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第260話 虎と狐

「……ぉお? また誰か来よったなぁ……? おい! ここの白樹は……って、ティガーさん!?」

「お前らなァ──」


 猛虎と百華の迷惑行動の数々を知った翌日。

 とある白樹の森周辺に勝手に柵を立てていた猛虎のダイバーは、ティガーの姿を目にした途端に興奮したように仲間の元へ駆けて行った。

 ティガーが呆れた表情で自分の行動を見ていた事も気付かないままに。


「皆ァー! ティガーさんや! ティガーさんが来てくれたでェー!!」

「はぁ……人の話くらい聞けや。──まぁ、元々全員集める予定やったし、都合はええか……」




 そして、数分後。

 目の前に集まった二十名弱のダイバーを前に、ティガーは単刀直入に告げた。


「──お前ら、破門や」


 静かに、しかし良く通る声でそう告げられた瞬間、わくわくした表情でティガーの言葉を待っていた彼女達の表情が固まった。

 一瞬自分達が言われた事が理解できず、静寂が訪れ……そして、爆発するような抗議の声が上がった。


「な……! 急に何を言い出すんですか!?」

「そ、そうですよ! 訳を聞かせてくれな納得できません!」


 焦燥、疑念、困惑、動揺……彼女達から投げかけられる様々な声を、地面を『ダン!』と一度強く踏み鳴らして一喝する。

 そして再び静まり返った彼女達に、改めて理由を告げた。


「他人様にえらい迷惑かけて、クランの評判がた落ち。これ以上の理由があるか? お前らこそ、こない騒ぎ起こした理由……ウチが納得できるよぉに説明できるんか?」


 虎が唸るような低い声。そして鋭い視線が猛虎のダイバー達をぐるりと一周すると、目の合ったダイバー達は返す言葉も無いのか視線を逸らして彷徨わせる。

 そんな中、一人の気の強そうなダイバーがなおもティガーに食って掛かった。


「う、ウチらはクランの為に──!」

「クランの為……やと?」

「そ、そうです! ティガーさんが抜けてから、大阪では猛虎の勢いが無くなって……立場が悪くなっていってるんです! だから……!」

「それが何で白樹を独占なんてアホな話になるんや? 戦力強化の為に白樹採りたい言うなら分かる。けど、独占の必要は無いやろ? 必要な分採ったら、それで装備作っておしまいや。違うか?」


 言い訳するように捲し立てていた途中でピシャリと正論で返されたダイバーは、首筋に汗が伝うのを感じながらも更に言い訳を重ねる。


「それ……は……その、百華が……!」


 それは、何度も大阪で聞いた事のある定型句だった。

 『百華が悪い』『百華が先に』……自分達の起こした面倒ごとを詰められると、彼女達はまるで打合せでもしているかのように毎回こう言うのだ。

 最初の頃はそう言う事もあるかと考えていたティガーだったが、ここまで同じ言い訳を繰り返されると怒りも湧いてこなかった。


「……──はぁ~……お前らなぁ、クラン間のいざこざに他人様巻き込むなって前々から言うとるやろ」

「……」


 長いため息の後、ティガーが小さな子供を叱るような仕草で告げる。

 これまで彼女が猛虎のダイバー達の問題行動を自覚しながらも、『重大な決断』に至らなかった理由は一つ……部外者に迷惑をギリギリかけていなかったからだ。

 衝突の多かった猛虎と百華だが、その内容は殆どがSNS上での口喧嘩だ。偶に……いや、それなりの頻度で地上での私闘騒ぎになる事はあったが、そう言う場合は予め人気のない場所でやるよう厳しく言い含めていたおかげで部外者に迷惑をかけるまでには至らなかったのだ。


 しかし、今回はその一線を明らかに大きく越えてしまっていた。

 白樹が手に入らないダイバーが増え、それに目を付けたのかフリマアプリに出品されていた白樹が軒並み高騰。影響は渋谷ダンジョン外にまで波及していた。

 これ程の騒動を『百華への対抗心』等という個人的な理由で起こした以上、今回のティガーの決断は当然と言えた。


「大体な……向こうでもそうやったけど、何でそう頻繁に百華と揉め事起こすんや? いっつもウチの知らんとこで火種作って、結局最後はウチが出張る破目になるやないか。いい加減、おとなしゅうせぇ」


