第286話 秘められた機能
「──とうとう、ここまで来たんですね。私達……」
「そうだな。……勝ち目はあるのか?」
「分かりません──というのは、希望的観測という奴でしょうね。……最善を尽くすだけですよ」
『俺』の問いに正直に返答しながら、私は岩場の陰から僅かに身を乗り出してその先の光景を視界に収める。
──明治時代の日本……その都がそのまま地下深くに閉じ込められたかのような街並みと、その上空を飛び回る無数の悪魔達。
『魔都』というのは、まさにこの光景を一言で形容するのに相応しい言葉だろう。
他のダイバーの配信アーカイブで何度も見返した街並みだが……しかし、この日の魔都の様子は少々違った。
(……警戒、しているな。やはり今日が決行日というのはバレているようだ……)
もっともこれは想定内。
他のダイバーの協力を仰ぐ為、配信で大々的に喧伝したのだ。悪魔のリーダーである彼女が配信を見ている以上、こうなる事は目に見えていた。
だからこそ、私はダイバーを鍛えたのだ。実力・人柄共に信頼できる少数精鋭に魔法という力を与え、それを結集して勝つ為に。
「──あれ、ヴィオレットさん……!?」
「クリムさん……お早いお着きですね」
声に振り返れば、洞窟の奥の方に見えるスロープを下って来たクリムが、私達の姿を見て目を見開いていた。
「そう言うヴィオレットさんこそ……! まだ作戦開始まで一時間はありますよ……?」
「皆さんの誰よりも先に来て、この一帯に音を遮断する壁を用意しておいたんですよ。悪魔達に先に気付かれれば、こちらのメンバーが集まる前に先手を許してしまいかねませんからね」
「なるほどです……!」
そう言って納得したように笑顔を見せるクリム。
……一応理由としてはもう一つあるのだが、それについては作戦にも関わるので全員が揃ってからでも良いだろう。
そう思っていると、クリムの視線が私の顔から装備を行き来している事に気付いた。
「……私の姿が気になってるみたいですね?」
「あ……すみません、じろじろ見ちゃって。てっきり今日は、魔族の姿で戦うものだとばかり思っていましたから……!」
今の私の姿は『オーマ=ヴィオレット』として広く知られる、外見年齢十五歳程度の人間の少女の姿だ。
身に着けている新装備のドレスアーマーもこの体格にフィットしており、それが彼女には意外に思えたのだろう。
実際、魔族の姿であれば尻尾による攻撃や翼による飛翔も楽に行えるし、腕や脚のリーチも僅かとはいえ長い。全力で戦うのであれば、魔族の姿で臨むべきというのは当たり前の感想だ。
「そうですね……まぁ、他のメンバーが来るまで貴女も退屈でしょうし、先にお見せしても良いでしょう。実はこの装備、ただのドレスアーマーじゃないんですよ」
そう言って、今の装備を見せつけるようにポーズを取って見せる。
WDの特徴である銀の年輪模様が浮かぶ純白の甲冑と、それらを繋ぐ漆黒の薄布。それらがドレスのようなシルエットに纏められたこの装備は、つい昨日完成したばかりのオーダーメイドだ。
高い防御性能や耐久力は勿論、魔力との親和性も非常に高く、デザインと実用性をこの上なく高いレベルで両立させている。フィッティングの時点で感じていたが、素晴らしい仕事と言う他ない。
これを手掛けたL.E.O.の職人さん自身、『これまでの人生で最高傑作』だと太鼓判を押す程の逸品なのだ。
「見ただけでも分かります……纏っている雰囲気がもう違いますもん! ──あ、もしかして、この性能を維持する為にはその姿でないといけないとか……?」
「ふふふ……この装備の秘密──いえ、真骨頂はここからですよ。見ていてくださいね……!」
「っ! こ、これは──!」
◇
「──お待たせー……って、どうしたの? クリムちゃん」
「あぁ、春葉アトさん。実はクリムさんにこの装備の性能をお見せしたら、大層気に入ってしまって……」
作戦開始の三十分前。
