第289話 vs魔都③
「──戻ったで、ティガー。悪魔の数は一体だけや。周囲に隠れとる気配も無いし、間違いないと思うわ」
路地裏の物陰で待機する事、約二十秒。
ウチの目の前の空間からヌッと姿を現した魅國が、偵察の結果を教えてくれた。
「おおきに。さて……聞いたな、皆? ここの敵はアイツだけや。速攻で仕留めて、先進むで」
ここまでなるべく戦闘を避けて来たウチらやったけど、ここの通りを突っ切るんは避けられん。
今回の作戦は慎重さも必要やけど、それ以上に迅速さが要求されとる以上、これは必要な交戦と腹をくくる。
(──不幸中の幸いは、相手は私服の悪魔っちゅう事やな)
戦闘訓練を積んどらん相手なら、不意打ちへの対応も鈍い可能性が高い。
仲間を呼ばれる前に仕留める。それを重視した作戦を隊の仲間に共有したウチは、悪魔の目が上空のヴィオレットに向けられとる内に旋風刃を構え……【マジックステップ】によって瞬間的に加速。路地裏の影から、矢のように飛び出した。
(──先ずは、羽を潰すッ!!)
「──疾ッ!」
鋭く息を吐きながら放った一閃は、悪魔がウチに反応するよりも早く翼の付け根に叩き込まれ──その片方を根元から斬り落とした。
「ッ!!? ッキ──」
痛みからか、それとも仲間を呼ぶためか。悪魔の口が絶叫するかのように大きく開かれる。
だが……
(──叫ばせへんで!)
それも想定しとったウチは素早く跳躍し、悪魔の口目がけて飛び蹴りを叩き込んだ。
当然この一撃は決着を狙ったもんやない。いくら私服の悪魔や言うても、タフさはその辺の魔物とは比べもんにならんし、これで倒せるとも思っとらん。
ウチの狙いは……
「……──ッ!?」
悪魔は驚愕と動揺に怯んだのが気配で分かった。
そら出そうと思った声が出ないんやから、何が起こったか分からんやろな。
今回の潜入に当たって、ウチらの足装備にはヴィオレットが【消音】の魔法をかけてくれとる。
本来は足音を消す為のもんやけど……こうして口に蹴りを叩き込めば、仲間を呼ぶ事も阻止できるっちゅう訳や。
(──隙ありッ!)
ウチは悪魔の口に叩き込んだ足をそのまま振り下ろし、ストンピングの要領で整備された石畳に叩きつけた。
「……っ!」
当然、このストンピングも一切無音。
上空の悪魔達はヴィオレットの対応に必死で、ウチ等の動きには気付かへん。
(良し! このまま──っと……!?)
一気にとどめを刺したろ思たその時、悪魔の両手がウチの脚を掴んだ。
そのまま力尽くで足を退かそうとしとるんやろうけど、流石に遅いと言わざるを得んな。
ウチの旋風刃がヒュンと風切り音を立てれば悪魔の片腕が付け根から吹っ飛ばされ、もう片腕は──
「──ッ!」
ウチに追い付いてきた他のダイバーがロングソードで切り離していた。
それでもなお諦めずに藻掻く悪魔やったけど……こうなれば呆気ないもんやな。ものの数秒で塵に還る事になった。
──『悪魔』『ドロップ品』『全て』『拾え』『急げ』『ついてこい』
しかし、悪魔を倒した感慨にふける時間は無い。
ウチは腕輪に旋風刃を収納して直ぐにハンドシグナルで指示を出すと、塵になった悪魔が身に着けとった衣服の一部を拾いあげて直ぐに目的地に続く路地裏に身を隠した。
悪魔の私服だけが路地裏に落ちとるのが見つかったら、ここで戦闘があったこともバレてまうからな。証拠隠滅っちゅう訳や。
〔凄い手際だった〕
〔アサシンみたいでカッコいい!〕
〔皆ついて来てる?〕
さっきの奇襲の為に一時的に非表示にしとったコメントを再表示すると、そんな心配の言葉が流れて来た。
路地裏を駆けながら念の為に後ろの様子を見れば、他のダイバーも悪魔の私服や魔石をしっかり回収してついて来とるのが確認できたので、「大丈夫や」と短く返答してリスナー達を安心させる。
(作戦は成功。後はこの服、どうするかやけど……)
そう考えながら、先程拾った悪魔の服を両手で広げる。
どうやら街並みが明治時代風やからといって、着とる服もその時代にあった物っちゅう訳やないらしい。
ウチはファッションにはあんま詳しくないからどう言う服かは分からんけど、フードの無いパーカーみたいなその服は現代の街で着て歩いてもそこまで時代錯誤な印象は受けん代物や。
〔その服ってトレジャー装備になるのかな…〕
……コメントで指摘されるまで意識しとらんかったけど、確かにこの服も間違いなくダンジョン産なんよな。
っちゅう事は、ルール上これもトレジャーになるんか。
〔需要凄そう。色んな意味で〕
〔高く売れそう…色んな意味で〕
(あの悪魔、見た目は結構美人やったよなぁ……その服が『トレジャー』って、なんや複雑な気分になる響きやな……)
換金した時に安いのは嫌やけど、これに高値ついてもなんか嫌やな……適当に捨てとくか。
幸いここは路地裏や。上空からは見つかりにくいやろし、仮に見つかったとしても普通に悪魔が捨てたもんと思うやろ。そう考えたウチは悪魔の来ていた服を路地裏の隅へと放り投げ──
〔あ!もったいない!〕
〔捨てるのか…〕
〔まだだ…まだ他のダイバーがいる…〕
〔↑おまわりさん、こいつらです〕
……その辺のコメントは敢えてスルーしつつ、向かう先に聳える建造物へと視線を向けた。
(『赤レンガ風の三階建て建造物』……間違いない。アレが最初の『チェックポイント』や!)