 呆れた様子でティガーが発したその言葉にピクリと反応したのは、先程ティガーに言い訳を並べていた猛虎のダイバーだった。


「! ……──なんや、その言い草……! ウチらはなぁ、アンタの為に……!」

「ウチの為やあらへんやろ。それなら何でウチの顔に泥塗るような真似が──」

「ティガーさんは知らへんのや! アイツら、ティガーさんの事をなんて呼んどったか!」

「……?」


 また同じ言い訳を繰り返すのだろうと思っていたティガーだったが、しかし今回はいつもと少し違う様子に耳を傾けた。

 すると、気の強そうな猛虎のダイバーの傍にいた他のダイバーも声を上げ始めた。


「今まで言いませんでしたけど、アイツらはティガーさんの事ずっと酷い言い様だったんですよ!?」

「そうです! 言うに事欠いて『ケダモノ』って! 魅國の方が放火魔の癖して!」

「! ……──あの一件か。まだ尾を引いとったんやな……」


 『ケダモノ』、そして『放火魔』。

 その言葉にピンときたティガーは、凡その事情を察した。

 そんな彼女の様子を見た猛虎のダイバー達は、彼女からの理解を得たと思い、表情をほころばせる。


「分かってくれましたか!? ほなら──」

「けどそれはウチの問題や。ウチと──魅國の問題や。お前らの出る幕やない」

「な……っ!」


 しかし、続けて告げられたのは、寧ろ彼女達を突き放す様な言葉だった。


「それにな、魅國の事『放火魔』呼んどるお前らも立派な火種や。向こうも同じ事、お前らに思うとるで」


 ティガーの言葉を聞いていた、気の強そうな猛虎のダイバーの肩が震え始める。

 そして怒りを噛み殺したような声が、俯いて影になった彼女の口からこぼれ始めた。


「ティガーさんは、こっちに来てすっかり牙抜かれてもぉたみたいやな……!」

「……なんやと?」

「配信見てましたよ。こっちのダイバーと随分と仲良ぉして、えらい楽しそうに探索しとったやないですか……」


 置いて行かれた鬱憤。自分達を忘れて笑うティガーへの怒り。そんなティガーに信頼されている、渋谷ダンジョンのダイバーへの嫉妬。

 そんな恨み言が堰を切ったように溢れ出す。


「ティガーさんはどこのダイバーや!? あんたが本当に潜るダンジョンはどこや!? アンタの隣に居るべきは誰や!? 大阪でずっと待っとった、ウチ等とちゃうんか!?」


 彼女の言葉は概ね猛虎の総意に等しかったのだろう。

 その内容に感化されたのか、他の猛虎の声もボルテージが上がっていくのをティガーは感じていた。


 ──やがて彼女達の中から『決定的な言葉』が飛び出した。


「そうや! 先に猛虎から離れたんはティガーさんの方や! もしウチ等に猛虎を出て行け言うんやったら……!」

「──なるほどなァ。ウチの方が出て行け言う訳か? ……まぁ、それでもええかも知れんなァ」

「え……!? あっ!?」


 彼女自身、物の弾みで出てしまった言葉だったのだろう。口を両手で抑え、『しまった』とでも言いたそうに押し黙る。

 それに一番焦ったのは周囲の猛虎のダイバー達だった。


「なぁ……っ!? ば、バカ! お前何言うとんねん!?」

「す、すみません! つい勢いで……!」

「もう話すな! 引っ込んどれ!」


 そのまま口を手で塞がれたダイバーは、すぐに猛虎のダイバー達の中に引っ張り込まれてティガーから見えなくなった。


「あ、あの、ティガーさん。今アイツの言った事は──!」

「いや、ええで。確かにそれが一番手っ取り早いからな」

「!」


 スッキリした表情でそう言うティガーは、そのまま彼女の考えを打ち明け始めた。


「実はな、ちょい前から考えとったんや。今のクランのままで、この先があるんか? ってな……。こっちに来てウチが見たクランは、どこも新入りの育成に力を入れとった。新入りの方もモチベが高くてなァ……下層でしっかり強ぉなって、クランの力になっとるんや」

「! そ、それならウチらも……!」

「『虎華呼居(こかこい)』」

「え……」


 ティガーの口から飛び出したそれは、猛虎と百華に分裂する前の彼女達のクランの名前だ。

 その名がここで出てくる意味を理解していない者は、ここには居なかった。


「魅國とも話したんや。また一から始め直すんもありかも知れんってな。……多分、今頃()()()でも同じ話しとるとこやろ」


 そう言ってどこか遠くの方へと視線を向けるティガー。

 彼女が言う『向こう』と言うのは、恐らく『百華』の事だろう。それはつまり、既に魅國もティガーの考えに賛同したという事だ。

 気の強そうな猛虎のダイバーの声が震え始める。


「す、捨てるんですか……ウチらを──猛虎を……!」


 ティガーと魅國が再び『虎華呼居』を結成する。

 当然、そこに猛虎と百華に所属するダイバーが入れるはずもない。

 縋る様な目でティガーを見つめるダイバーに、しかしティガーは冷たく言い放った。


「アホか。お前らのどこに『虎』がおる? ウチが大阪離れてから、お前ら大阪ダンジョンの探索も碌にしてへんかったみたいやないか。探索も争いもウチ頼りで、自分達は威張り散らすだけ……皮肉なもんやな。本来は()()()()()の事を言うねんで? ──狐仮虎威(虎の威を借る狐)ってなァ」