春葉アトが待ち合わせ場所に到着した時には、多くのダイバーが既に現地に集まっており……その中の一人であるクリムは、オーマ=ヴィオレットの身に纏っているドレスアーマーを興奮した様子で触りまくっていた。
「ふ~ん……なるほど……?」
オーマ=ヴィオレットが人間の少女の姿でここにいる事やクリムの様子から、持ち前の直感で何かを察した春葉アト。
納得したように頷いた彼女は、続いて待ち合わせ場所──魔都へと続く洞窟の出口付近の広間に集まり、それぞれの持ち物の最終確認をしているダイバー達へと視線を巡らせる。そして──
「……どうやらあたし達が最後みたいだね。春葉アト、並びにクラン『ラウンズ』──全員集合したよ」
自身の背後から現れたWD製の甲冑に身を包む騎士団を引き連れ、そう宣言した。
「ご報告ありがとうございます。……それでは、魔都攻略の作戦──最終確認をしていきましょうか」
◇
「──ご主人様、私に御用とは一体……これは?」
「あぁ、来たのね。ユキ、ちょっと手伝いなさい」
彼女が主と仰ぐ魔族に呼びつけられたユキは、とある場所に赴いていた。
そこは城の中にあってなお絢爛とは程遠い、石造りの広間──まるで牢獄のようなその場所には、二〇〇年前から一つの巨大な結晶が薄紫色の光を放ちながら、ぼんやりと佇んでいる。
中に一人の男が封じ込められたその結晶をチラリと一瞥したユキは、すぐに興味を失ったように魔族の女性へと視線を戻した。
今しがた彼女が『これは?』と尋ねたのはその結晶に対してではなく、魔族の女性が手に持つ代物──『腕輪』だった。
「それは、人間が身に着けている腕輪ですよね? こんなにたくさん……──と言う事は、今回も……?」
「ええ、そうよ。回収させたのは良いけれど、一人で取り出すのは大変でしょ? 他の暇そうな悪魔も呼んであるから、皆でやりましょう」
そう言いつつも、魔族の女性は結局作業の殆どを呼びつけた悪魔に押し付けるつもりだろう。しかし、ユキは不満を漏らす事もなく恭しく礼をする。
少なくとも、彼女にとってはその方が好都合だからだ。
例えこの作業が如何に面倒且つ退屈な物だとしても、春葉アトを始めとして自分の命を積極的に狙ってくる連中の前に駆り出されるよりはマシ……それがユキの偽らざる本心だった。
「──それじゃあ、終わったら呼んでちょうだい。私はいつもの場所で待ってるから」
「はい。ごゆっくりお過ごしください、ご主人様」
悪魔が数十人程集まったところで、彼女は手に持っていた腕輪をユキへと投げ渡すとそのまま広間を去って行った。
「それじゃあ、早速始めましょう。数が多いから、効率良くね」
「はーい」
魔族を見送った後は、自然とユキが指揮を執る。
これはユキが数少ない元・人間の悪魔だからであり、そう言う能力に特に長けていたからだ。
彼女の指示に従う悪魔達は山のように積まれた腕輪から一つその手に取ると、武骨なデザインのそれに特定のリズムで人ならざる魔力を流し始める。すると……
──ガコ……ッ、と鈍い音と共に、腕輪の外側と内側がスライドするように分かれた。
これは普段この腕輪を使うダイバーどころか、それを配布しているダイバー協会の職員も知らない、『腕輪』の最大の秘密でもあった。
どうして魔族は人間が誰でも気軽にダンジョンに向かうように仕向けたのか。
どうして魔族がわざわざ人間の生存率を高め、更には簡単に強くなれる『腕輪』のようなアイテムを作り出したのか。
その答えがここにあるのだと示す様に、悪魔はその中に納まっていた小さな水色の宝石を指で摘まみ、掲げた。
そして……
「ユキー! この魔石、どこに置く~?」
「あぁ……そうね。ちょっと籠持って来るから、他の腕輪も開けながら待ってて」
「はーい!」
『腕輪』によるダンジョン探索が開始されて約二〇〇年。
それを作り出した魔族と、その配下である一部の悪魔だけが知っている秘密。
『腕輪』とは、人間が戦う際に使った魔力の一部を蓄積し、人間の魔力で魔石を作る為の道具だったのだ。




