第290話 vs魔都④
クリム隊、ティガー隊がそれぞれ悪魔を倒し、『チェックポイント』を目指して魔都を進んでいる頃……春葉アト隊は既に、彼女達の最初のチェックポイントに到着していた。
しかし──
「──■■■■! 皆さん、盾を張りました! こちらに!」
「ありがとう! 負傷者はいる!? 居たら私が治すから!」
「……居ないみたい。このまま反撃の機を待つよ」
彼女達が目指していた『チェックポイント』は派手な装飾が目立つ、ドーム状の屋根を持った洋館。
そこで上空から悪魔の襲撃に遭った彼女達は、悪魔達の魔法をやり過ごすべく洋館の中に逃げ込んでいた。
(リスナーからの情報によると、悪魔は私服と軍服で動きも強さも違うみたいだけど……今回は殆どが私服か)
ここまで数体の悪魔を倒してレベルアップをして来た彼女達は、こう言う状況でも敵の戦力を冷静に判断する余裕を確保できていた。
降り注ぐ魔法の大半は洋館の外壁が受け止めている。
赤レンガの外壁の強度はダンジョンの一部として固定化されている事もあってか見た目以上に頑丈で、悪魔の放つ炎をものともせず、氷や風の礫にも十分耐えてくれているようだ。
これならば出入り口や窓からの侵入にさえ注意すれば問題なさそうだと百合原咲は判断する。
その時だった。
「! この施設……もしかして──」
彼女達のリーダーである春葉アトが何かに気付いたように周囲を見回した。
明治時代の建築様式なのだろう。外壁の印象とは異なり木製の床材や階段、そして何かしらの用途に使われるのだろう窓口と、何やら数人の人影らしきものが描かれた看板。
「あっ! ちょっと、アトちゃん!?」
「直ぐ戻る!」
弾かれたように駆けだした春葉アトは、入り口からも見えていた大扉を勢い良く開け放つ。
そして、その先に広がっていた光景に息を飲んだ。
「劇場……!」
そこには現代で一般的に知られるような演劇ホールとは異なり、歌舞伎の演目を主に観劇するような花道を備えた舞台があった。
そして、これもまた当時の劇場の特徴なのだろうか。二階席には外の光を取り入れる為の窓があり、そこに翼を備えた人影が過った。
(マズい!)
春葉アトがそう直感すると同時、『カシャアァァン!』とけたたましい音を立ててガラス製の窓がはじけ飛ぶ。
キラキラと輝く破片の雨と共に、数体の悪魔が劇場へと突入して来たのだ。
「アトちゃん! 直ぐ加勢に──」
「咲ちゃんはエントランスの指揮に集中して! ここはあたしが受け持つ!」
慌てたように駆け寄る百合原咲をそう制し、春葉アトは大扉を閉める。
そして自ら花道へと飛び乗ると、劇場の天井付近を飛ぶ悪魔達へと武器を翳し──
「──【騎士の宣誓】! さぁ、付き合って貰うよ……あたしの独り舞台に!」
観客の存在しない大立ち回りが始まった。
「──戻ったぞ。この先には数体の悪魔がいる。向こうから迂回した方が良いだろう」
「そうか……分かった、ありがとう。皆聞いての通りだ、行くぞ」
他の部隊が悪魔との戦闘を熟す一方、Katsu-首領-隊は闇乃トバリの魔法を駆使。徹底した交戦回避によって時折迂回をする事もあれど、既に最初のチェックポイントは通過しており、結果的に他の部隊よりも先に進んでいた。
「トバリ、この先の道はどの程度偵察してある?」
「この薄闇は我が『エレボスの外套』が良く馴染む……既に迂回路の偵察は済ませてある」
薄暗い路地裏を進みながら確認するKatsu-首領-に、闇乃トバリはそう答える。
彼の言う『エレボスの外套』とは『影に同化する魔法』の事であり、イメージを固める為に闇乃トバリによって付けられた名だ。
そのおかげか彼はこの魔法を無詠唱で扱えるまでに使いこなしており、今や彼の戦闘スタイルにも大きな影響を与えていた。
「──!」
──『待て』『前方に』『悪魔』『確認』。
恐らく偵察した時には居なかったのだろう。一体の軍服悪魔が彼等の行く先で哨戒しているのが見えた。
勘が鋭いのだろうか。それともKatsu-首領-の漏らした僅かな息遣いを悪魔の聴覚がキャッチしたのか
。彼女は通りから路地裏を一瞥すると鞘からサーベルを抜き、真っ直ぐに彼等の隠れる建物の影に向かって油断なく歩いて来た。
(やむを得んか。あまり多用はしたくないが……)
逃げきれないと判断したKatsu-首領-は、すかさずハンドシグナルで作戦を伝える。そして──
「──ッ!」
影から飛び出すと、帯電する長剣を悪魔目がけて振り下ろした。しかし、警戒していた悪魔がその直線的な動きに対応できない訳もない。
彼女はKatsu-首領-の斬撃を狭い路地裏で器用に躱すと、サーベルに炎を纏わせ……
──直後、彼女の首が宙を舞った。
「……ふぅ、良くやってくれた。トバリ」
「ふっ、お前の作戦だろう。ならばこの結果も当然だ……」
悪魔の首を刎ねたのは、闇乃トバリの得物である大鎌だった。
