第285話 決戦前の小休止
実力検査初日から四日後。
あれからもそれなりの数のダイバーが合格し、魅國の協力もあってそれぞれ望む魔法を手に入れていた。
今も彼等の配信を見れば、探索の傍ら魔法の研鑽を続けており、その実力を高めている事が窺える。
……私としては、魔族が配信を確認している可能性がある為、出来ればどんな魔法が使えるようになったのかは魔都攻略まで秘密にしてほしいところではあるのだが……それを強制すれば魔法を使いこなす為には探索配信をするなと言う話になりかねない為、ここは妥協した。
結局初見殺しが決まるのも魔都攻略開始から少しの間だけだろうし、それならばより一層魔法の腕に磨きをかけて貰おうという訳だ。
……ここまでは概ね順調だった。
魔法習得も、合格者の増加も、全て予定通りに進んでいる。
──そんな流れに水を差すような通知が届くまで、そう思っていた。
「──『腕輪の更新』?」
「ああ。どうも不具合の修正の為に、今俺達が使っている腕輪を新しい物に交換する必要があるらしい」
『俺』から聞かされたその通達を確かめるべくスマホのメールボックスを確認すると、そこには確かに『ダイバー協会』からのメールが届いていた。
『全ダイバー各位
日頃よりダイバー協会の活動にご協力いただき、誠にありがとうございます。
このたび、皆様に支給しております標準装備品「魔導環」(以下『腕輪』)において、内部機能の一部に不具合が確認されました。
つきましては、安全確保および今後の運用継続のため、下記の通り回収および新型腕輪への交換を実施いたします。
円滑な対応のため、皆様のご協力をお願い申し上げます。
【回収・交換手続きについて】
・最寄りのダイバー協会支部受付まで、現在ご使用中の腕輪をご持参ください。
・お持ちいただいた腕輪はその場で回収し、即時に新型腕輪を支給いたします。
・現在使用中の腕輪は本通知に記載の「機能停止日時」以降、
『スキル、魔法の使用』・『識別』・『決済』を含むすべての機能が利用できなくなりますので、
お早めの交換手続きをお願いいたします。
【機能停止日時】
20XX年 8月30日(土曜日) 00:00
本件に関するお問い合わせは、各支部窓口または協会本部サポートまでご連絡ください。
皆様の安全と活動継続のため、何卒ご理解とご協力をお願い申し上げます。
ダイバー協会』
そんな通知が私達に届いたのが今日の事。
実力検査の配信と、その後合格者達に魔法を教えて帰って来たところで、この日は家に居た『俺』から教えて貰った。
念の為にSNSを見れば、どうやら全てのダイバーに同じ内容の通知が届いたようなのだが……
「『交換後の腕輪でないと機能が使えなくなる』ですか……こういう事って、よくあるんですか?」
「過去にも何度かあったみたいだぞ。今回みたいな不具合だったり、腕輪に機能を追加したりで」
「そうなんですね……」
通知に記されている『機能停止日時』……その日付は、まさに魔都攻略開始の予定日でもある。
そのタイミングを狙ったかのような腕輪の交換……私の考え過ぎなのだろうか。
「──腕輪の交換か……ああ、確かに私が現役の時にもあったな」
「! そうなんですか!? どんな感じでしたか?」
晩御飯を食べている時、腕輪の交換について両親に尋ねてみると、父からそんな返答があった。
詳しく聞いたところ、どうやら受付に自分の腕輪を渡せば、直ぐに新しい腕輪がその場で受け取れるらしく、その場で直ぐダンジョンに潜る事も出来たそうだ。
収納された装備や道具の取り出しや、スキルの発動も問題はなく、ただ機能が追加されただけでそれ以外に影響もなかったらしい。
「私の時に追加されたのは確か……『登録装備を手元に召喚する機能』だったな。【ゲットバック】と言ったか?」
「そうね、私もその時の事は覚えてるわ。登録装備を失くすって事はなかったから、使った記憶も無いんだけどね」
「なるほど……交換は本当にすぐ終わるみたいですね……」
「でも私の時は凄い数のダイバーが詰めかけていたから、早く行った方が良いと思うわよ?」
なるほど。確かに交換自体は直ぐ終わるとしても、それまでがスムーズとは限らないか……
そうなると機能停止日時でもある八月三〇日に交換をするというのは、なるべく避けた方が良いだろう。
「では明日辺り、一緒に行きますか?」
「そうだな。……やっぱり、昼の方が混むのか?」
「一日中混むぞ。探索を終えてから、換金ついでに腕輪の交換をするダイバーも多いからな」
「ふむ……そう言う事でしたら、午前中にしておきましょう。私の場合、配信終わりは待ち伏せもありそうですからね」
「──とは言いましたが、心配するだけ無駄でしたね」
「だな……」
翌日、午前十時頃。
やはり朝から詰め掛けていたダイバー達の行列に並ぶ形とはなったが、結局質の悪い待ち伏せなど杞憂に過ぎず、腕輪の交換自体はあっさりと済ませることができた。
私が余計な混乱や追及を避ける為、大学生くらいの年齢の女性に化けていたのも理由としてはあったのだろうが……多分普段の姿でも、今回に限っては妙な絡まれ方はされなかっただろう。そう確信できる程、この日の渋谷ダンジョンロビーは殺気立っていた。
「順序を守ってお並びくださーい!」
「転送されてくるダイバーがいらっしゃいますので、ダンジョン前は開けてくださーい!」
