第259話 猛虎と百華の成果
猛虎と百華が渋谷ダンジョンに到着し、腕輪の転送先に渋谷ダンジョンロビーを登録。
本格的に探索活動を開始してから早三日──
渋谷ダンジョンでは、主に下層を中心に騒動に発展していた。
「──はぁ!? 採取禁止!? 何言ってんだ、自生してる白樹は誰のもんでもないだろ!?」
「禁止言うたら禁止や! お前が白樹を百華に流さんとも限らんからな! 枝一本たりとも渡さへんで!」
とある白樹の森の前で、二人のダイバーが言い争いをしていた。
一人は関西弁で捲し立てる二十代半ばと言った容貌の女性ダイバーで、装備の一部に虎の紋様──クラン『猛虎』のマークが刺繍されている。彼女の背後には同じマークを装備の一部に刺繍したダイバーが数人睨みを利かせている。
そしてもう一人は二十代前半の斧使いの男性ダイバーで、彼の後ろには彼とどこか似た雰囲気の三人の男性ダイバーが不満げな表情で猛虎のダイバーを見つめていた。
言い争いの原因は白樹の森周辺で陣を張っているダイバークラン『猛虎』が、彼等を白樹の森に踏み入らせまいと妨害していたからだった。
「ふざけんな! 協会に報告してやる!」
彼女達の勝手すぎる言い分に業を煮やした斧使いの男性ダイバーは、スマホを取り出してそう告げるが……
「やってみろや! 言うとくけどな、白樹はトレジャー扱いされてへんねんで? トレジャーに関するルールはいくらでもあるけどな、白樹はその対象外や! 協会が動く理由にはならんのや!」
そう猛虎のダイバーが得意げに言い放つ。
あまりにも横暴な屁理屈だが、しかしそれが彼女達が未だ協会から処罰されていない最大の理由でもあった。
元々ダンジョン内で取れるトレジャーに関しては揉め事の原因になりやすいとして、法律も巻き込んだ念入りなルール整備がされて来た。
しかし、白樹はその採取難度の低さに対してあまりにも価値が高く、トレジャーとして扱えば協会が破産しかねない為、例外的にトレジャーとして扱わないという裁定が取られている。
猛虎と百華はその穴を突き、こうして森を実質占拠。クランメンバーのみでの伐採を進めていたのだ。
「てっめぇ……!」
「おい、落ち着けアニキ! もめ事を起こしたらアニキが不利になるぞ!」
猛虎の挑発するような物言いに対して男性ダイバーは思わず自身の相棒である斧に手が伸びるが、彼の背後に控えていた十代後半程の大剣使いの男性ダイバーにその手を掴まれて止められた。
魔物との戦闘で気が立つ事も良くあるダイバー間での言い争いは余程の事でなければ処罰の対象にならないが、それが私闘に発展した場合は十分処罰の対象になる。
その言い争いの原因が例え猛虎にあろうと、先に手を出した方が不利となってしまうのだ。
しかし、男性ダイバーがここまで腹を立てていたのには理由があった。
「これが黙ってられるか! お前達の装備だってようやく更新できるってのに……!」
見れば、男性ダイバーの装備は既にWD製の物で統一されており、彼自身は白樹が今すぐ必要と言う訳でもなさそうだ。
一方で彼の仲間であるダイバー達の装備には、まだWD製の物は一つもない。
彼は一足先に他のダイバーと協力して下層を探索して白樹の装備を整えた後、弟達の下層の探索を手伝う事で彼等の装備も更新しようとしていたところだったのだ。
白樹を必要としていたのは弟達であり、だからこそ彼は兄としてこんな理不尽に屈する訳に行かなかった。
……そんな義憤に歯を食いしばる男性を諫めた決定打は、彼の末弟の一言だった。
「他の場所を探そうよ、兄さん! 白樹は下層にいくらでも生えてるんだからさ!」
「──くそ……ッ!」
中学生の弟が我慢しているのだ。そんな弟が悲しむような真似は出来ない。
「ね?」と気遣う様な笑みを浮かべる弟の姿に、彼は渋々矛を収める事にした。
「なんや? こっちが悪者扱いかいな。言うとくけどな、こう言うんは早いもん勝ちが鉄則やねんで?」
