第293話 vs魔都⑦
「Katsu-首領-さんが……!? 無事なのですか!?」
魔都の上空で悪魔を引きつけて戦う私のもとに、コメントで『Katsu-首領-隊が悪魔に見つかり、建物内に追い詰められている』との報告が入って来た。
続く情報から彼等の中に目立った被害は出ていない事、消耗も少なく戦闘は十分可能な事等も把握した私だったが……
(ダンジョンホッパーの悪魔……さっきの声はそれか……!)
こちらが魔都に進攻する作戦を立てていた事は、配信を見れば明らかだ。あの魔族も当然何かしらの備えはしてくると覚悟してはいたが……これがその一つと言う事なのだろう。
(指示を理解する知能を与えられ、そしてそれに忠実に従うダンジョンホッパーか……哨戒している個体もいる可能性を考えると、厄介この上ないな……!)
既に先程の警報で、魔都内にダイバーがいる事は広く知られてしまった。
上空から俯瞰しているからこそよく分かるが、魔都内に潜んでいた悪魔達が先程の警報があった場所へ向かって大移動をしているのが見える。
建物内という閉所を利用するとはいえ、これ程の数……指揮能力に優れたKatsu-首領-と言えど、流石に厳しい戦いを強いられるだろう。
(救援に向かうべきか……いや、私が引き付けている悪魔もついて来てしまう! こいつらを倒した後で向かうにしても、それまで彼等が持つかどうか……!)
最悪の可能性を考えればキリが無いのは分かっているが、やはり簡単には決められない。
私が今魔都の上空に引き付けている悪魔の総数は、パッと見ただけで数十体に及ぶ規模だ。広範囲に攻撃可能な大規模魔法を使ったとしても、数発は必要になる。
『切り札』を使うべきかとも思うが……
(──駄目だ、アレは『城門前広場』で初めて使うからこそ最大の効力を発揮する! ここで使う訳には行かない!)
各部隊の最終チェックポイントである『城門前広場』……おそらく悪魔達の抵抗が最も激しく、そして遮蔽物が存在しないエリアである事から最も危険な戦いが強いられるであろう、悪魔達の最終防衛ライン。
それまでにこの魔法への対抗策を練られるわけにはいかない。どうすれば──
(──! アレは……!)
その時、眼下に広がる魔都の街並みの暗部……路地裏を駆けるダイバーの部隊がチラリと視界に入った。
その進攻方向が彼女達のチェックポイントではなく、先程の警報が上がった地点である事を理解した私は、リスナー達からのコメントによって私の想像が勘違いではない事を知った。
〔Katsu-首領-はクリム隊が救援に向かうって!〕
〔クリムちゃん大丈夫かな…〕
不安に思うリスナーもいるようだが、私は今の彼女がKatsu-首領-隊と合流すれば、状況を立て直すのには十分な戦力になる筈だと確信している。
「頼みましたよ……クリムさん……!」
だからこそ、私は自分の役割に徹しよう。彼女達の動きが他の悪魔に気取られない為にも。
◇
「──キャアアアアアアアアアアアァァァァアァアァァァッ!!」
「何ダ、今ノ悲鳴ハ……!」
『最愛の妹・マイの仇』であるオーマ=ヴィオレットを見つけだして殺す為、街を全速力で駆けていた俺の耳に届いたその声に、思わず足が止まる。
(まさか、向こうにオーマ=ヴィオレットが居るのか!?)