ガヤガヤとしたロビーに、協会職員の声が響く。
「……まぁ、こんな状況でそんな事する余裕ある人はいませんよね」
「正直想像以上だったよなぁ」
用事を済ませて渋谷ダンジョンのロビーから出て行こうとする私達の背後には、とんでもない数の人だかりができていた。
「こちら最後尾になりまーす! お早めにお並びくださーい!」
「腕輪の交換を済ませたダイバーは、なるべく早くダンジョンか外にお向かいくださーい!」
口調こそ丁寧だが、彼等の声には隠しきれない苛立ちのような物がこもっている。
うっかり今の彼等の仕事を邪魔しようものならとんでもない事になりそうだと感じた私達は、そそくさとロビーを後にするのだった。
「──はぁ……外は暑いですね」
「夏だからな。腕輪の交換も終わったし……どうする、直ぐ帰るか?」
「そうですね……」
ロビーから出て行く当てもなく歩を進めながら、『俺』の質問への返答を考える。
視線を彷徨わせれば、いつもと変わらない……しかし、随分懐かしい気もする渋谷の街並み。
(ダイバー活動から離れていた期間は、こうしてのんびりと散策する機会も余裕も無かったからな……)
「昼食の時間まで、久しぶりに少し遊びませんか? 直ぐ帰るのも何か勿体ない気がしますし」
「それは良いけど……どこに行くかは決めてるのか?」
「当てもなく街を歩くのもたまにはいいでしょう?」
「……せめて行く場所決めるまでは日陰に居ないか?」
うだるような暑さに早くも辟易とした様子で、そう答える『俺』。
実際この日は魔族の私ですら少し嫌になる程の猛暑日。ダイバーとはいえ人間の『俺』には堪えるのだろう。
そこで私は……
「──ホラ、これで涼しくなったでしょう?」
「! 魔法って奴は本当に便利だな……でも良いのか、そんなの使ったらお前が紫織だってバラしてるようなもんだぞ」
「良いんですよ。もう隠さないと決めたので」
流石に余計な混乱を招くので魔族の姿のまま街中を歩こうとは思わないが、それ以外の事はもう我慢しない。それが今後の私のスタンスだ。
そう笑顔を向けると、『俺』はどこか安心したようにフッと笑った。
「解ったよ。それじゃあ適当にぶらつくか。折角涼しくなったしな」
「っと、その前に両親に連絡だけしておきましょう。遅くなると心配かけてしまうでしょうから」
そんな感じでなんとなくやって来た映画館。
私がこっちの世界に来て間もない頃にも一度だけ、『俺』と一緒に来た事がある映画館だ。
あの時は『迷探偵 金田』を見たんだったっけ……
「うーん……今は公開してないみたいですね。『金田シリーズ』」
「基本一年スパンで新作出すからな、アレ。見たいの無いなら次行くか?」
「そうですね……ん? アレは……」
知らないタイトルばかりが羅列する上映スケジュールに目を走らせていると、やがてその一つが私の目を引いた。
──『『劇場版 ラウンズ・サーガ アーサー王伝説・破』、本日公開!!』
「あ! 斗真くんと、貴女も来たんだ! 偶然だね!」
(まぁ、居るよな。この人なら……)
声に振り返れば案の定、既に映画を見て来たのだろう。
何かしらの特典が入った袋を片手に、春葉アトが満足気な笑顔を向けていた。
私の名前は出さなかったけど、十中八九バレてるんだろうな……アレはそう言う目だ。
「真崎先輩!? あー、今日だったのか二作目の公開日……」
「おはようございます。……早くないですか? いくら三部作構成が決まっていたとはいえ」
前に私がここに来た時も彼女は『劇場版 ラウンズ・サーガ アーサー王伝説・序』を見に来ていたが、アレから半年と数か月程度しか経っていない。
クオリティに関して大丈夫だったのか疑問に感じたのだが……
「そうなんだよ! 凄いよね! 九ヶ月で二作目だよ! しかもあのハイクオリティの映像美! アレはもうかなり早い段階から同時に制作を進めてたね間違いない。内容に関してはネタバレもあるから言えないけど原作勢から見ても新事実がいくつも出て来たし今からもう考察が捗って仕方ないんだよね。ラウンズの皆も腕輪交換も終わった頃だろうからもうすぐ来ると思うけどそれまで我慢できないからあたしは早速二周目に行こうと思うんだけど二人も一緒にどうかな!?」
このテンションを見る限り、満足行く完成度だったのだろう。
読点を忘れたように一気に語った彼女の目には微かに涙の痕が残っており、どうやら感動も出来る作品らしいのだが……
「すみません、私達前作を見てないので」
「あぁ~、そうだった! 流石に前作も原作も見てないと伝わらないかも……! ゴメンね、二人とも! ──あっ、そうこうしてる間に次の上映始まっちゃう! それじゃあね二人とも! またダンジョンで!」
そう一方的に告げた春葉アトは、興奮冷めやらぬといった様子で再びチケットを購入して映画館の奥へと消えて行った。
「……一段と嵐のような人になってましたね」
「ラウンズ・サーガが絡むと人が変わるからな、あの人……」
どうやら私達よりも先に腕輪の交換も済ませていたようだし、きっと今日一日は映画漬けだろうな。
「……次の場所、行くか」
「ですね」
その後は結局ゲーセンで時間を潰し、昼食にワックのテリヤキバーガーを食べた辺りで午後の実力検査の準備もあって家に帰る事となった。
魔都攻略開始予定日まであと三日と迫ったこの日……私は久しぶりに羽を伸ばした気分になれたのだった。