「……一つ、忠告しておいてやる。その森は、以前ヴィオレットさんが探索した事のある森だ。ヴィオレットさんが悲鳴を上げて逃げ帰った原因に、せいぜい気を付ける事だな」
そう言い残して、男性ダイバーは森を去った。
彼の最後の言葉に引っ掛かるものを覚えつつ、猛虎のダイバー達は我が物顔で森へと入り……
「お? なんや、こんなとこにダンジョンワームおるやん」
「妙に動きも鈍いし、ついでに狩っておこうやないか!」
そう意気勇んで猛虎のダイバーがダンジョンワームに槍を突き立てた瞬間──
「──うっぎゃあああぁぁっ!!!」
「グロイ! グロイってぇ!!」
「無理無理無理無理! ウチこう言うんマジでNGなんやってェ!!」
レッドスライムが支配する白樹の森に、猛虎の悲鳴が上がった。
彼女達がレッドスライムから襲撃を受けているその頃、別の森周辺ではこれまた別の言い争いが起こっていた。
「──この森を見つけたんはウチ等が先や!」
「怒鳴り散らせば相手が退く思うとるんか? この森は百華が抑えとったんや。チンピラは地元に帰りぃ」
「チンピラやとぉ!? なら百華のやっとる事はヤクザやないかい!!」
今回言い争っていたのは猛虎と百華だった。
それぞれ白樹を独占せんと騒動を起こすクランとして有名になりつつある彼女達は、当然同じ目的である以上頻繁に衝突していた。
「うわっ、面倒な場面に居合わせちゃったな……」
「どうする? 今なら白樹の枝も少しくらいなら採取できそうだけど……」
たまたまそこに通りがかった男女ダイバーの二人組。
遠目に見つけた言い争いの現場に顔を顰める男性に対し、女性ダイバーの方はこれをチャンスと白樹の森に目を向ける。
今は猛虎も百華も言い争いに集中しており、白樹の森は注意の外。それを指摘された男性ダイバーは、彼女の言う通りだと頷く。
「……だな。次の機会がいつになるかもわからないし、こっそり行こう」
「了解。……まったく、何で悪い事してる訳でもないのにこそこそしなきゃならないのよ……」
「ホント、いい迷惑だよな……」
小声で愚痴を零しながらも、岩陰や地形の窪みを利用して白樹の森に近付いていく二人。
──その時、男性ダイバーがある事に気付くと立ち上がった。
「……ん? この鳴き声……っ! おい、ここは退くぞ!」
「えっ!? ここまで来たのに……」
「ランページブルの群れが来る! ……ほら、あの土煙だ! デカい群れだぞ!」
彼が指差した方角に女性ダイバーが目を向ければ、薄暗い下層でもはっきりわかるような土煙を上げて迫るランページブルの大群が遠目からもハッキリ見えた。
「はぁ!? 何でこんな……」
折角のチャンスが潰されて愕然とする女性ダイバー。
一方でその原因に直ぐ思い至った男性ダイバーは、苦い顔をして未だ言い争っている猛虎と百華に目を向けた。
「アイツらの大声に刺激されたんだ……! クソ! 人間ダンジョンホッパーかよ……!」
「──ふふっ……! 今のちょっと面白いかも! ホラ、コメントも盛り上がってる」
「いや、言ってる場合じゃないって!? 早く撤退するぞ!」
「その前に、ここ【マーキング】しておこ? アイツらもランページブルの群れに気付くだろうし、少ししてから戻ってくれば白樹の採取も出来るよ。きっと」
「! あ、あぁ、そうだな……!」
こう言った騒動が下層のあちこちで散見されており、その知らせは瞬く間に多くのダイバーの目にするところとなったのだった。
◇
『猛虎と百華迷惑過ぎる!』
『白樹独占とか頭おかしいだろ!』
『人間ダンジョンホッパーで通じるの草』
『協会もルール改定急いでるって言ってるけど…これしばらく続くんだろうな…』
「……──なァ、魅國……ウチら、やっぱちょっと甘やかしすぎとったみたいやなァ……!」
「ホンマにねぇ……まさか普段碌に戦いもせぇへん癖に、ウチ等の顔に泥塗る時だけはこないに効率的に動くとは思いもせぇへんかったわぁ……!」
自身の立ち上げたクランの名が、たったの三日でここまで落とされた。
それは、彼女達のリーダーが認識を改めるのには、十分過ぎる成果と言えた。