『何の罪もない妹を惨殺した』アイツの事だ。街で他の犠牲者が出ていてもおかしくない。
てっきり上空で派手にやり合っている『アレ』がそうなのかと思っていたが、違ったのかもしれない。『人が空を飛んで戦えるのは当たり前』だからな。
「アッチカ、オーマ=ヴィオレットオオォォォッ!!」
咄嗟に悲鳴の方へと進路を変えようとした俺の耳に、しかしその直後、『俺がこの世界で最も大切に思っていたアイツ』の『声が聞こえた』。
『お兄ちゃん、こっちだよ』
「マイ……!」
これは奇跡なのだろう。振り向いた俺の目の前に『淡い光に包まれた妹のマイ』が現れ、街の一角を真っ直ぐ指差していた。
『お兄ちゃん……迷わないで。マイの仇を討って。オーマ=ヴィオレットを絶対に殺してね……』
「アァ……俺ニ、オ兄チャンニ任セトケ……!」
思わず近寄り抱きしめようと腕を伸ばすが、やはり『妹のマイ』の身体は俺の腕をすり抜けてしまった。
ここにいるのは優しい『妹のマイ』の魂だけなのだと心で理解し、そんな『ささやかな触れ合いすらも俺達から奪ったオーマ=ヴィオレット』に対する憎しみの炎はより激しく燃え上がる。
『さぁ、早く行ってお兄ちゃん。お兄ちゃんなら絶対、オーマ=ヴィオレットを殺せるから……』
「アア……! 行ッテ来ル!!」
もう俺は迷わない。『妹のマイ』がそう望んだから。
俺は勝つ。『妹のマイ』がそう言ってくれたから。
「ウオオォォォオオッ! オーマ=ヴィオレットオオォォォッ!!」
◇
「──ふぅ……まさか警報用の悪魔の悲鳴が原因で、オーマ=ヴィオレットの方向を間違えそうになるとは思わなかったなぁ。まったく、最期まで世話の焼ける『お兄ちゃん』だよ……まぁ、そこが面白いんだけどさ」
魔都の最奥に聳える城からほど近い建物の窓辺にて、再びオーマ=ヴィオレットの方向へと駆けだした無礼童を見送ってため息を吐いたのは、彼を認識阻害の魔法で狂わせた悪魔だった。
彼女はいつ戦地となるともしれぬ街中に直接出て行こうとはせず、こうして安全圏から無礼童の視覚や聴覚に介入する事で彼を操作し、オーマ=ヴィオレットにぶつけようとしていたのだ。
(ま、あまりに突発的だったから口調とかちょっと雑な妹になっちゃったけど、もう気付けるだけの判断力とか残ってないし、バレないでしょ)
今後も先程のように誘導してやれば、『あの方』からの指令も問題なく熟せる。
そう確信した彼女は鼻歌混じりに彼の後を追おうと窓辺に足をかけるが、そこで背後から声がかけられた。
「ねぇ、さっきのってさ、貴女のお気に入りじゃなかったっけ?」
「え? ……──あぁ、なんだチヨか。見てたの?」
「うん。何かヴィオレットちゃんと戦わせようとしてるみたいだけど、そんな事したら死んじゃうんじゃないの? 貴女のお気に入り」
振り返った先に居たのは、彼女と同じく悪魔であるチヨだ。
チヨはいつものように気安い雰囲気で彼女に歩み寄りながら、確認するようにそう尋ねる。
彼女にとって無礼童がお気に入りの玩具であることは、魔都に住む悪魔の間では既に周知の事実だ。それをみすみす失う様な真似をしているのが気になり、チヨは彼女に声をかけたのだろう。
対して彼女の返答は──
「あぁ、それならもう良いよ。アイツがオーマ=ヴィオレットに殺されれば、代わりにティガーとオーマ=ヴィオレットが手に入るんだからさ」
「……その話、詳しく聞いて良いかな?」
チヨの声のトーンが低くなった事で、認識阻害の悪魔ははたと思い出したように手を打った。
「あぁ……そう言えば、チヨのお気に入りはオーマ=ヴィオレットだったっけ? もうアイツの事は諦めなよ。『あの方』が求めてる以上、ボクはそう言う風にアイツを調教するつもりだから」
そう前置きして、認識阻害の悪魔は自分に課せられた使命を打ち明ける。
無礼童に蓄えた莫大な魔力とレベルアップの仕組みを利用して、オーマ=ヴィオレットを完全な人間にする事。無力化したオーマ=ヴィオレットを『あの方』が捕らえ、彼女自身の手で従順な駒にする事。
そしてその際、報酬としてついでにティガーも捕らえて貰い、そちらは彼女のペットにするつもりだと言う事。
「──まぁ、チヨのお気に入りのオーマ=ヴィオレットも、ただの人間になっちゃえばどのみち戦闘狂のチヨを満足させるのは無理でしょ。丁度良い機会だったんじゃないかな?」
「……」
黙り込んでしまったチヨを見て、もう話す事はないとばかりに背を向けた認識阻害の悪魔。
(ふん、良い気味だね。ちょっと強いからって普段から周りの悪魔に喧嘩吹っ掛けるような事するから、こう言う時『あの方』から便宜を図って貰えないんだよ)
彼女は以前、チヨに突然組手を吹っ掛けられた事を恨んでいた。
自分に実力がない事に内心でコンプレックスを抱く彼女にとって、チヨという存在は嫉妬の対象でもあったのだ。
そして『根に持つタイプ』である彼女は、この機にチヨに一つの嫌がらせをしてやろうと画策する。
(……そうだ、オーマ=ヴィオレットを調教し終えたら、一回チヨに会わせてやっても良いかも? ボクの言う事を素直に聞くお気に入りを見たら、こいつはどう言う表情するのかな?)