 それは言い訳のしようもない事実だった。

 確かに彼女達のクランリーダーは地元である大阪には居なかった。しかし、それで別に彼女達猛虎が大阪ダンジョンを探索できなくなるわけではない。

 寧ろリーダーがいない時だからこそ精力的にダンジョンを探索し、大阪ダンジョンでの猛虎の立場を守らなければならなかったのだ。

 しかし、彼女達はそうする事もせずに『待っていた』。ティガーの帰りをひたすらに。

 ……そんな虎が、一体何処の世界にいるのか。ティガーは冷たい目で座り込んでしまった猛虎達を睥睨する。


「──! ティガー……!」


 しかし、一部の猛虎はティガーの言葉に怒りを露わにし、彼女を睨み返した。

 元々見栄っ張りが多い猛虎だ。彼女達のプライドを逆撫でするティガーの言い回しに、我慢がならなくなったのだろう。

 敵意を剥き出しにする猛虎に、ティガーは僅かに感心したように目を細める。


「おぉ、珍しく良い目出来たやないか。ずる賢い狐の中にまだ虎の子がおるんやったら、ウチを相手に証明して見せェ……!」

「……っ!」


 ……最も、彼女の見せた敵意と比較にならない殺気をぶつけられ、直ぐに怯んでしまったが。

 ティガーはつまらなそうに鼻を鳴らすと、殺気を散らして告げた。


「──ふん。まぁ、ウチも命のやり取りまではせぇへんよ。今は特に謹慎喰らう訳にも行かんからなァ。……条件付きの組手で相手したる。お前らが勝てば、ウチがここで言うた事()()()()()()()わ。白樹独占も好きにやったらええ」


 その言葉に静まり返っていた猛虎がざわつき始める。

 猛虎からの破門、ティガーの猛虎脱退、『虎華呼居』の再結成……それら全てが無くなるのなら、もうしばらくすればまたいつもの猛虎に戻れるかもしれない。

 ……あれ程ティガーに言われた直後だというのに、彼女達の性根はまだ直っていなかった。


「条件言うのは……?」

「各自、紙風船を一つずつ用意して来い。サイズは拳大以上なら何でもええ。それがお前らの『命』や。お前らが装備の何処かに付けたそれをウチが割れば、割られた奴は死亡扱いって事やな。そんで──()()()()()()()()()()()()()で勝負着けよやないか。勿論、呼びたければこの場に居らん猛虎も全員呼んでええで」

「なっ……そんな条件で勝ち目があると──!?」


 クラン『猛虎』の人数はとにかく多い。

 現在渋谷ダンジョンに来ているメンバーだけでも四十人近い数がおり、一人一人の実力は大した事無い彼女達が下層で何とかやってられるのも、この数の力によるところが大きいのだ。

 そんな『猛虎』のメンバー全員を相手にする。……いくら多対一の戦いが得意なティガーと言えど、あまりにも無茶な条件であるように思えた。


 『侮られている』。薄々感じていたその認識を肯定するかのような条件に、猛虎のダイバーが不満を口にするが……ティガーはそれを()()()()()と受け取ったのか、さらに条件を付けくわえた。


「不満か? ならもう二つ付け加えるか。お前らはウチの身体に一撃でも当てれば勝ち。ほんで、ウチは()()()()()()()()()()()()()()()()()……ま、これで対等ってとこやな。あぁ、勿論……この場に居らん猛虎、全員参加でもええで?」

「……! ……!」


 あろうことかティガーはこの人数差に加え、『紙風船以外を攻撃した時点で自分の負け』という条件まで追加して来た。

 想像をはるかに超えた『ハンデ』に、思わず言葉を失う猛虎達。

 今回の提案でティガーが彼女達を軽んじている事は十分理解したつもりだったが、それがここまでとは──この『ハンデ』があっても勝てる相手とまで思われていたとは、流石に想像できなかったのだ。

 固まる彼女達に、ティガーは人差し指をピンと立てて続けた。


「その代わり、このルールでウチが勝ったら……参加した猛虎全員、ウチの命令聞いて貰うで。異論はあるか?」


 『それとも、もっとハンデが欲しいか? 狐ども』そんな言葉すら聞こえてきそうな彼女の声に、何も言い返せない猛虎達。

 その沈黙を肯定と受け取ったティガーは一つ頷き、細かい日時を指定する。


「──異論、無いみたいやな。なら日取りは、そうやな……連絡と準備考えて、明後日にするか。紙風船、買い忘れんなや? ほな、明後日な──【マーキング】、【ムーブ・オン ”渋谷ダンジョン”】」


 こうして猛虎対ティガーの戦いは決定されたのだった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 ティガーさん、内心怒髪天を衝く寸前状態なんでしょうね…ここまでガチ呆れしてるって事は。まぁメンバーが『(龍の逆鱗に触れる風に言うなら)虎のひげを引っ張る』ような不様を晒してるから…
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