 そんな彼女の後ろ姿を半ば呆然と見送った数秒後……


「会イタカッタゾ! オーマ=ヴィオレットオオオォォォッ!!」

「来なさい! 向こうで相手してやります!」

「ゥオオオオォォォッ!!!」


「えぇ……?」


 どうやら本人と似ても似つかないアレをオーマ=ヴィオレットと認識したらしく、乱入した女性について行くように路地裏の向こうに消えた元・ダイバー。

 恐らく今の彼にはその程度の判断力しか残っていなかったのだろう。その事に憐みを抱きつつも、どこかシリアスになりきれないまま、春葉アトは彼等の消えた路地裏を呆然と見つめるのだった。

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