◇
「──■■■、■■■■■■」
なるべく小さな声で唱える。
イメージするのは、何度も見て来たヴィオレットさんの【エンチャント・サンダー】。
何度も練習してイメージを固め、詠唱をかなり短縮できるようになった私の【エンチャント】。その魔力が私の武器『鋼糸蜘蛛の焔魔槍』の石突から伸びたワイヤーに流れ込むと、蜘蛛糸のように白いソレからバチバチと小刻みな音が聞こえ始める。
(よし……──行けっ!)
焔魔槍のワイヤーは使い手である私の魔力で、ある程度自由に伸縮させたり操る事ができる。
私は身を潜めた物陰から帯電するワイヤーを伸ばし、標的の悪魔に向かって蛇のように接近させた。そして──
「──ン? 何の音……」
(──今ッ!)
哨戒中だった悪魔が物音に脚を止めた瞬間、私の操るワイヤーは悪魔の背中──翼と翼の付け根の間に飛び掛かった。
「──んギッ……!?」
(ここだ!)
私は悪魔の身体が感電によって硬直したのを合図にワイヤーの性質を『横糸』へと切り替えると、そのまま翼の付け根にワイヤーを貼りつけ──リールを巻き上げるように、勢い良くワイヤーを伸縮させた。
「皆さん、今です……!」
「ぐゥ……っ! 貴様、ラ……!」
私達の隠れていた物陰まで引きずり込まれた悪魔はこちらを鋭く睨むも、感電によって舌も上手く回っていない。
この好機を逃す程、私達は甘くない。
「──ふぅ……何とかなりましたね……」
安堵のため息を一つ吐いて、焔魔槍のワイヤーに施したエンチャントを解除する。
先程の悪魔は私含むダイバー達の集中攻撃によって既に塵に還っており、彼女の来ていた軍服と装備一式。そして、ややピンクがかったルビー色の小さな魔石が残されていた。
〔ナイス!〕
〔軍服の悪魔もあっさり倒したなこの子w〕
〔服が見つかったら潜入してるのバレるかもしれないから処理して!〕
「あ、確かにそうですね。どうしましょう……?」
確かに倒した後の事は頭から抜けていた。
魔石や装備一式は既にトレジャーとして回収済みだけど、こう言うのってどうするのが良いんだろう。
そう思案に暮れていると、隊のダイバーの一人が手を挙げた。
「じゃあ私が回収しとくよ。軍服って事は頑丈だろうし、素材次第じゃトレジャー扱いになるかも」
「なるほど……! それじゃあお願いします」
確かにヴィオレットさんが異世界から持ち込んだアルケニーシルクみたいな、特殊な布なのかもしれない。
私は衣服はトレジャーにならないとばかり思っていたけど、冷静にこう言う判断が出来るってやっぱりベテランの人って凄いんだ……私も見習わないと。
「クリムちゃん。尊敬の目を向けてくれるのは嬉しいけど、今の内に進もう?」
「あ、そうでしたね。では皆さん、行きましょう……!」
早く先に行かないと、別の悪魔が来てしまうかも知れない。
私は隊を率いるリーダーとして、後に続く皆さんに合図を出して駆け出した。
目指す『チェックポイント』である『時計塔のついた大きな建造物』は、もう目の前に見えていた。