自分の手の甲に忠誠のキスでもさせようか、それとも靴を舐めさせようか……そう内心でほくそえみながら、彼女は敢えて笑顔でチヨの方に振り向いた。
「──ねぇ、チヨ! ボクがアイツの調教を終えたらさ、一度キミに……ッ!?」
その瞬間、彼女は自身の胸から脳天までを突き抜けるような激痛に、言葉を詰まらせる。
気が付けばチヨの顔は自分の目と鼻の先にあり、チヨの右腕は──彼女の胸を貫通していた。
「え……っ? ちょ、っと……冗、談はやめ、てよ…………こんな、の、いくら悪魔のボク、でも、死んじゃ、う……よ……?」
あまりの痛みに声を途切れさせながら、彼女はチヨに訴える。
どうしてこんな事をするのか、こんな目に遭っているのか、彼女は本気で理解していなかった。
何故なら彼女にとって悪魔は皆味方であり、敵は人間とオーマ=ヴィオレットだと考えていたからだ。
特に自分が悪魔となるよりもずっと前から『あの方』に仕えていたチヨが、『あの方』の考えた計画に反意を示すなど、到底考えられなかった。
「……」
「ぐ、ぅ……!? ちょ、っと……早く、抜いてよ……!」
普段の組手では非殺傷を貫いていたチヨからの本気の殺意を受け、完全にビビっていた彼女は目に涙すら浮かべながらも、そう要求する。
まだ間に合う。このまま腕を抜いて貰えば、悪魔の再生能力なら穴も直ぐに塞がる。
しかし、チヨは彼女の胸を貫通する右腕に魔力を込め──風の魔力で彼女の身体を両断した。
「う、そ……!? そん、な……ボクが、こんな……ぁ……」
膨大な魔力によるダメージを負った認識阻害の悪魔の身体は、その輪郭が揺らいだかと思えば塵の塊となって部屋の空気に溶けていった。
後に残されたのは胸元を中心に切り裂かれた、彼女の来ていた軍服と紅く小さな魔石。
それらを一瞥したチヨは、身体の感覚を確かめるように拳を開閉して見つめるが……
「レベルアップによる肉体の変化……悪魔を殺しても、やっぱり私には影響なし、か……」
それだけを確認したチヨは、予想通りの結果にはもう興味が無いとばかりに窓辺に足をかけて魔都へと降り立つと、直ぐに無礼童を追うように駆けだした。
「止めないと……アイツを、なんとしても……!」
既に認識阻害の悪魔が居ない今、オーマ=ヴィオレットが完全な人間になったとしても彼女を従順な傀儡にはできない。
しかし、先程の悪魔の計画を聞いたチヨには、オーマ=ヴィオレットが人間になる事そのものがマズい事であるように思えて仕方が無かった。
彼女の能力が大幅に落ちる以上に、何か良くない事が起こる様な……そんな確信があった。