彼はKatsu-首領-が物陰から飛び出すより先に『エレボスの外套』によって影に同化しており、彼女の背後に先回りしていた。
そして路地裏という狭い環境を利用してKatsu-首領-が悪魔の回避先を誘導し、回り込んでいた闇乃トバリは彼女の首に大鎌の刃をかけた状態で『エレボスの外套』を解除。
悪魔は自らの踏み込みの勢いを利用され、その首を刎ねられたのだった。
〔闇乃トバリ化けたなぁ…〕
〔マジで戦い方が死神なんよ〕
〔大鎌なんてネタ武器がここまで嵌まるとは……〕
その立ち回りから今回の配信だけでリスナーに付けられた二つ名が『死神』。
彼のこれまでの中二病全開のロールプレイとも噛み合い、その二つ名は一瞬で定着したのだった。
「──皆、ここまで何とか本格的な交戦は避けてきたが、ここから先は魔都の最奥により近付く。今回のような遭遇も警戒して行こう」
勝って兜の緒を締めよ。
何度目かの勝利にも浮かれる事無く、Katsu-首領-は隊の士気を引き締めた。
◇
「──そうですか、皆さん最初のチェックポイントは通過したと……」
〔皆ここまで順調!〕
〔アトちゃんのところが一瞬ヒヤッとしたけど大丈夫だったよ!〕
〔ちょっとKatsu-首領-の隊が先行してるのが怖いかも?〕
リスナー達からの報告を受け、ここまでの作戦が順調に進んでいる事を確認する。
確かに一部の隊が先行するのは足並みという点で不安も残るが、状況次第では足を止める方がリスクがある場合もある。Katsu-首領-の判断を信じよう。
(そろそろ、私も次のステップに移るとしよう!)
今回の作戦で各部隊にそれぞれの『チェックポイント』を設けたのには、二つの理由があった。
一つは純粋な目印だ。これまで遠目から確認した事こそあれど、初めて踏み込むエリア。それも路地裏という視界の制限される場所を優先的に突っ切る作戦において、分かりやすい目印は必要だったのだ。
幸い魔都は明治時代の日本の街並みと似て高層建築物が少ない。二階建ての建物でも目印になる為、これらの選出に苦労はしなかった。
そして『チェックポイント』を設けたもう一つの理由。それは、私がどこで悪魔を引き付けるべきかの目安とする事だ。
各部隊が第一のチェックポイントを通過した以上、これ以上この辺りで戦闘を続けても彼等の周囲の悪魔を引き付ける事は出来ない。だから私も彼等と足並みを揃える為に進攻する必要がある。
(その為には、この包囲を突破しないとな……!)
長いこと悪魔を引き付けていた所為で、今の私は軍服の悪魔達に包囲された状態にあった。
私は現状を打破する為の魔法を直ぐに詠唱し、発動する。
「■■■■■■ ■■■■■■■■ ■■■■■■■■ ──■■■■■■■■!」
「ナっ……!」
「増えタ……!?」
「どっちモ逃がすナ!!」
それはもう一人の私を作り、操る魔法だ。
と言っても勿論、戦力が二倍になる訳ではない。増えたもう一人の私はあくまでも幻であり、戦うどころか物に触れる事も叶わない張りぼてだ。
だが、これで悪魔の注意は分散する事になる。包囲を突破する為の一手目としてはまずまずの手だろう。
そして、無詠唱で私と幻の周囲に一つずつ雷の弾を生成し──それぞれの正面に目がけて、一つずつ射出した。
「!」
「来るゾ! ──グアバァッ!?」
「躱せ──ウビビィッ!?」
小さな雷球と侮ったのだろう。最小限の動きで躱そうとしたようだが、その瞬間私が撃ち込んだ雷球はそれぞれ激しくスパーク。
周囲数メートルの悪魔達を感電させ、大きな隙を作りだした。
(今だ!)
私と幻の私は、それぞれ包囲を突破しようと真逆の方向へと飛翔する。
慌てて私を撃ち落とそうと魔法をけしかけたり、密集陣形を取ろうとする悪魔達だが……光の双子にも戦力を分散させてしまった為、私の動きを止める程の影響はない。
「! コッチは偽物ダ!」
「アッチだ! アッチを狙エ!」
(光の双子がバレたか。──だが、もう遅い!)
既に私は先程感電させた悪魔達を斬り捨て、包囲を突破していた。そして──
「これは餞別です。受け取りなさい! ──■■■■■■ ■■■■ ■■■■ ■■■■■■■■ ──■■■■■■■!」
翳したデュプリケーターの先端に一瞬圧縮された暴風が、竜巻となって放たれて悪魔達を飲み込んだ。
そのまま維持した竜巻を、悪魔達を薙ぎ払うように動かして殲滅。
追手がいなくなった事を確認し、私は先へ向かう為に翼を広げ……
──ガクン。
「──!!」
一瞬、翼の動きがぎこちなくなり、身体が不自然に揺れた。
(まさか、もう影響が出始めたのか……!?)
腕を見れば、また肌の色が僅かに人間に近付いたように思える。
一体一体はそれほど強くないとしても、あれだけの数の悪魔を倒したのだ。レベルアップによる弱体化の影響は、早くも現れ始めていた。




